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魔の鴉がやってくる。『七ツ森』  作者: 安田景壹


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13/33

『七ツ森』13


      13


 足音はしなかったが、クレマチスは誰かが近付いてきた事に気が付いた。呪いのざわめきも、暗闇の重圧も感じなかった。誰が来たのかはわかっていた。


「言い訳があるなら聞きますわよ。師匠」


 口が動く。そういえば奥歯の痛みが消えている。術の発動で砕けたはずの奥歯が治っているようだ。


「すまない、クレマチス。大神の妨害にあった」


 風のような声がした。冬のノルウェーを通り過ぎていく清らかな風のような声が。

 クレマチスの身体にほのかな光が灯っていた。白い光。目の前の人物の魔力だ。連戦で受けた傷、奥義を使った事による数々の怪我が、瞬く間に癒えていく。


「大神の妨害……。では、やはり」

「ああ。君が連絡をくれた娘のためだろう。彼女の運命を定めるためだ」


 彼女を見下ろすその人物は、物憂げな口調で言った。


「わが師よ。でしたら、わたくしの事より――」

「心配するな、クレマチス。すでに僕の本体(・・・・)が向かっている」


 師が膝をついた。正確には、師の分身だ。長く伸びた砂色の髪。古ぼけた丸眼鏡。着古したローブ。魔力分身オド・アンドヴァラナウト。まるで本人そのものだが、百パーセント魔力で造られた分身だ。はるか高みにいる魔術師は、幾人もの自分を同時に存在させられるのだ。


「この分身は呪術の後始末にきた。悪いが、もう少し待っていてくれ」


 クレマチスは僅かに身を起こす。道路を覆う闇と霧は依然として渦巻き、悪しき呪力を放っている。


「術者が支配権を失った召喚陣。あげく出来上がったのは紛い物の闇霧(ダークミスト)か。ずいぶん勝手をしてくれたな」

「師よ。さすがにお一人では……」


 ――闇に、風穴が開く。

 クレマチスの目には捉えきれぬスピードで、白く輝く彗星のような光が、呪われた闇と霧とを貫いていった。


「案ずるな、クレマチス。ここはすでに古き王の領域」


 師の表情は、しかし氷の如く冷え切っている。


「それでもなお、全ては助けられないがね」



 もはや目は見えていないも同然だった。敦は、ただ闇の中を進んでいた。

 途中までスコルが運んでくれた。だが、巨大な狼も限界だった。巨狼が足を止めた時、敦はその背から降りた。奈央子が近い気がしたし、狼には生き延びてほしかったからだ。


「ありがとう。スコル」


 敦は礼を言い、巨狼から離れた。

 道は見えない。銃はまだ握っているが、残弾はわからない。すでに何発も撃ってしまって、腕は反動を受け過ぎたせいか、棒にでもなったように感じる。


「奈央子さん……マキ……」


 歩を進める。この闇の中で、肉体の実感は失われていく。

 ここは魂でしかものを感じられない場所なのだ。敦はそんな事を考える。魂でものを見ているから、暗闇の中に霧が見え、邪悪なものたちもまた、こちらの魂に触れてくる。


「なおこさん……まき……」


 進まなければ。自分がまだ自分だという意識があるうちに。この闇に、敦の魂が吞まれないうちに。


『――――』


 何か聞こえた。

 今のは……。


「なおこ……さん?」


 急ぐ。足を引き摺りながら。声がしたほう。魂がこちらだと感じるほうへ。急ぐ。急がなければ。


「奈央子……さん!」


 闇が迫ってくる。幽鬼のようなものが見える。撃つ。大砲のような銃声を響かせ、悪しきものを祓う。


「奈央子さん!」


 いた。

 闇が満ちた路上に、倒れている人影が見えた。


「奈央子さん!」


 傍に駆け寄り、その身体を起こす。そこかしこが黒く染まり、赤い脈のようなものが走っている。


「そんな……奈央子さん」


 虚ろな伴侶の目が、敦を見上げた。


「敦……さん」


 奈央子が僅かに微笑んでみせた。


「マキは……大丈夫」


 その目は、いつものように優しかった。

 敦は、反射的に奈央子を抱き締めていた。確信があった。マキは無事だ。奈央子が守ったのだ。一人、妻に辛い役目を負わせてしまった。もう大丈夫。もう大丈夫だ。もう決して離れない。


