三十六
女よりも先に術を施し、攻撃を潰す。それより他はない。
「――火遠理」
指を二本立て印を組み、口元に当て鋭く囁き、その力を顕す。
焔の弓を手にし、炎矢をつがえる――それは瞬きの事。
が、
「ふ……」
女は笑う。
瞬間、轟音が響いた。
(っ!)
咲久夜は炎矢を放つが、それは虚しく女の前で弾かれ。
――その時になって初めて気付く、自分と女の間に居た者がいない。
ギィンッ!!
朝になったかと見まがうほど、闇夜に白き閃光が満たされた。
キキは飛び上がり、折れた小太刀で雷光を受け――そのまま宙で斬り払う。
「――――」
四散する雷光を見つめ女は……そう、生まれて初めての事だ。
呆然とした。
「ふふ……はははははっ! キキ、キキ、ああ、なんという可愛い子か!」
先程一目見ただけ……それだけで雷光を刀で受け斬り払うとは。その発想は幼き子供故か、それとも純粋にキキの才か。
一頻り笑い続け、女はふっと息を吐くとキキを再び見つめた。
「キキ、もう一度言う。我の元に来やれ」
――バシュッ!!
迫る炎矢は女の手の一振りで消える。
「……少し面倒のようだな。抱きしめてやりたいが、家族という者らがうるさそうだ。さりとて、殺せばお前と戦わねばならぬ」
女は俯き、けれど、落胆の影なく……鬼にも関わらず愛おしむように優しく伝えた。
「今は人間に預け置こう。いずれ迎えに行く……妹子よ、健やかにな」
鬼が人間を案じる――それは信じられぬことではあったが。
女はキキへ心から微笑み、そして、木々の中へ、闇の中へと姿を消した。
静寂が戻った森に、キキは咲久夜達へと振り返り。
「……帰りましょう、咲久夜様」
常と変わらぬその表情で、そう伝えた。




