1.状況に流されて
その日は釣りキャンプへ行っていた。
日常の中の少しの非日常を求めて、意識しなければ足を運ぶ事も、存在すら知らなかったような場所が自転車で1時間の位置にある場所で一晩好きに、だがモラルを持って過ごす。
無人の堤防で一人の世界を堪能する。
道草から聞こえる虫の音、空に浮かぶ明るい月と星、焚火の熱と音、ちらちら揺れる火、吸い込まれそうな暗い海から聞こえる水の音。
釣果は坊主だったが、満足のいく夜だった。
明日の朝は魚も活性化して釣れるかもしれないので、頃合いを見て狭い自分の基地に入り、寝袋に入った。
はじめは誰かに起こされる様に揺さぶられたと感じた、次に押しているのが地面だと気づき、それが尋常じゃない地震だと分かった時、テントごと吹き飛ばされた。
どうやら波にさらわれて海に落ちたのだろうが、寝袋でセルフ拘束状態で、グランドシートと一体型の閉め切ったテントの中にいる俺の生存は絶望的だった。
それでも生きる事は諦められない。
異常事態こそ冷静に、まずは深呼吸・・・はできないので、いったん目を閉じて、状況を整理する。
娘と嫁と3人で釣りに行く景色が浮かんできた、嫁と俺は釣れないが、娘はよく釣っている。
しばらくすると実家の親が来た、優しいおじいちゃんとおばあちゃんが来て娘は上機嫌だ。
いつのまにか釣り仲間である会社の先輩も一緒にいた。「相変わらず釣れませんね」と、お互い笑いあった。
何となくもうそろそろ意識が切れそうな事がわかっていた。
やり残した事も沢山あったが、いつかこんな日が来る事は覚悟していたので、悪い気はしなかった。
「起きろ寝坊助」
そんなドスの効いた声と、強い衝撃を胸に感じて目を開けると、目の前には巨漢の男がいた。
夢にしては感じている痛みや五感がやけにはっきりしている。
「起きた?」
巨漢に隠れてほとんど見えないが、奥にいる金髪の美女が巨漢に声をかけている。
「ああ、起きたな。おい、お前言葉わかってるか?なんか返事しろ」
「あ、はい。分かります。」
とっさに返事した。
「うっし。シグレさん、どうしますか?」
「時間が無いわ、数は多い方が良いから「ガム」あなたが面倒見てちょうだい。とりあえず、一通り処理して集合よ。いそいで、27分後には出るから」
「へい。おい、行くぞ!」
訳も分からないまま巨漢に腕を掴まれ連行される。
「待って」
金髪美女が呼び止める。女優さんの様な整った容姿の美女が近づいて来るのは35年の人生で初めての経験でかなりドキドキする。
「一つ残っていたのよ」
意味深な事を言いながら美女が見せてきた物は缶コーヒーの形をした白い筒状のつるっとした白い何か。
美女が何かすると筒の先から無数の細い針が出てきた、それは注射針に見えた。
「勿体なくないですかい?」
「失敗すればみんな死ぬわ。どうせなら使い切っておきましょう」
「・・・分かりました」
俺は巨漢の方に体を向けられ、頭と両腕をガチガチに固定されながら抵抗する。
「いや、待ってくれ、何となくわかるがそれはなんだ?俺にできる事なら協力する事もやぶさかでは無い、時間が無いんだろうがせめて少し説明してーー、があ!!」
突然首の後ろから大量の針が刺さって来る痛みに暴れてみるがびくとも動かない。足で後ろに居るであろう美女を蹴ったが、こっちもビクともしない。壁を蹴っているみたいだ。
すぐに違う痛みがさらに襲ってきた。針から入ってきた液体が体の中をめぐっていくのだが、その感覚はまるで体の中に虫が入って、それが全身に広がりながら食い荒らされている様なジワジワ、ザクザクとした痛み。
その痛みが頭まで回って俺の脳みそをぐちゃぐちゃにしていった。
気が付いたら痛みは無くなっていた。とても長い時間叫んでいた気がするが、一瞬だった気もする。先ほどまで感じていた痛みが嘘だった様に何処も痛まない。
「とりあえず成功、幸先良いわね。じゃあガム、お願いね。後25分よ」
「わかりました。お前、ついて来い。」
「あ、ああ、はい」
感覚の急な乱高下に戸惑っていた俺は考える間もなく返事をして付いていった。
「着替えろ。どれでも良いがなるべくでかい銃にしろ」
「わかりました」
放り込まれた部屋は狭いロッカールームで、扉のある面以外の3面の壁には等間隔に黒いロッカー扉が並んでいる。いくつかは開いていて床に服や武器が乱雑に転がっている。
この部屋に来るまでに分かった事は、ガムさんの言う事を聞き、この後の作戦に参加しないと死ぬ事。
作戦が成功したら質問に答えてくれること。
さっきの金髪美女はここのリーダーで「シグレ」さんと言う名で、彼女の命令は絶対行う事。
そのシグレさんからの命令で俺の面倒を見ているガムさんの命令は絶対行う事。
だいたいこんな感じだ。抵抗は無意味だし、あの注射以来ガムさんに殴られても小石が当たった程度の痛みしか感じないが、ここで駄々(だだ)をこねていても何もわからないままなのでとりあえずこの人達の言う事に従って、任務成功を目指す事にした。
一つだけ質問に答えてくれた。
「ここはどこの国ですか?」
「ここか?ここはな、糞ったれ国だよ」
閉まってるロッカーも全部開けて物色する。時間が無いと言っていたが、選べとも言っていたのでナルハヤ(なるべく早く)で選ぶ。
シグレさんが着ていた全身真っ黒タイツがあったのでそれを選ぶ。リーダーって事はすごいんだろうから、そういう人の真似をする事は俺の人生経験上だいたい当たりだと思っている。
一番でかい武器はメカメカした剣があったが、俺の身長よりでかいのでこれは無し。次案の銃もでかい。ハンマーみたいなのもあるが、正直近接戦なんてできる気がしない。喧嘩すらしたこと無いぞ。
と言うわけで銃にした。ここまでの流れで何となくわかっていたが、さっき打たれた注射はパワーアップ的な何かだった様で、ほぼ俺と同じ身長の銃も軽々(かるがる)持てる。だが、そういうパワーアップ系の薬は効果時間があるはずだと考える俺はゲーム脳だろうか?
だが、備える事が悪い事にはならないと思うので、ハンドガンタイプを右太ももに装備し、鉈っぽいでかいナイフを左太ももに装備し、サブマシンガンタイプを腰に装備し、アサルトライフルを背中に装備した上ででかい銃をかついでいくことにした。
これだけ持っていても重さを感じないので今は問題ないが、もし薬の効果が切れた場合捨てていく作戦だ。どうせタダなので欲張っていこう。ガムさんが教えてくれたが、この銃は半エネルギー型と言う種類らしく、銃弾はほぼ無限に撃てるらしい。ずいぶん未来の武器な様だ。
「そんな銃ばっかで良いのか?まあいいか、時間までもうすぐだちょっと急ぐぞ」
「はい」
ガムさんの後に続いて廊下を走る。曲がったり、上がったり、下がったりをかなりの速さで走ってついて行くが、息切れもしない、後でリバウンドが来るタイプだと嫌だなあとか考えながらついて行った。