「ごめん、ごめんね。奈央子さん。痛かったね。ごめんね。ありがとう、マキを守ってくれて。ありがとう、ありがとう……」


 何を言えばいい。何と声をかければいい。敦にはわからない。ともに生きる者が家族を守ったのだ。ならば敦は、その魂を精一杯、安堵させなければならない。もういいのだと、もう安心していいのだと伝えなければならない。


「ありがとう、奈央子さん。マキはきっと大丈夫だ。奈央子さん。大好きだ」


 もうその顔が見えない。その声が聞こえない。彼女は腕の中にいるだろうか。最後には安らぎを得られただろうか。消える。敦の思いが、思考が、感覚が消える。決して光の届かない深い深い場所まで、敦と奈央子は沈んでいく――……



 ――気を失っていたらしい。

 冷ややかで、ふかふかした感触にマキは目を覚ます。

 雪の上だ。


 確か道路から投げ飛ばされて、たぶんここに落ちたのだ。だというのに、身体に痛みはない。青く光る魔力が全身を守ったのだろうか。あるいは胸に抱えたルーンの石の加護か。

 起き上がると、周囲は一面が白に染まっていた。どこへ続くかもわからない雪の道と、鬱蒼と生い茂る木々。


 森の中だ。

 冷たい風が吹きつける。しかし凍えるほどの寒さは感じない。


「……お母さん」


 自分が落ちてきたはずの道路を探そうと、マキは辺りを見回す。

 ない。

 辺り一面は木々の広がる森で、マキはたまたま開けた雪道の上で倒れていたようだった。


「なんで……」


 わからない。何故、見知らぬところにいるのだろう。道路は、お母さんは、お父さんは――……


「さがさなきゃ」


 立つ。足に震えがある。立てないほどでも、歩けないほどでもない。

 ひどく不安だ。

 歩く。深い雪を踏む。小さな自分の足が雪に沈み込む。歩く。先は見えない。


 吹雪いている。今はまだ寒くはないが、全身を包み込む、この青い光が消えた時、どうなるかは想像がつく。そして、徐々にこの光が弱っている事も、何となく実感している。

 進む。歩幅は狭く、足跡は小さく。風はより冷たくなってきた。


 雪の世界は、全ての音を吸収する。とても静かだ。まだほんの十年しかないマキの人生で、こんな静かな場所には来た事がない。

 一人だ。

 父も母もいない。

 どこに道が続いているのか、それさえわからない。


 歩く。無心だ。マキは無心という言葉をこの時知らなかったが、何も考えられない事はわかっていた。

 どこかに行かなければならない。この雪の世界を抜けて、どこかへ。そしてそこから元の世界へ。父と母の待つ場所へ。


 歩く。

 何だか、青い光が少し弱くなっている気がする。

 木々は途絶えることなく、森はどこまでも深まっていく。雪は絶えず降り続き、足跡を消し去る。冷たい風は決して追い風となる事はなく、マキの歩行を阻むかのように真正面から吹きつける。

