十六
「――酒を持ってきた」
陶器の酒瓶を横に置き、温羅は目の前の男、人間の男へと湯飲を差し出す。
「一杯付き合わぬか……友成よ」
「…………」
けれど、男が、友成が受け取らぬと分かり、そのまま湯飲みを畳へと置いた。
ふぅ、と息を付く。付き合いは短いが、この男が強情なのは知っている。
「飯も食っておらぬと聞いた。鬼の作ったものは食べぬか」
「……阿曽媛には悪いと思っている。だが、どうして食べられよう、鬼の作ったものを。人を喰う鬼の作ったものを」
「阿曽は人を食べぬ。儂もな」
「それを信じろと。ならば、外に溢れている鬼はどうだ。あの鬼共は人を喰っていたではないか……!」
「そうだな……」
「お前は何故止めなかった!」
「……言い逃れはせぬ、儂は止めなかった」
「何故だ!」
「儂は鬼だが、鬼の長ではない……吉備冠者だ」
その名が虚しいものだとしても、皮肉と捉えられると分かっていても、温羅は吉備冠者……吉備を治める者と伝えた。
「吉備の長……人の長だとでも言うつもりか」
「儂は、そう思っている」
「ならば、どうして俺達を騙していた! 自身が鬼だということを隠した!」
「騙すつもりも、隠すつもりもなかった。だが、話せば……こうなったであろう。今のように」
「当たり前であろう!」
「そう、当たり前だ。だから、話さぬほうが良いと思った。話さぬまま、過ごしていければいいと……夢想した」
ふぅ、ともう一度大きく温羅は息を付いた。ふと、こんなに息を付くような自身だったか、と思う。
けれど、塞ぎ込んだ心を奮い立たせようとしても、それが出来ないことも分かっている。夢は破れたのだ――それが分かっているからか、温羅はらしくないと気付きながらも独り言のように呟いた。
「友成よ、心のままを言おう。儂はお前の腕に、お前の打った刀に惚れ込んでいる。話で聞いた通りだった、遠いこの天の国には良い鉄があり、その鉄で打った剣は美しく斬れぬものはないと。まさにその通りであった」
ぐっと拳を握り、温羅は顔を上げ、友成を見た。
「儂はお前となら、この吉備の職人とならば、吉備を国一番の鉄の地に出来ると思っている。儂の願いはそれだけだ」
温羅の言葉を、瞳をどう受け取ったのか……
「鉄の術をこの地に伝えたこと、それは感謝している……が、そうだとしても」
友成は温羅から視線を外し、俯いた。
「鬼と共に刀は造れぬ。俺の刀は神に奉り……鬼を斬るもの」
「友成、儂はそれでも良いと思っている。同族を殺すことを由としている訳ではない、だが、鬼を斬れるほどの刀なら、それは良き刀だろう。儂は見てみたい」
温羅は尚言葉を続けた。
「あの刀は見事だった。儂の鉄と、お前の術ならば尚良き刀が出来る。必ず出来るはずだ」
「……温羅」
熱がこもる温羅の言葉に、友成は呻くように名を呼ぶ。
「終わったことだ、温羅……終わったことなのだ。もう戻れぬ。人と鬼は相容れぬ」
拳を握り、声を震わせ……
短い付き合いだが、この男が強情なのは知っている。
「……そうか」
温羅は頷いた。
「酒は置いておく、飯は人間に用意させよう……また来る」
また来て、どうするというのか……そんな囁きが自身の隅から聞こえてくるが。
それでも、
「また話そうぞ、友成」
温羅は友へとそう伝え、そして、立ち上がった。




