十七
蝋燭の灯火も届かない廊下の奥――
開いた戸から月の閃光だけが照らす中、カナは立ち止まった。
「――見て頂けたでしょうか」
「見た」
カナは一言応えた。
「カナ様、この乱世、そして、鬼である我が身。傍観できる立場ではないこと承知しております。ですが」
阿曽は俯いていた顔を上げ、濡れた瞳を光らせカナへと続けた。
「温羅様を、この地を、そっとして頂けないでしょうか」
「…………」
カナは応えず……ただ、別の事が心を埋めていた。
使い走りさせられることといい、煩わしき事が多過ぎではないかと。
「有りの侭を申せば、興味がない。我には関係ないこと」
「では……!」
「勘違いされては困る。見なかったことにするという意味ではない」
釘を刺し、面倒だとは思いながらもカナは京の鬼の一人として口を開いた。
「人と共に歩むというのなら、貴様らは我らの敵となる」
「……温羅様は誰とも争う気はありません」
「そうだとしても、人間はどうだ。造られた武具は人間のものになるのではないか。その武具で鬼が、同胞が殺される。そうなるのではないか」
「…………」
「人の全てがお前達を認めるわけでもない。鬼には裏切り者と言われ、人からは攻められよう。それでも、今のままでいたいというか」
「……それでも」
阿曽は近づき、悲痛ともとれる瞳と声でカナへと願った。
「同胞から攻められ、人からも厭われようとも、害されようとも……それが、温羅様の望みであれば」
「…………」
「人の幼子を家族にしたいと仰られたカナ様ならば、温羅様のお気持ちを分かってくださると……どうか……どうか」
「……ふふ」
阿曽は勘違いをしている。カナは人との共存を願っているわけではない。
だが、キキの事を言われ、幼き子のことを思い出しカナは思わず笑い出した。
「はははっ、そのことを言われると我も弱い。変わり者は、我もまた同じか」
いや、正しくいえば、キキに出会い変わらされたのだが。退屈だった世界がキキに出会い退屈でなくなった。
少し前の自分であれば、煩わしき事として温羅や阿曽、城の人間共を殺していただろう。だが……これが感情というものなのか、煩わしき事を楽しむ余裕が出来ている。
「分かった。暫く付き合ってやろう。我がここに居れば、京の連中も動かぬだろう。人のほうはどうか分からぬが」
「……有り難う存じます」
涙の滴は月に燦めき――
「この御恩は生涯忘れませぬ、カナ様」
阿曽は深く頭を下げ、そして、微笑んだ。
「そこまで恩に感じる必要は無い。我は何もしないのだからな……それに」
「カナ様?」
「恩を感じるなら、キキ……先に話した童女にしろ。キキに出会わなければ、我は変わり者とはなっていない」
「そうなのですね……カナ様がそれほどまでに話すお子、いつか見てみたいです」
「ああ、近い内に会えよう。我が妹子として」
「ふふ、楽しみにしております」
――それが、束の間の平穏だと知っていても。
それぞれの内の感情を宿したまま互いに笑い、カナと阿曽は暗い廊下を歩き出した。