 自分は強かったはずだ。


 大人でさえ泣いてしまうような怪物を、自分は退けたはずだ。

 それなのに、こんなところで彷徨っている。ここは一体どこなのだろう。何もわからない。何も感じられない。


「あ……」


 何か、見えた。道の先に。

 人影。たぶんそうだ。


「あ……あの!」


 マキは大きな声を出した。深雪(しんせつ)の森に、自分の声が木霊(こだま)する。


「あの……聞こえますか!」


 人影は、風に負けてしまいそうなほどゆらゆらとしていて、マキの声にも反応がない。


「あの!」


 雪に紛れていたその姿が、不意に少し見えた。

 ――軍服。


「え」


 嘘だ。何も感じなかった。

 忌まわしい気配など、何も感じなかった。

 いつもならわかる。一瞬でわかる。だって、わたしは誰よりも強かった。怪物と戦えるほどに――……


 人影が、マキのほうを振り返る。

 腐った眼窩の中から、真っ白い目玉がマキを見ていた。右手には、今にもずり落ちそうなサーベルを握って、ゆったりとマキのほうに近付いてくる。

 騎兵隊の亡霊だ。


「いや……いやだ」


 青い光を放とうとする。さっきはできた。あの恐ろしい男の頬に傷をつけた。あれで今度はあいつを。

 首筋を刃物の先で撫でられるような感覚が、マキにはあった。それは彼女に備わった霊感ではなく、たんに嫌な予感が少々鋭敏に働いた程度だった。魔力高揚(マジック・ハイ)はとっくに終わっている。


 呻き声が聞こえる。

 木々の間に広がる暗闇から、いくつもの呻き声が聞こえる。

 見えた。いる。何人もいる。騎兵隊の亡霊。山賊の亡霊。見た事もない邪悪な気配を纏った霊。それが左右の森の中から、ゆっくりとこちらに近付いてくる。

 マキを目指して。


「いや……」


 逃げなければ。呼吸すると同時に、マキは踵を返していた。急ぎ、足を動かす。雪道を戻る。ルーンの石は光を失っている。

 走ろうとしても、走れない。雪が深い。足先に冷気を感じる。寒さが、次第に強くなる。


 急げ。急げ。急げ。

 急いで、逃げなければ。

 息が上がる。振り返れば、亡霊たちは雪道にいて、マキのあとを追ってきている。駄目だ。見ては駄目だ。急げ。急げ。


「あっ――」


 何かに、足が躓いた。雪道に顔から突っ込むように、マキは転んだ。

 やばい。すぐに顔を上げる。追いつかれてしまう。急がないと。


「ギィ――――」


 何かが、聞こえた。上空から。

 落下してきたのか、それとも着地なのか。どさりと音を立てて、何かが、マキの前方の雪道に乱暴に降り立った。

 それは、さながら西洋の竜のようであった。しかし、目のない大きな頭部や、骨のように白い肌はただひすたらにマキの恐怖を煽り、赤銅色の翼は悪魔を連想させた。


「ギィイィイイ……」


 主を失い、自由の身となったタッツェルヴェルム・グロブスターが、獲物の匂いを嗅ぎつけて雪の森へと迷い込んだのだった。


「あ……あ、あ」


 声が出ない。怪物なんて、怖くなかったはずなのに。

 万能とさえ思える力が、この手にあったはずなのに。

 掌から、青い光が消えていく。全てを可能にしてくれた、マキに無限の可能性をもたらしてくれていたターコイズブルーの光が。


「ぁ――」


 喉が詰まる。後ろからは亡霊の群れが、もうすぐそこまで迫っていた。前方の悪魔のような怪物は、ようやく態勢を立て直したらしく、目のない頭部をマキのほうに向け、涎の滴る口を開いた。


「ギィイヤァアアアァアア!」


 怪物が吼えた。僅かに残っていた逃走の意思が、マキの中から消し飛んだ。

 残っているのは、恐怖だけだ。


「いやだ――」


 泣いている。怖い。でももう、力が入らない。怖い。あの日、先生が感じていたのはこんな恐怖だったのか。あの時はマキが助けてあげられた。マキが大人のように抱き締めてあげられた。マキにはいない。今のマキには誰もいない。あの時と、何もかもが違う。マキのそばにいるのも、マキを見つめているのも、恐るべき亡霊と怪物だけだ。


「いやだあぁあ」


 怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。

 涙が止まらない。今や震えは全身に広がり、もう一歩も動けない。死ぬのが怖い。だがそれ以上、これからこいつらに何かをされるのが怖い。もっとも恐ろしい方法で、自分というものが引き裂かれていくのだと想像する。怖い。誰も何も想ってくれない。ここにいるものは皆、マキから奪おうとするものなのだ。


