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別れの地


 鬱蒼と木が生い茂り、光の粒に包まれていた光の森。その向こうには、青空と広大な大地と、見渡す限りの地平線が広がっていた。

 森の小径の導く先には、なだらかに下る谷への道と、どこまでも続く果てしない荒野へと続いていた。足下には低い草花が風に吹かれ、その風は所々飛び出した岩に遮られながらも、流れる水の様に谷へと吹き抜け下っていく。その景色は何度も悪夢に登場した真っ暗な森の、その抜け出た先にある光景そっくりだった。何処か寒々しいその風景を、ボクは黙って見渡した。

「また草原に戻ってきたのかと思ったけど、ちょっと様子が違うみたいだね」

 そう言いながら彼女の方へと振り返る。…そう口にはしたものの、ボクはこの光景を知っていた。ボクが見続けた夢の続きが、たしかにこうして目の前に広がっている。ただ今は、彼女にこの複雑な想いが伝わらない事だけを祈った。

「……」

 しかし、そんな心配をよそに、彼女はその景色を見つめ、惚けた様に立っていた。

「…大丈夫?」

 彼女の顔をじっと見つめていると、やっとボクへの焦点があってきた。

「…ぇ? えっと…。ただこの風景が、切ない記憶を呼び覚ましてしまうから」

 そう言って彼女は、小さくかぶりを振りながら「哀しい記憶は全て、大地に還っていった筈なのにね…」と、呟いていた。

「……」

「貴方こそ、大丈夫?」

 気付けば今度は、ボクの方が彼女に覗き込まれていた。

「あ…。うん、大丈夫だよ。せっかくここまで来たんだし、先に行ってみようか」

 なにか後ろめたい気持ちが、ボクを早口にさせる。ボクは彼女の答えを待たず、また前に進み始めた。

 一陣の風がその谷間を駆け抜けていく。森からの名残の様に生い茂る緑の海の中を、所々離れ小島の様に岩が顔を出す。その岩の1つに触れてみると、冷たくツルっとした見た目と裏腹に、小さな凸凹がある事に気がついた。

「…この岩は水晶なの。だから、それは成長していた証」

 いつの間に隣にいてくれたのか、彼女が物珍しそうに岩の撫でるボクに教えてくれた。

「成長の証かぁ…。それなら、まだまだ大きくなるのかな?」

 何気ないボクの問いに、彼女は力なく首を振った。

「…もうこの世界に、成長はないから。水晶の欠片は、欠片のままで。小さなチルルは小さいまま、ただ朝と夜を繰り返すの。もうそれは、仕方の無い事だから…」

 そう言ってまた、彼女は空の向こうを仰ぐ。その晴れすぎた空の彼方を。

「どうして…。どうしてそんな悲しい顔をするんだい。君の哀しみをボクに教えて欲しい」

 きっとそう思ったのは、自分自身が不安だったからかもしれない。彼女だけでも、不安や怖れも取り払ってあげたい。この想いと言葉が風に飛ばされ消えてしまう前に、ボクは続けた。

「成長が無い世界なんて無いよ。ボクらの旅は、まさにそうだったじゃないか。ただ繰り返す世界なんて嘘だ。出会いの春も、別れの冬も。きっと…」

「…私の哀しみの理由は」

 ボクの言葉を遮る様に、彼女が呟いた。

「きっと、貴方と一緒。貴方もそれを受け入れられるなら、私と一緒について来て」

 そう言って片手を差し出す彼女。その瞳は、どこか悲しみに暮れている。

「…わかった」

 彼女の手を取り、共に谷へと降る。谷間を舞う夕暮れの風が、ボクらの間を吹き抜けていた。


 一陣の風が吹き抜ける水晶谷。その向こうには、どこまでも広がる荒野。風が砂を運び、“パパ”の光を水晶が受け止め輝き返す。そんな世界の果てに、それはあった。

「これは・・・」

 ボクは言葉を失っていた。眼前に広がる荒野には、何本もの棒の様な鉄屑が、天に向かい刺さっていた。そしてボクは、その鉄屑を知っている。あの夢の中で自分が胸に抱いていた物で、ボクらが生き残る為の武器だった。

「…それは“バン”。この世界の悪意の音」

 握った右手から、彼女の身体が強張っていくのが伝わる。

「…違うよ。これの本当の名前は「鉄砲」っていうんだ。ボクらはそう呼んでた」

 やっぱり名前は鳴き声でつけるのか…。なんとなく、その彼女らしさが嬉しかった。そして、ボクがその『悪意』を生み出していた事が、その何倍も悔しかった。

「…やっぱり貴方は、“バン”だったの」

 淋しそうな横顔。とてもボクには、その瞳を真っ直ぐ見る事は出来ない。この汚れた手で、彼女の瞳から零れる雫を拭ってあげる事は出来ない。おそらく“バン”とは、鉄砲の事であり、その鉄砲で生命を奪う人間の事なんだろう…。

 大地に刺さるその黒い鉄塔の群は、ボクら名も無き兵士達の墓標だった。


 あの夜あの森で、ボクもボクの仲間も敵の兵士に撃たれて死んだ。でもそれは、戦争の続くボクらの時代では当たり前の光景だった。殺し殺され、そうして世界を穢し続けた。

―ボクはやっと、その生命が尽きた事で安息を手に入れていたんだ。自分と仲間達の墓標を見つめ、初めて気づいた。そして、こうしてボクらを弔ってくれた名も知らぬ誰かに、心から感謝した。

 天上には真っ赤に染まる“パパ”の最後の残り火が、世界に別れを告げていた。

「…帰ろう」

 チルル達はもう遥か遠くへと旅立ってしまったであろう、雲ひとつない空の下。朝と夜の境界線のその下で、どちらともなくそう言った。



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