はじまりの日
初夏。朗らかな春のまどろみと、やがて来る夏の陽気が共にある季節。
とある晴れた日、雨上がりの丘。寄り添う様に天を目指す2本の大樹。その丘から見渡す先に、その名も無き墓標はあった。
かつては戦地として多くの血が流され、長らく荒れ果てた大地が続いていた場所。しかし今はもうその面影もなく、一面に生い茂る草花が谷間を抜け行く風に揺られる、気持ちのいい場所だった。
「ここで戦争をしていたなんて、僕にはとても信じられないよ」
青年が隣を歩む少女に語りかける。
「うん…。きっとそれは、それだけ安らかな場所になった証拠で…」
隣を歩く少女が答えた。しかし言い終わる前に何か見つけた様で、墓標と呼ぶにはあまりに粗末なその鉄屑の列を。その中の1本を見つめている。
「どうしたの?」
青年が問いかけると、少女は我に返った様に振り返り、黙ってその場所を指で指し示す。
「…何? 林檎??」
少女の小さな手が指し示す先には、夕日の様に紅い果実が1つ。
「誰かが、お供えしたのかもしれないね」
囁く様に少女が言い。つられた様に青年もその墓標を見つめた。
「あ! 鳥!!」
今度はなんだ。と青年が顔を上げると、一羽の鳥が大空へと向かい羽ばたき去って行く姿が見えた。純白の翼で天へと飛び去るその姿は、まるで天使の様だと青年は思った。
-そして、その小さな影は蒼穹なる大空の彼方へ消える。かつて彼女が見つめていた、その空の向こうへと。