第12章 幹部会
ミヤマ・ヒカリ:本作のメイン・ヒロイン、トウキョウ・レフュージの元幹部職員
ジョン・スミス:武漢の電気電子修理工房の店主、大陸でのヒカリの二人目の雇い主
ミヤマ・ダイチ:中国名は楊大地 (ヤン・ダーディ)、武漢自治組織の最高幹部の一人
グエン:ベトナム人、本名はグエン・ジェウ・ホア、中国名は阮華 (ルアン・フア)、武漢自治組織の幹部の一人
張子涵:(チャン・ズーハン)本作のサブ・ヒロインの一人、武漢で物流業者を営む
ケイトクシ・ヤストモ:かつてヒカリを占い、のちに彼女を導くキーワードを授けた
ヤマモト・カオル:中国名は李薫 (リー・シュン)武漢自治組織の最高幹部の一人、ダイチを補佐する
孫強:(スン・ジアン)武漢自治組織の最高幹部の一人
楊清立:(ヤン・チンリー)ダイチの従伯父、武漢自治組織の元トップ、現在はダイチたちの顧問役
陳春鈴:(チェン・チュンリン)本作のサブ・ヒロインの一人、武漢自治組織幹部の一人、ダイチ、カオル、張子涵とは幼馴染
7月15日月曜日、朝食を終えると、ジョンは少しパリッとした服に着替えた。
【お出かけですか?】と訊くヒカリ。
【ああ、今日は支団のオフィスに出勤する日だ。おれは自経団武昌支団技術局の非常勤の局長助理をやっている。いろいろミーティングをやって、幹部会に出なくちゃならない】
【そうすると、書記の楊大地さんにも会われるのですか?】
【楊書記の名前を知ってるのか】
【こちらに来るときに、張子涵さんに聞きました】
【「張子涵さん」も今日は支団オフィスにご出勤だ。商務局の非常勤の局長助理でね】
【そうですか。じゃあ、よろしくお伝え下さい】
【わかった。そうそう、お前さんの自経団入団の申請書類を取ってくるからな】
そう言ったジョンは扉のほうへ向かいかけて、振り返ってヒカリに言う。
【ヒカリ、お前料理できなかったな? 昼飯はどうする?】
【あ、大丈夫です。持ってきた調理不要の非常食がありますので】
【お前さんはほんとに得体が知れないな、ヒカリ…】
呆れ気味に言いながら、ジョンは外に出てミニバンに乗った。
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支団のオフィスに着くと、ジョンはその足で、自経団でのボスである支団技術局局長の阮華こと阮妙華のところへ挨拶に行った。
[おはよう、グエン]と、ジョンが年下のボスに挨拶する。
ベトナム人の40代の女性である技術局局長は、自分をベトナム名で呼ばせていた。
[おはよう、ジョン。商売はいかが?]と、グエンが返す。
[それが、思わぬお宝が手に入ったようでね。しこたま儲けさせてもらえるかもしれない]
[それは何よりね]
そこへ、いつものようにボーイッシュな出で立ちの張子涵がやってきた。
[おはよう、張子涵]とグエン。
[おはようございます。グエンさん]と、年上のボスに挨拶する張子涵。
グエンは、張子涵が所属する商務局の局長を兼任している。
[何やらジョンのところは、お宝を授かったみたいね]とグエン。
[それってシカリのことかい、ジョン]
[中国人が発音すると「シカリ」になるんだな。あいつはとびきり腕の立つエンジニアだ。最初の仕事の客から評判が広まって、きのう午後の半日で1週間分くらいの注文が入った]
[グエンさん、お宝を上海からジョンのところへ運んだのが、あたしなんですよ]と張子涵。
[それはそれは。コミッション契約でも結んどくんだったわね、張子涵]
[あたしはただの運び屋で、人材紹介業じゃないですから。届けた荷物がどうなろうと知ったこっちゃない]
[ははは、それもそうね]とグエンが笑う。
並んでそれぞれのデスクに向かう途中、ジョンの肩あたりで張子涵の小さめの声がした。
[なあ、シカリって、誰かに似てる、と思わないか? ジョン]
二人は立ち止まる。ジョンも周囲を気にして、小さめの声で返す。
[そうなんだ、張子涵。けれど誰だか思い出せなくって。それと、彼女の姓を知ってるか?]
[いや、知らない]
[ニッポン語で「ミヤマ」、中国語読みで「メイシャン」というそうだ]
腑に落ちた、という表情になり、張子涵は言った。
[それって、楊大地の本名じゃなかったっけ?]
[そうだそうだ、思い出した。そしてヒカリが似ているのは…]
[このこと、楊大地に言ったほうがいいと思わないか?]
