一
(――ゆっくり旅を、だと!?)
数日前の自身の言葉に毒づき、咲久夜は奥歯を噛みしめた。
――――ォオォォォォォォオオオ――――
遠くに聴こえる鬨の声――この吉備の地、熊山の陰陽寮から聴こえるとすれば鬼と戦っている以外にない。
(――キキ!)
そう命じそうになって、咲久夜は言葉を止めた。
今のこの状況では、キキが一人で行くのが一番良い――キキは一人で戦を決せる力がある。キキが行けば、一人でも多く命が助かる。
けれど、それでも、迷いがあった。
(キキに……幼子にこれ以上戦わせていいのか、鬼の血で染めていいのか)
「――咲久夜様」
そんな咲久夜の迷いを分かっているように、
「わたしが参ります」
キキはそう一言伝え、まるで咲久夜の苦しみを減らすように応えは聞かず疾く駆け出した。
「――照灯、和可」
そして、そんなキキの気持ちを咲久夜もまた分かり……奥歯を噛みしめ、二人の名を呼ぶ。
――リン、と鈴が鳴った。それだけで、照灯と和可は咲久夜の意を悟った。
(キキ一人を戦わせてなるものか)
誓い、祈り、願う。
――心だに誠の道に適ひなば 祈らずとても神や守らん
リンリン、と天鈿女命の鈴が鳴る。
――千早ふる玉の御簾巻き上げて 神楽の声を聞くぞ嬉しき
神迎、咲久夜は髪を揺らし、袖を揺蕩わせ――
――幣たつる ここも高天の原なれば 集まりたまえ四方の神たち
僅かに瞼を伏せ、風に歌流し、天に向け舞い踊る。
――千早ふる荒ぶるものを拂わんと 出で立ちませる神ぞ貴き
リン――
一際大きく鈴が鳴った。
――出で立ちませる神ぞ貴き
瞳を開き、その御名を、自身と共に在る者を、祈り結び呼び迎える。
――木花咲耶姫
それは桜とも呼ばれるようになった火の女ノ神。深々とした静寂の中、焔が細雪のように舞い散る――咲久夜はゆっくりと袖を揺らし、掌で舞い散る火の粉を遊ばせた。
――高比売命
それは悲しき歌の女ノ神。
――ィン、と静かに鳴いたのはその歌か。女ノ神の声は天まで届き、天神は応え、けれど、それはまた悲しき歌を生み。
雷を宿し、照灯は僅かに微笑んだ。悲しき歌、けれど、それは大切な人を伝えた歌。
今なら分かる、何故、自分がこの神と共となったのか――悲しみを重ねない為、その為に、大切な人、大切な幼子に歌を伝える為に。
だからこそ護らなければならない、必ずキキを。
――志那都比売神
それは風の女ノ神。けれど、自身と共に在る神ではないことは知っている。今はまだ自分の神楽を成すことは出来ない。
それでも、和可に焦燥や自責はもう無い――今は出来なくとも、いつか必ず出来ることを祈り。
だから、願い、誓う。力を貸してください、と。きっとあの子と共に強くなって見せます、と。
――神楽を纏い、三人は駆け出した。
鬨の声が響く場へと。
戦の場へと。




