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終末(後編)

「…空、か」

 僕は何処までも青い空を見上げ、小さく呟いた。

「え?」

 寄り添う様に隣に居てくれていた彼女と一緒に、空を見上げる。

「…この世界の空は、いつも晴れているんだね」

 彼女と出会い、旅立ち、そしてまた共に過ごした空。その空はいつの日も晴れ渡り、僕を暖かく照らしてくれていた。今もこうして、どこか寂しい晴れすぎた空が広がっていた。

「それは…、はじまりの時からそうだもの」

 呟く様に答える彼女の声も、今は何処か遠いものだった。

「空が、どうかしたの?」

「いや、その…。この世界には“雨”は降らないのかな。と思って」

 もし、もし雨が降ってくれれば、“恵みの木”を救えるかもしれない。カサルカに託してもらったその実を、僕はなんとかして救いたかった。

「…そんなもの、知らない」

 しかし彼女の答えは、素っ気無いものだった。

「どうしてそんな事を言うんだい…。太陽“恵み”は熱と光を。雨の“恵み”は大地に潤いをくれる事は、僕だって知っているのに」

 彼女の表情が硬くなる事がわかった。今僕は、触れてはならないものに触れてしまっているのかもしれない。

「“恵み”の施しは、求めるものじゃない。多く求める事は“欲”でしかないから」

 真っ直ぐに僕を射抜く彼女の瞳。その色は悲しい怒りに揺れていた。

「僕は、僕は欲張りかもしれない。

それでも…! それで君が愛してくれた世界に還るなら、僕は欲するよ。本当の世界の姿を」

「知らない…。知りたくない。私がその“言葉”を謳えば、“知恵の木”が戻るかもしれない。でも私は、それを心から望んではいないの」

 彼女の言葉は、とても冷たいものだった。とても淋しく、辛いものだった。

「…どうしてだい!?

 僕と君は、同じ想いを抱いていると信じていたのに…」

 またあの脚が揺れる感覚が全身を襲う。足元の大地が突然無くなってしまった様な、そんな途方も無い喪失感がった。

「私の想いが、私の心が貴方に理解るの? 私自身、自分の気持ちでさえ理解らないのに…!」

 彼女が初めて声を荒げ、そして涙を流した。

「私は“バン”を罰し、“バン”を消した。たしかに、私はその行いを悔やんでいるかもしれない。けれど…、今の世界を愛していないわけじゃないの。

 貴方と過ごした時間、歩いた旅路、繋いだ手の熱をずっと覚えている。…貴方に私の想いがわかる?」

 僕はその言葉に、何も言えなかった。

「貴方がもし、この世界を愛してくれるなら、私と一緒に過ごしていきましょう?

 たとえそれが、世界の終末であっても…。私はこの世界も愛しているの」

 それはきっと、彼女の本当の想いなのだろう。僕をそう想ってくれている事に胸が張り裂ける程嬉しくて。そして、何故か悲しみが抑えられなかった。

「僕も…。僕も君と一緒に過ごしたい。あの旅路が終わらない事を、僕は何度も夢見ていたんだと思う。

 でも、だから…。だからこそ、君の悲しむ顔は見たくないんだ!」

「……」

「君はこの世界に居る限り、きっと後悔と一緒に過ごす事になる。君の孤独は、死んでしまった僕だけじゃ癒せないよ。

 世界は広く大きいよ。嫌な相手もいれば、護りたいと願える人も居る。だから美しいんだ。だから世界は輝いているんだと思う。

…もう1度僕達を、君と共に歩ませて欲しい。この世界という旅路を、一緒に」

 風が吹き、草木を揺らす。絶え間なく注がれる“パパ”の光が、丘に僕達の影を照らす、静寂の世界。

「わかっているの? 世界が戻れば貴方は……」

「わかっているよ。君とこうして出会えただけで、僕は十分幸せだった」

 再び彼女が口を噤めば、また世界は静寂に覆われる。

「…私の負けね。貴方の願いを叶えます」

 その世界を照らす、彼女の笑顔。赦しの花は咲き、世界がまた動き出す。

「ありがとう。君と出会えて、本当に良かった」


「…天の“恵み”が応えてくれたとしても、あの子が元気になるかはわからない。それでもいい?」

 お互いの手を握り、僕達は約束の丘の上に立つ。カサルカが見守る先、あの“恵みの木”の前で。

「うん…。それでダメなら、また次を考えよう。大丈夫、君の愛した世界だもの」

 そう言って僕が微笑めば、彼女も笑顔を返してくれた。

「…わかった。

 ―天土を潤す空の“恵み”。たゆたう生命の水の子達、雨となりて降り注げ」

 祈る様に歌う様に木霊す彼女の声。その木霊が消えぬうちに、見る見る天には雲が立ち込め始めた。

「すごい…!」

 その奇跡の様な光景に、僕は言葉を失い、ただただ空を見上げていた。そんな僕に冷たい雫が降ってきた。

「…応えてくれた」

 共に天を仰いでいた彼女の、囁く様な細く美しい声。そうしている間にも、1粒だった雨粒は2つ、3つと数を増していく。いつしか空は“恵み”の雫に覆われ、舞い降りた空の子達が大地を肥やし、草木を濡らし、世界を潤す。

「…見て」

 彼女の言葉に我に返る。指し示された先には、天からの“恵み”を一身に受ける“恵みの木”。今にも倒れてしまいそうだった枝は生気を取り戻し、緑に色付いた葉を茂らせていく。空を覆う雨粒は尚も降り注ぎ、いのちの水が世界を巡る。

「よかった…。本当によかった…」

 彼女の目から零れ落ちた涙の雫も、雨と共に大地に還る。そしてぐんぐん伸びる“恵みの木”は大樹へと育ち、今や雨雲をつき抜けんばかりに育った。まるで、天へと架かるきざはしの様に。

 生命の力に満ち溢れる世界。雨は歌い、風はそよぎ、草木は躍る。豊穣の大地を踏みしめ、遥かなる空を望む。

 大地に根ざす“生命の大樹”、天へと伸びる“知恵の大樹”。気づけば雨も止み、世界をまた静寂が包み込む。もはや大樹と呼んでいい程大きく育った“恵みの樹”。知恵の恵みと尊い生命の樹は、尚も枝葉を広げカサルカに負けない程の立派な樹へと育ち、実を結ぶ。

「ありがとう。君の事は、絶対に忘れない」

 僕は言った。

「…私は、人の心に在り続ける訳にはいかない。けれど…、忘れないで」

 彼女はそう言いながらも、また瞳から雫が流れる。僕は手を伸ばし、その雫を拭う。何故なら、彼女に泣き顔は似合わないから。

「さぁ、創めよう。本当の“はじまりの日”を!」

 僕達は実ったばかりの“知恵の実”を摘み取った。かつてそうした、“Adam”達の様に。そして願う、この世界の再生を・・・。


 天を覆っていた雨雲達はいつしか消え、その向こうには満天の星空と、少し欠けた月が覗く。私は願った。『“人”の子等と、また共に暮らせる世界を。』

 ―夜空を覆う星々は移ろい、かくて世界は巡り行く。いつしか地平線の向こうから、眩しくも暖かな光が差し込み、蒼き空は白く染まる。…また、新しい朝が訪れた。

丘から望む世界からは生き物達の朝の謳声が聞こえ、パンを焼く香ばしい香りが立ち込めていた。

「おはよう。新しい朝」



『貴方は“バン”? それとも“Adam”?』

『…でも本当は、そんな事はどうでもいいの。貴方は、私の・・・』


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