「たすけ――」


 これは自分の口から出た声なのか。頭で考えた事を口に出していると勘違いしているだけなのか。

 亡霊たちの呻きが聞こえる。

 ゆったりとした動作で、怪物が飛び掛かる寸前の姿勢を取る。


「たすけて――」


 死。

 残酷なる死。


「助けて――!」


 喉が裂けるような絶叫が迸る。

 ――何か、音がした――

 とす、と。

 雪を踏むよりも小さな音。


「え?」


 雪道に手をついたマキの指先の少し先。亡霊とマキとの間に、何かが刺さっていた。羽のついた細長く、真っ直ぐなもの。マキは、それがどこから飛来したかを知らない。それが吹雪の中を乱れる事なく、三百メートル以上の距離を一瞬で到達をした事を知らない。

 矢だった。


「〝浄められよ(ベオーク)〟」


 男の人の声がして。

 パチン、と指の鳴る音がした。

 途端、雪の世界を覆い尽くすほどの激しくも清らかな光が、マキの視界を眩しく照らした。

 風が起こった。邪気と邪悪の一切を散らす風が。

 亡霊どもの生者に追いすがる呪詛の呻きが、巻き起こる光と風にかき消され、その魂はこの世に残る事を許されず塵となる。


 (やじり)に刻まれたルーン〝浄化(ベオーク)〟。そのたった一文字の力が、群れを成した亡霊どもを消し去った。無論、この時のマキにそんな事はわからない。

 光と風によって、怪物――タッツェルヴェルム・グロブスターもまた、その動きを止めていた。全身から何かに焼かれたかのように煙が昇り立っている。怪物蜥蜴の身体を構成する呪力が、浄化のルーンによって浄められたのだ。


「遅くなってすまない」


 誰かが。

 怪物蜥蜴とマキとの間に降り立っていた。いつ現れたのか。マキには全くわからなかった。風になびく着古したローブ。腰まで届く砂色の長髪は、先端を紐でまとめられている。腰にベルトで留められているのは矢筒だ。そして、その手に握られているのは、大きな黒い弓だった。


「クレマチスの話にあった子だね。まさか、ここに逃げ込んでいたとは」


 砂色の髪が揺れる。丸眼鏡をかけた端正な顔の男がマキを見ていた。


「あなた、だれ……?」

「ニールス・ユーダリル」


 彼は答えた。

 タッツェルヴェルム・グロブスターの爪が震える。悪魔の顎が雄叫びを上げようと開きかける。次の瞬間、その身体が塵となって崩れ落ちた。浄化の光は、呪われた異界の怪物でさえ逃してはいなかったのだ。


 雪が降っている。

 闇も霧も、すでにマキの周囲からは消えていた。


「君を迎えに来た。七ツ森(スィーブ・スコーゲル)へようこそ」


 弓を携えた魔術師、ニールス・ユーダリルは言った。



 ここまでの話を終えてから、麻來鴉は顔を上げた。

 少し疲れたように見える。


「話してくれてありがとう。麻來鴉」


 火保は言った。

 壮絶な物語だ。退魔屋の身の上話など、皆美しいものではない。そんな事はわかっているが、麻來鴉はわずか十歳で両親を失ったのだ。その絶望が、幼い彼女にどれほどの傷を残した事か。


「どういたしまして。ちょっと長くなっちゃったね」


 麻來鴉は、ふう、と息を吐く。


「お茶を淹れ直してくるよ。ちょっと待ってて」


 言って、麻來鴉は火保のコーヒーカップを盆に載せ、キッチンのほうへと行ってしまう。


「あ……」


 止める間もなかった。火保は静かに閉まったドアを見つめる。

 いや……これでいいのかもしれない。今は、顔を見られたくないのだろう。

 少し、時間を置かなければ。


 火保は麻來鴉の部屋を見回す。狭い部屋の壁という壁に貼られた魔術、呪術の資料。床に積まれた本には明らかに古書とわかるものがいくつもあり、おそらくは一世紀、二世紀前のものも含まれている。壁に貼られた資料の中には考案中と思しき魔術や陣のメモもあった。机の上には平べったい石とナイフがある。ルーン・ストーン。彼女自身が念を込めながら、石に刻み付けているのだ。