[そうだな、午後の支団幹部会が終わったら、一緒に話に行こう]
二人は再び歩き始めた。
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扉の看板が裏返って「關門 CLOSED」となっている、店の中で、午前中の作業を終えたヒカリは、昼食をとろうとしていた。進捗は、1件片付いてさらに1件の目処がつきつつある状況。いま抱えている分は、今日中、遅くとも明日の午前中には何とかなりそうだ。
やはり、最近のエンジニアでは手に負えない古いマシンが多いようだ。少女時代、ネオ・トウキョウのネオ・アキバに通い、マサルおじいちゃんの指南で古いコンピュータの組み立てに励んだのが、こんなところで役に立っている。
ジョンが朝多めに淹れてくれていたコーヒーをカップに注いで、口に含んでまずは一息つく。そして部屋のバッグの中から非常食を出してくる。ちょうど手にしたのが「スキヤキ膳」だった。水を少し入れて非常食用ウォーマーで温めていると、ネオ・トウキョウの地下深くで、これを一緒に食べた老占い師、ケイトクシ・ヤストモのことを思い出した。
ヤストモさん、元気だろうか。
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午前中をそれぞれの用事で過ごしたジョンと張子涵は、食堂で、グエンを囲む商務局と技術局の面々と一緒に昼食をとった。ダイチはふだん顔を合わすことの少ない区長たちと一緒に食事をとる。一息入れると、ジョンと張子涵は13時から幹部会が開かれるオフィス奥の大会議室へと向かう。彼らが大画面のモニターが設置された部屋に入ったときには、出席メンバーの半分くらいが着席していた。ほどなく最高幹部4名を除くすべての席が埋まり、副書記兼民生局局長のカオル、もう一人の副書記で公安局局長を兼務する孫強、顧問の楊清立が入室し、最後に書記のダイチが入り、着席した。
ダイチが短く開会を宣すると、公安局、民生局、財務局、商務局、技術局の順に各局長から報告が行われ、質疑応答ののち、監察局の局長と法院の院長から短い発言があった。そのあと休憩を挟んで、今度は15名の区長からの報告が行われた。
各局・区の報告とも、懸案事項である施設・インフラの老朽化の問題と、ここ数年流れている「噂」に関するものが多く、特に「噂」に関連しては公安局局長の孫強から、武漢の他の2地区、特に漢陽で「噂」の影響と考えられる治安の悪化が見られ、武昌に波及することが懸念されるので、注視し必要な対策を講じるとのコメントがあった。
区長の報告が終わると、顧問の楊清立から短く「くれぐれも不確かな情報に惑わされぬよう」という発言があり、最後に最高責任者である書記のダイチがまとめのスピーチを行った。
ダイチはまず、施設・インフラの老朽化について、各局が各区と協力して対応していることへの感謝を表し、取り組みを続けてもらうとともに、今までとは違ったアプローチについても考えていきたいと述べた。
さらにダイチは「噂」の件について、「ネオ・シャンハイが空っぽになった」という噂が事実であることを伝えるとともに、情報収集を続けながら、漢口、漢陽、さらに上海とも連携をとって、適当なタイミングに公式発表を行うつもりであることを述べ、話を終えた。
17時頃、2289年7月15日月曜日の武漢自経団武昌支団の幹部会は終了した。
大会議室から出てきたジョンと張子涵は、民生局のデスクが並ぶ一角に向かい、一足先に幹部会会場から出て自席で帰宅準備をしている陳春鈴のところへ行った。彼女は25歳にして民生局の常勤の局長助理である。
[陳春鈴、帰り支度のところ申し訳ないが、入団申請書類を貰えないか?]
業務時間終了後に雑用を言いつけられ、不満げに陳春鈴が言う。
[明日、区の事務所に貰いに行ってくれない?]とハキハキとしたメッツォソプラノの声。つぶらな瞳にあどけなさを残した顔。
[まあそう言わずに、頼むよ]とジョン。
[しょうがないわね]そう言うと陳春鈴は、入団申請書類一式を出してきて言った。
[はい、どうぞ。時間外はこれきりだからね。今度あったら料金とるからね]
[恩に着るぜ。手間が省けてありがたい]
[で、今度はどこから来た人? 漢口? 漢陽?]
[上海から張子涵が運んできた女だが…]
[いずれ陳春鈴も会うことになると思うけど、きっと驚くだろうよ]と張子涵。
[え? なんで? そんなに変わった人なの?]
[まあ、楽しみにしときな]と張子涵。
帰宅する陳春鈴を見送ると、ジョンと張子涵はダイチの席へと向かった。相変わらずダイチは、コンピュータのモニターをチェックしていた。
ジョンが声をかける。
[楊書記、報告したいことがあるのだが、少し時間もらえますか?]
大地がモニターから顔を上げて言った。
[どんなお話ですか?]
[別室で話させてもらったほうがいい、と思うんだけど]と張子涵。
オフィスには、まだ3分の1ほどのスタッフが残っている。
[OK、後ろの部屋で話を聞きましょう]
オフィス奥の壁際には8つのミーティングルームが並んでいる。金属質の建材で周囲から囲い、1部屋に1つずつ扉が付いただけの簡素な作りだ。オフィスのデスクの配置にあわせて左から2つが公安局用、1つとばして4つ目と5つ目が民生局用、その横に順番に財務局用、商務局用、技術局用のミーティングルームとなっている。
ダイチは立ち上がると、左から3つ目、自分のデスクの後ろ側にある最高幹部用のミーティングルームに二人を招じ入れた。




