いざ、戦場へ
本日は王城でリュシエンヌと面会の予定になっている。
「気が重い……」
「婚約者に会いに行くだけだよ。あの勘違い女と比べてみなよ」
ルイスの言う勘違い女とは、夜会の時にバッサリ切ったセルベル侯爵令嬢のことだ。
後から分かったのだが、セルベルは取り巻きたちを使ってリゼットを陥れようとしていたらしい。そんな女に笑顔を振りまいていたのかと思うと自分に嫌気がさしてくる。
しっかりと制裁は下してやったけどね!
あの時のセルベル侯爵と娘の顔と言ったら……あれは、ざまぁだったな。
「うん。あれより断然良い!」
「でしょ?」
「でもさ、ルイス。一回くらいダメ?」
「ダメ! 諦めが悪いなぁ。バレたらどうするの」
そう、俺とルイスは瓜二つ。リゼットにしか見分けられない。俺の身代わりにルイスに王城に行ってもらおうと頼み込んでいるのだが、良い返事がもらえない。
「はい、じゃあ行ってらっしゃい」
「行ってきます……」
◇◇◇◇
「ご機嫌よう。セシル様」
「やぁ、リュシエンヌ。今日は一段と綺麗だね」
「セシル様がお越しになるので、少々張り切りましたわ」
俺は平常を装うのに必死だが、リュシエンヌは余裕たっぷりな笑みを浮かべている。外見についても褒め慣れている感が半端ない。
そしてお世辞ではなく本当に可愛い。陶器のような白い肌に、プラチナブロンドの髪はふわふわで、グリーンの瞳は宝石のようにキラキラしている。お人形のようだ。
お人形のようなその顔を直視できないので、俺はやや下の口元の辺りに視線を向けている。そのお人形のようなリュシエンヌの口が動いた。
「残念ながら、本日は父も母も公務に行ってしまいましたの。ですので、くれぐれも宜しくと言っておりましたわ」
それは大変良い知らせだ。それなら何とか乗り切れそうだ。
「それは残念。国王陛下も王妃様もお忙しいので、次回からも俺のことは気にしないで良いと伝えてもらえるかな?」
「分かりましたわ。あ、お兄様」
リュシエンヌの視線の先を見るとヴァレンティンがこちらに向かって歩いていた。
「やぁ、セシル。立ち話ばかりしていないで、早く入れ。今日は最高級のお茶菓子も用意しておいたぞ」
何故だろうか。リュシエンヌと同じくらい美しいはずのヴァレンティンは、単体で見ると平気だ。普段学園で会っているからだろうか。
いや、でも毎日会っているルイスですらドキドキが止まらないことがある。じっとヴァレンティンの顔を見つめていると、ヴァレンティンが怪訝な顔で聞いてきた。
「どうしたんだ? やはりルイスがいないと不安なのか?」
「うん。まぁ、でもヴァレンティンがいたら安心するから大丈夫」
思ったことを口に出すと、ヴァレンティンが照れたようにそっぽを向いて言った。
「やけに素直だな。いつもあんなに貶してくるのに」
「それはルイスだ。いい加減覚えろ」
「それは無理だ。とにかく入れ」
ヴァレンティンに誘導され、客間に通された。
◇◇◇◇
「あの、セシル様? 本日はセシル様がお客様ですのであちらのお席へどうぞ」
「いや、ここが良いんだ」
「ですが……」
俺はリュシエンヌの横に座っている。極力顔を見なくて良いように。そして、ヴァレンティンを向かいに置いて安らぎを。
婚約して間もない……というより未だ数回しか顔を合わせていない男女は通常横には座らない。ましてや、礼儀作法のしっかりしたリュシエンヌは俺を上座へと促してくる。
「では、失礼ながら、わたくしがあちらに行きますわね」
そう言って立ち上がるリュシエンヌの手を咄嗟に掴んでしまった。
「セシル様?」
「あ、えっと……」
俺は何をしているんだ。
ええい、こうなったら仕方がない。今から俺はルイスだ。ルイスになりきろう。
「リュシエンヌ、俺はリュシエンヌの隣に座りたいんだよ。リュシエンヌを出来るだけ近くで感じていたい。俺の隣じゃ不満なの?」
寂しそうな顔でそう言うと、リュシエンヌの頬が赤く染まった。
「まぁ……セシル様」
「どうしても嫌なら良いんだよ。あっちに行っても」
「嫌だなんて……わたくしはずっとセシル様の隣にいますわ」
「嬉しいよ。リュシエンヌ」
リュシエンヌは俺の隣に収まった。
収まったのは良いが、何故かゼロ距離だ。これなら向かい合った方がマシかもしれない。ドキドキがリュシエンヌにも聞こえてしまいそうだ。
「リュシエンヌ?」
「な、なんでしょう」
先程までの余裕はどこへやら、リュシエンヌは頬を赤く染めたままモジモジしている。
言えない。あっちに行きたいとは今更言えない。でも何か言わないと。何か……。
「とても美しい髪だね。ふわふわしていて、ついつい触ってしまいたくなる程だ」
何を言っているんだ俺は。穴があったら入りたい。恥ずかしすぎる。
ドン引かれたに違いない。愛想尽かされて婚約破棄も致し方ない。
「ど、どうぞ、触って頂いて構いませんわ」
リュシエンヌは俺の肩に、こてんと頭をくっつけた。
「ッ——!!」
無理だ。俺にはそんな度胸など持ち合わせていない。だが、ルイスならどうだ。ルイスならこの状況も余裕だろう。むしろベッドまで持ち込みそうだ。
ルイスになりきりリュシエンヌの髪を触ろうとした瞬間。
「おい、セシル。良い加減にしろ」
ヴァレンティンに止められた。ありがとうヴァレンティン。そして、止めるのちょっと遅いよ。
心の中でお礼と文句を言いつつ、リュシエンヌから少し距離を取った。
「リュシエンヌ、すまない。君が可愛すぎてついついやり過ぎてしまったよ」
「い、いえ……」
「全く油断も隙もない」
その後は学園の話や休日何をしているのか等、他愛無い話で何とか乗り切った——。
「では、ルイスにもよろしくな。ところでセシル」
「なに?」
ヴァレンティンがリュシエンヌに聞こえないように俺に耳打ちしてきた。
「僕にも今度、さっきの教えてくれ」
「さっきのって?」
「女性の落とし方だ。先程のは見事だった」
リュシエンヌの方をチラリと見ると、頬を赤くしながらうっとりとした顔で俺の方を見つめていた。
「あれは……ルイスに聞いてくれ」




