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11.さいしょとおわりのはこにわ

この度、最終話となりました。

 暗い場所だった。沢山の本が本棚に納められていたり、無造作に積まれていたり。見渡す限り本、本、本。

 あの門がどうしてこんな場所に繋がっているのか分からなかった。

 いったいなんなんだろうここは。どこまで続いているんだろう。暗いせいか、それとも広いせいか奥が見えない。

 不思議な場所だった。


『?』


 ふと、啜り泣くような声が聞こえた。

 暗い場所で聞くその啜り泣きは、暗いせいもあって不気味だった。

 とんでもない場所に来てしまったのかもしれない。そう思った。けれど、ここがどこかもわからない状況だ。今頼りになるのはその啜り泣きだけだった。

 その声に向かって進む。景色があまり変わらないせいか、あの啜り泣きがなかったらすぐに迷ってしまいそうだった。

 しばらく歩いていると、本棚の一角がぼんやりと明るくなっているのに気が付いた。啜り泣きもそこから聞こえていた。お化けが出るか、怪物が出るか。人であることに越したことはないのだけれど、少し不思議な場所だけにそういうことを想像してしまう。

 一応警戒して本棚の角からこっそり覗いて見ることにした。

 最初に見えたのは蝋燭の灯り。そして小さな机と椅子。机には本がきれいに積まれていた。そして、椅子に座っていた人物を見る。机に突っ伏していて顔は見えない。どこかで見たことがあるような気がする。女の子のようだけど。


「…ごめんなさい」


 そんな言葉が聞き取れた。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」


 何度もその言葉を繰り返していた。何をあんなに謝っているんだろう。


「あなたが死んでしまったのは私のせい。私があなたを殺してしまった」


 誰かを殺してしまったのだろうか。だとしたらあの人物には関わらない方がいいんだろう。自分の身は大切だから。


「ごめんなさい、ハルキ君」


 その言葉には引っ掛かるものがあった。

 はるきくん。

 それはなんだろう。


「私のせいなんだ。ごめんなさい。私がハルキ君を誘わなかったら」

『それは違う!』

「だれっ?!」


 だれ?

 …誰なんだろう。


「猫ちゃん?」


 女の子はこちらを覗いてそう言った。さっきの勢いで姿を見せてしまったようだ。

 けれども、猫?

 女の子の視線はこちらに向いていた。つまり、自分向けての言葉なのだろう。


「どうしたの、こんなところで?」

『………』


 分からない。


「ああ、でも私の妄想だから気にしなくていいよね。猫ちゃん可愛いし」


 妄想。となると僕は妄想の産物。でも、僕は自分の意思を持っている。だからきっと妄想とは違うはず。


「そうだよね。きっと誰かに聞いてほしかったんだ私は」


 女の子は僕をギュッと抱えた。

 柔らかくて、あたたかくて、いい匂いがした。


「私、せっかくできた友達にひどいことしちゃったんだ」


 女の子は話し始めた。


「その子、正直で優しい子だったの。私なんかの友達になってくれたの。その子、退院しても私の事忘れないって言ってくれたの。嬉しかったんだ。本当に。だから、もしその子が私の事忘れちゃっても絶対恨まないって思ってた。だけど、私、病気だから。いつか居なくなっちゃう子だから。私、あの日、あの場所であの子にお別れ言おうと思ったんだ。だけど、言えなかった。代わりに出た言葉が私なんか忘れていいよなんて馬鹿なことだったんだ。でもあの子、絶対やだって。即答だよ? 本当に。もう、私何も言えなくなっちゃって、逃げるみたいにしかできなくなっちゃった。嬉しいくせに。いつからこんなにひねくれちゃったんだろう。でも今さらだよね。もう、あの子居ないのに。私より先に居なくなっちゃうなんて」


 ああ、そうか。あの子は僕だ。なんで忘れてたんだろう。そうだよな。猫の姿になった僕が大羽ハルキだなんて誰も分からないんだ。自分でも。


「死んじゃったら何もなくなるんだ。私、自分ならそうなっても別にいいって、別に怖くないって思った。だけど、ハルキ君が死んじゃって、それが怖くなった。私が階段から落ちなければ、ハルキ君が私をかばって死んじゃうことも無かったのに。どこかの話にそっくりだよ。…やっぱりバッドエンドは嫌だ。ハッピーエンドがいいよ」

『大丈夫。物語の最後はハッピーエンドだから。きっと』

「猫さん?!」


 女の子は驚いた顔をしていた。そりゃ猫が喋ったんだ。驚くよね。


『君が生きていること、それはいいことだ。死んでしまったその子も、それを望んだから君を助けた。それをバッドエンドだと言って否定したら、その子の死がまるで無意味だと言うことと同じだ』

「そ、そんな、私、そんなつもりじゃ…」

『そう。だから君は生きていけばいいんだ。例え君の命が後僅かだとしても。君が彼の命に答えてあげればそれだけでハッピーエンドになるんだ』


 本当にそれだけで僕は嬉しい。


「ふふん、猫さん優しいね」


 女の子は立ち上がる。


「元気づけてくれたお礼に、これあげる。ちょっと特別」


 女の子は指で空間に線をなぞった。


「ここでは私はなんでもできる。面白いでしょ?」


 ふわりとした浮遊感が体を襲う。感じゃない。本当に飛んでるんだ。


「私が好きな猫、そしてハルキ君の好きな鳥。羽の付いた猫。…ううん。猫の付いた羽。おかしな言い方だけど、これは私の決意みたいなものだもの。ハルキ君に応えるための。だから羽が中心。分かってくれる?」

