大切な人①
思った通り、学園でのリゼットへの嫌がらせはなくなった。そして、リゼットとも健全な友人関係を築けていると思う。
リゼットを挟むのも今までのように常にではなく、学園の行き帰りだけにしている。それ以外は自由だ。
「リゼット最近良く笑うようになったよね」
「そうだな。でもさ、どうしてヴァレンティンにだけあんな強気なんだろ」
「さぁ。普通に嫌いなんじゃない?」
噂のヴァレンティンがすぐ横にいたようで、ルイスのその言葉に固まってしまった。
「ヴ、ヴァレンティンいたのか」
「セシル、再び胸を貸してくれ。そこは落ち着くんだ」
そう言ってヴァレンティンは俺ではなく、ルイスの胸に飛び込もうとして思い切り殴られた。
「気色悪いなぁ。僕の胸はセシルにしか貸さないよ。ほら、セシルおいで」
満面の笑みでルイスが手を広げている。
「いや……おいでって言われても。てか、王子殴って良いの?」
「今のは正当防衛でしょ。そんなことよりセシル、僕に恥をかかす気? 早くおいで」
ここは屋上なので誰もいない。恥もなにもないが、後々のことを考えると従った方が身の為だ。言われるがまま、ルイスの胸にダイブした。
「セシル良い子だね。後でご褒美あげなくちゃね」
「あ、ありがとう」
ルイスは今までのようにリゼットを束縛出来ないのが多少窮屈なようで、俺で発散させている。
スキンシップは多いが、少し前までは抱き合うのなんて日常茶飯事だった。双子の弟だし、これもリゼットの為だ。
「いてて……あ、狡い。僕も混ぜてくれ」
「あ、来ない方が……」
ヴァレンティンが俺とルイスの抱擁を見て、再び飛び込んでこようとしたので咄嗟に止めたが遅かった。ルイスの足蹴によって、ヴァレンティンは吹っ飛んだ。
「ルイス、やり過ぎ……」
「だって、僕とセシルの間に入ろうとするなんて烏滸がましいにも程があるよ。それともセシル、僕よりあいつが良いの?」
「いえ、ルイスが一番です」
「分かってくれたら良いんだよ」
ニコッと笑って、ルイスは俺を解放した。
疲れる。ヴァレンティンが来ると、こういった事が度々ある。ヴァレンティンは疫病神かもしれない。
「でも、ヴァレンティンは何しに来たんだ?」
「僕に殴られに来たんじゃない?」
「そんな訳ないだろう。セシルに用があってな」
「俺?」
ヴァレンティンが起き上がるのを見守りながら聞き返した。手を貸したいが、ルイスが怒るので見守る他ない。
「セシル、お前まだリュシエンヌと婚約してから会いに来てないだろう。今度の休みにでもうちに遊びに来ないか?」
「う……」
やはり行かなければならないか。リュシエンヌと婚約したのは良いが、あそこは俺にとったら戦場だ。
御両親への挨拶の時は大変だった。リュシエンヌだけでも美しすぎて目がやられそうなのに、両親にヴァレンティン四人が揃えば、眩し過ぎて目が開けられない。
せめて安らぎが欲しい。そう思ってヴァレンティンに恐る恐る聞いてみた。
「ルイス連れてっても良い?」
すると予想外に、ルイスが即答した。
「嫌だよ。セシルとリュシエンヌがイチャイチャしてるとこなんて見たくないもん。僕はリゼットと遊んでる」
「え……ルイス俺を見捨てるの? 信じてたのに……」
そう言って俯けば、ルイスが困った顔で頭を撫でてきた。
「無事に帰って来られるよう、リゼットとお祈りしてるから……ね」
「うん」
俺とルイスの会話を聞いて勘違いしたヴァレンティンが言った。
「いつも二人一緒だもんな。一人になるのが不安なのであれば僕がルイスの代わりに隣で手を繋いでやっても良いぞ」
「は? そんな汚い手で僕のセシルに触れないで」
「しっかり手は洗っている」
「関係ないよ。汚いものは何をしたって汚いんだから——」
また始まってしまった。この二人の喧嘩……というよりルイスの一方的な罵り攻撃。ヴァレンティンはあまり気にしてなさそうなので良いが、こうなったら暫く続く。
俺はルイスとヴァレンティンを置いて少し離れた所で黄昏ていると、後ろから声をかけられた。
「セシル? ルイスと一緒じゃないの?」
リゼットだ。未だにリゼットの顔面破壊力は凄まじく、後ろを振り返ると赤面すること間違いなしだ。なので、振り返らずに応えた。
「あっちにいるよ。ヴァレンティンと遊んでる」
「そうなんだ。あの二人仲良いんだね」
そう言って、俺の横にリゼットがちょこんと座った。
「リゼットはどうしたの? ルイスに用事?」
「ううん。一人でいると寂しくなっちゃって。また嫌われたんじゃないかと思って……」
そう言ってリゼットは俯いた。
俺が前世の記憶を取り戻してからなので、約四ヶ月もの間リゼットをひとりぼっちにさせてしまった。
リゼットの為と思ってやっていた事がそうでは無かったようで申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「リゼット、ごめんね。酷いことも沢山言っちゃったし」
「セシル最近変わったよね」
「そう?」
「うん。ルイスも変わっちゃうのかな?」
「どうだろう……」
俺は前世の記憶が戻ったので考え方や性格が多少変わったが、ルイスは多分変わらないと思う。
それにしても、リゼットにとっては雁字搦めにされていた頃には戻りたくないだろうに、変わってしまうことが寂しいように聞こえる。
「セシル約束覚えてる?」
「約束?」
「いつまでも三人一緒。三人で幸せになろうね。って」
「覚えてるよ。あの時は子供だったよね」
そんなの無理に決まっているのに、昔は本気で出来ると思っていた。
暫し沈黙が流れ、リゼットが話し出した。
「私ね、セシルが婚約者探してるって聞いてちょっとショックだったの」
「え……?」
「三人で幸せになるって言ったのに、嘘つき! って思っちゃった。だから夜会に誘ったの。邪魔したくて。私、最低だよね」
「リゼット……」
「でもね、リュシエンヌ様と婚約するってなった時は『おめでとう』って思えたよ。寂しくて悔しかったけど、大切な人が幸せになるのは……嬉しいね」
「大切な人? リゼットは俺のこと大切なの?」
「当たり前でしょ。八年も一緒にいるんだよ」
俺はリゼットの顔をしっかりと見た。その瞳は晴れ渡る空のように碧かった。その瞳を見つめていると泣きたくなった。
こんなどうしようもない自分を大切だと言ってくれた。罪悪感や喜び、様々な感情が入り混じって、俺はリゼットを抱きしめた。泣き顔を見られたくなくて。
俺とリゼットはずっとすれ違っていたのだろう。俺は小説の中のリゼットばかり見ていて、ここにいるリゼットを見ていなかった。
かけ間違えたボタンを一つひとつ丁寧に直していけばきっと関係性は修復できる。リゼットときちんと向き合おう——。




