野良猫ロックの郵便配達
一人暮らしの私の家には、よく野良猫が遊びに来ていました。
灰色の毛並みをしていて、岩のようにまん丸だったので、私はその猫に『ロック』と名付けて可愛がりました。
いつも夕方にやって来て、私の足に体を擦りつけ「ミャーミャー」と言いながら、おやつをねだります。
そんなある日、今まで何も付いていなかったロックの首に、首輪が付いていたのです。
「あら、誰か親切な人が飼ってくれたのね」
私はロックを撫でながら少し寂しくなりました。
もしかしたらロックはもう私の所へ来てくれないかもしれないと思ったからです。
ですが、そんな事はありませんでした。
誰かに飼われてからも、ロックは私の所へ毎日、会いに来てくれたのです。
それから数日が経った頃、ロックの首輪に小さな紙が挟まっていました。
不思議に思い、その紙を見てみると、そこにはこう書かれていました。
『こんにちは。いつもこの子を可愛がってくださり、ありがとうございます。突然このようなお手紙を差し上げて申し訳ありません。いつも僕のウチへ戻って来る度に、この子の毛並みが綺麗になっているのに気がつきました。きっと誰か優しい方がブラッシングしてくれてるのだなと思いました。よろしければこの子に、あなたからのお手紙も預けてもらえないでしょうか。あなたとお話出来たら僕も嬉しいので』
私はドキッとしました。
LINEやメールなどとは違う手紙のやりとりなんて、久しくしていなかったからです。
見ず知らずの人とやり取りするのは、若干不安でしたが、野良猫を介した文通なんて、なんか古風で素敵だったので、私はロックに手紙を託しました。
『はじめまして。私はこの子にロックと名付けて可愛がっています。灰色で岩みたいだったので』
そして次の日、ロックは彼からの返信を預かっていました。
『お返事ありがとうございます。ロックと名付けているんですね。僕はこの子にタガーと名付けました。ミュージカルのキャッツが大好きなので、キャッツに登場するラム・タム・タガーというキャラクターから取りました。毛色はまったく違いますが(苦笑)』
私もまた彼に返信します。
『私もキャッツは大好きです。確かにラム・タム・タガーには似てないわね(笑)』
『あなたもミュージカルお好きなのですか?是非いつかご一緒に観劇出来たら嬉しいです。あ、すみません。自己紹介がまだでしたね。僕は県内の大学に通う2年生の彰です。一浪したので、本当なら3年生のはずなのですが(苦笑)』
『そうなんだ。私は未来。あなたと同じくらいの年齢よ。だからタメ口で話さない?』
『はい。そうしましょう! あ、ゴメンなさい。そうしよう!(笑) ねえ、ところで未来さんはタガーの事をいつから知っているの?』
私は内心、「タガーじゃなくて、私の前ではロックだけど」って思いましたが、ロックは今は彼の飼い猫なので、文句は言えません。
私はロックが来るのと、彼からの手紙を心待ちにしながら毎日過ごしていました。
他愛もない文通を始めて数週間が経ったある日、毎日彼からの手紙を届けてくれていたロックが、ピタリと来なくなりました。
「ロック、どうしたのかしら?病気?怪我?それとも彼に何かあったのかしら?」
私は凄く心配でした。
ロックの事も。
そして何より彼の事も。
もっと早く連絡先を交換すれば良かったのかしら。
そうすればロックにも、彼にも会いに行けたのに。
ただ外を眺めながら考えるのが、もしかしたらロックも、彼も、私の夢の中の登場人物だったのかもしれないという事です。
こんなお伽噺みたいな事、普通ありませんから。
でも私は今日もロックを待ち続けています。
彼からの手紙を携えたロックがやって来るのを。