 鴉の魔女、七ツ森麻來鴉。

 稀代の才能だ。誰しもが認めるだろう。彼女自身が望んでいたわけではないだろうが、運命は彼女を魔女へと仕立て上げた。

 だが、それが一体、彼女を幸福にしたのだろうか?


「麻來鴉」


 火保は天を仰ぐ。才能の大小に関わりなく、戦う道を選ぶ者、選ばざるを得なかった者、その全てが平凡な幸せから遠のいていく。

 それは果たして、一体誰のための人生なのだろう?


      ――


 ――これは、七ツ森麻來鴉も知らぬ一場面。

 七年前のノルウェー。オスロ郊外。製薬会社施設に偽装した、《夜明けの箱舟》の北支部施設。

 その地下広間。


「デズモンドの奴めは逃げたようですな」


 エイボン卿。百年以上の長きに渡り裏社会で暗躍を続けているとされている、呪術師の長老は遠見の術を用いて見た、道路上の惨劇の顛末を語っていた。


「いくつかの異界を経由し、行方を眩ませた様子。こうなると見つけるのは容易ではございません。与えられた役割を遂行できず、あまつさえ逃げ出す始末。師として恥じ入るばかりでございます」


 広間の床には呪われた魔法陣が描かれており、今も赤い光を放っている。以前と違うのは玉座が用意され、その上に何者かが鎮座しているという事。


「御身への供物は別の手段で用意しております。どうか、ご容赦のほどを」


 玉座の上の人物は、静かにエイボン卿の話を聞いていた。


「良い。私も二百年の眠りから目覚めたばかりだ。そうすぐさま食事という気分でもない」


 玉座の人物はおもむろに足を組み替える。うねるような銀髪は首の付け根まで伸びていて、人形めいた体温を感じない肌は白く、目は呪われた宝石のごとき妖しげに鈍く光っている。


「それより、興味深いな。森の魔術師。ニールス・ユーダリル……だったか」

「恐るべき使い手でございます。我らと相対する魔術師ではありますが、彼奴に比肩する者は世界中を探してもそうは見つかりますまい」

「お前でも無理か。エイボン」


 玉座の主の問いに、エイボン卿は一瞬だけ答えを探した。


「……相応の手傷を覚悟に、でしたら、あるいは」

「ふむ」


 銀髪が揺れる。地獄の底を漂う邪悪な気配が増す。


「準備をしてくれ、エイボン。私は次のアバターの素材を見つけなければならない。このアバターは二百年前にずいぶん使い込んだ。そろそろ寿命だ」

「……準備、と申しますと」

七ツ森(スィーブ・スコーゲル)だ。エイボン」


 玉座の主が指を動かす。二百年の眠りから目覚めた身体の様子を確かめるように。


「食事をしながら計画を考えよう。あの魔術師に、私はぜひとも会いたいのだ」


 エイボン卿は跪いて、新たなる主に忠誠を示した。もはや、自分が所属する組織などどうでもいい。真の闇からやってきた本物の主が、新たな呪いの世界を見せてくれるなら。


「どこまでもお仕えいたします。我が主、ガルタンダール様」


      ――


 ドアが開く。火保ははっとして、そちらを見た。


「お待たせ。火保」


 麻來鴉が、新たに淹れた紅茶の入ったティーポットと、カップを二つ、盆に載せて持ってきた。火保は机の上に場所を空ける。麻來鴉は盆を置き、火保の分の紅茶をカップに注いだ。


「ありがとう」

「どういたしまして。さて、それじゃあ――」


 麻來鴉は紅茶の入ったカップを手に、元の席に座る。


「続きの話を始めようか」

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