十八
「兄者……また、あの人間の元に行っていたのか」
後ろから掛けられた声に、温羅は顔を向けた。
「どうしてあの鍛冶屋や、職人共を助けたのだ。町に居た頃は鬼を遠ざけるようにし、今は城で匿っている。人間如きに何故そこまでする」
「……お前には分からんことだ」
顔を戻し、そのまま歩き出す。
「待て、兄者!」
巨漢の男――王丹は兄である温羅の前に回り込みなお問いかけた。
「聞きたいことはまだある。なぜ、京の鬼の誘いに乗らなかったのだ。共に力を合わせれば、この国を鬼のものにできる。我らが支配できるかもしれぬのだぞ!」
今は誰とも話したくはなかったが……仕方なく足を止め、温羅は弟へと顔を向けた。
「地下人と蔑み昇殿を許さなかった京の人間共が滅んだ時はどれほど喜び……そして、口惜しかったことか! 人間如きが我らを下に見たのだ、ならば、今度は我らが人間を支配してやる!」
「……下らぬことだ。儂は支配など興味はない」
「なんだと、兄者」
「もう鬼を入れるな。いや、外に離してやれ」
「何を言う兄者っ。俺は兄者の為にやっているのだぞ! 兄者が害されることを俺は許せぬ!」
肩を掴み、王丹は益々声を強める。
「兄者は強い鬼だ! 山奥から世に出たとき、ようやく兄者の力を世に知らしめることができると俺は歓喜したのだ!」
「ふん……強さなど何になる。人間をいくら殺そうと、鉄に触れ、刀を見る喜びに勝ることはない。いや、比ぶべくもない」
「っ、一体どうしたというのだ、兄者! 刀なぞ、人を殺す道具だろう!」
「王丹」
温羅の瞳に、その声に、王丹は掴んでいた肩を離した。
「すまぬ……兄者」
怯えの混じった弟の声に、温羅はふぅと息を付いた。
愚かな弟……だが、それでもたった一人の弟であり、家族であった。それに、兄である自分のことを何より思っていることに嘘はない。
「……お前がこんな遠くの異国まで付いてきてくれたことは感謝している。だが、お前を連れて来るべきではなかったと後悔もしている」
「兄者……何故、そんなことを言う、俺は……」
「王丹、お前を悪く言っているのではない。お前を儂の我が儘に付き合わせていることに後悔している」
「兄者が悔いることはない! 俺は兄者と共に居れればそれでよい!」
温羅は王丹の顔を見た。身体は大きくなっても、その瞳は小さき頃のまま――
鬼を吉備に集め鬼の地にしたことも、人を滅ぼそうとしていることも、全て兄である自分を思っての事。
だからこそ、愚かとも思い、だからこそ……
「……鬼を取るか、人を取るか」
知らず、温羅は呟いていた
「兄者?」
「王丹、鬼を外に出してやれ」
「まだ、そのようなことをいうのか、兄者!」
「この吉備の地を、鉄の場を取られるわけにはいかぬ。儂らも死ぬわけにはいかぬ……外に居る人間共に攻められるわけにはいかぬ」
「っ、ならば!」
「儂らは動かぬ。だが、外へ放った鬼がどうするかは勝手だ。人の居る場へ離してやれ、後は知らぬ」
「分かった、兄者! 後は俺に任せておけ!」
……本当に分かったかどうか。だが、温羅はそれ以上何も言わず。
(許せ、友成……いずれ、お前も分かってくれるはず)
どたどたと足音を響かせ走って行く王丹の後ろ姿を見つめ、拳を握り、奥歯を噛みしめた。
「……幾千の人の屍を積もうと、儂の地を取られるわけにはいかぬ」
その為ならば、この烏帽子を捨て――鬼に戻ろう。