『猫の生えた羽か。面白いじゃない。気に入った』

「よかった」


 女の子はにこりと笑った。


「それじゃあ私は戻るね。こんなところに閉じ籠るのは良くないよ。それじゃあね。優しい猫さん」


 女の子は手を振った。


『物語の…、本の最後は絶対にハッピーエンドだから。ネネコさんも元気で!』


「えっ!? どうして私の名前? もしかしてハルキ君?」

『ふん、どうだろうね』


 それが最後に見た姿彼女のだった。






 ***






 はねこさんの話はちょっと信じ難かった。つまり、はねこさんは元は人間で、そんな出来事があって今の姿になったというわけで…。えっとつまり? そのネネコさんって人がお父さんの妹に当たるわけだから私の叔母さんってことだよね。


「ぜ、ぜんぜん面白い話じゃないじゃない!」

『ふん。興味深いと言う意味でじゃ。笑えぬ話じゃし、誰にも笑わせはせぬ』

「違うよ。そんなんじゃなくて!」

『なんだと言うんじゃ』

「私の叔母さん。ネネコさんは生きてるよ!」

『ふん、そんな話誰が信じる。死ぬことが決まっていたのじゃぞ!? 治る見込みがないと言われておったんじゃ!』

「それなら今すぐ会わせてあげる」


 はねこさんをふん掴み、無理矢理外へ連れ出す。はねこさんは暴れていたけど、それも無視だ。

 塀を伝い、ひとつの門の前に連れていく。


「ほら、これ。この門! 見覚えがあるんじゃない?」


 はねこさんは目を見開いていた。


『そんな…、馬鹿な。馬鹿な馬鹿な馬鹿な! あり得ぬ! 主と再び出会い、その上倉崎の血族だと知り、そして死んだはずの…、死ぬはずだったネネコさんが…、生きている? なんだよ。ワケわかんないよ。こんなふざけた話があるはずない!』

「なんで? これこそハッピーエンドじゃないの? あなたとネネコさんが望んだ。違うの? 今度はあなたが否定するの?」

『否定なんて!』

「それなら行きなよ」

『………』

「きっと待ってるよ。あなたの事」


 はねこさんはゆっくりと歩き出した。


『この先に…』


 そう呟くとはねこさんは門の向こう側へ消えてしまった。






 ***






 そこには相変わらず大量の本が並んでいた。あの頃と同じく、部屋はどこまで続いているのか分からない。ただ、違うのはあの時と違って明るいということ。


「あなたは…、あの時の猫ちゃん?」


 そこには女性が一人立っていた。


「分からないかしら。そうよね。ずいぶん経っちゃったもんね」


 そうだ。こうなってしまった自分には時間の経過は関係ない。ずっとこのままだ。


「これならどうかしら?」


 女性はくるりと一回転してみせた。するとその姿は一瞬で変わった。

 肩の辺りで綺麗に揃えられた黒髪はフワリと揺れた。病的に白かった肌は今はとても血色のいい健康的な色をしている。

 そして華奢な腕を前に出すと、その指で空間をなぞった。


「ね? ぴっちぴちの可愛い女の子。食べるにはちょっと若いかな?」

『…何言ってるの』

「ご、ごめんなさい。ちょっと調子に乗りすぎたわ」

『本当に、ネネコさんなの?』

「あれ、疑われてる? 紛れもなく私。正真正銘倉崎ネネコ」

『生きていたの?』

「あのあと、病気の治療法が見つかったの。本当にずっと後だったんだけど…。それでもあのメッセージのおかげで頑張れた」

『メッセージ?』

「はやく元気になってね。ハルキ君が返してくれたあの本の最後にそんなメッセージが書いてあったわ」

『読んだんだ』

「…やっぱり、あなたがハルキ君だったのね」

『……嘘をつくつもりはなかった』

「いいのよ。ハルキ君は死んじゃったけど、ハルキ君だったあなたが居る。それでいいの」

『………』

「ねぇ、ここにいていいのよ?」

『でも僕は…』

「あなたが何であろうと関係ない。あなたが居てくれるだけで私は嬉しいよ」

『でも、勝手にうろうろするかもしれないよ?』

「いいよ」

『口うるさいかもしれないよ?』

「いいよ」

『嫌味な奴かもしれないよ?』

「いいよ」


 どうして、そんなことが言えるんだ。確かに僕は大羽ハルキだった。でも、今ははねこだ。あ、いや、どういう事だ。僕は誰なんだ。ハルキは死んだ。だけど僕はハルキだった。僕に名前はない。だからはねこと名乗った。


「大丈夫。怖がらないで。私があなたを証明する。あなたはハルキ君なんだよ」

『…』


 ハルキ、お前は本当に幸せな奴だったんだな。もし生きていれば、別のエンディングがあったかもしれない。


『…ここを、僕の最後の場所にしてもいいの?』

「いいよ」


 答えはわかっていた。そういう人だ。ネネコさんはそういう人だったんだ。本当に、彼女の事は何も知らない。知らなかった。

 彼女が生きている。お話はまだ終わっていなかった。本当のエンディングを迎えるまで、まだ時間はあるのだ。

 それならこれから知っていくのもありなのかもしれない。彼女がこれまで積み上げてきたもの。僕がはねことして積み上げてきたもの。少しずつ話していけばいいんだ。

 これでこのお話は終わりです。こんなものをここまで読んでくださった方。あなたは本当にいい人だ!

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