九
「鬼に船は使えぬ。なので安全な四国で資材と食料を整え、そして、ここに送り陣を敷いた。とはいっても、準備には一年近くかかった。評定でようやく戦の話ができるようになったのも最近の話だ」
「鬼に船は使えぬのですか?」
「お前も知っての通り、鬼に知性はない。船を漕ぐなど出来ぬだろう」
「では、泳ぐことも」
「ふむ、考えたこともなかったな。だが、おそらく出来ぬはず……水が苦手ということはなかろうが」
咲久夜は考え込み、「……しかし」と付け加えた。
「そういえば、妙なことが一つある。知性もなく、それぞれが好きに動いているはずの鬼が、時折まるで兵のように京に雪崩れ込んで来ることがあった」
「ですが、わたしが戦った鬼は群れを成していました」
「あれは人を求めて集まっているに過ぎん。同族意識はあるようだが、隊列を組むようなことは出来ぬはずだ」
「では、知性がある鬼がいると?」
「そう考えるのが自然だが、もしくは、鬼を動かしている何者かがいるか……そうか、成程。いや、考えるべきだったのだ。キキ、お前のお陰だ」
「咲久夜様?」
キキに笑いかけ、咲久夜は独り言のように続けた。
「父上や母上が知性のない鬼などに負けることはないと思っていた。いくら数が多くとも、京が落とされようとも帰って来れなくなるようなことはないと。だが、もし知性がある鬼がいるとすれば、もしくは別の何者かがいれば…………もしそうであれば……」
窓の外……その夜の闇を見つめ、視線を鋭くする。まるで、闇に潜む『何か』を見定めるように。
(父上と母上を殺した者……鬼か、別の何かは分からぬが、真の敵は別に居る)
そして、
(それは、おそらく我らよりも……)
「――咲久夜様は、この戦は勝てぬとお考えですか」
急に放たれた言葉に、咲久夜だけでなく照灯と那都も声の主――キキへと視線を向けた。
「はっきりと物を言う」
本当に妙なる子……自分の心を読まれたと思ってしまった。
「そうだな……隠さず言えば、先の京の戦いには総力を結集していた。つまり、戦に勝つためにはその総力以上の戦力が必要だということだ。時間がいる。人を集める時間と、人を育てる時間が。だが、鬼は待ってはくれぬ。今のまま攻め続けられれば力は消耗していく。だからといって撃って出ても全滅するだけだ」
「……咲久夜様」
「キキ」
咲久夜はキキの言葉を止め、そして、微笑んだ。
「勝てぬと分かっていても、足掻きも必要だ。我らは自ら死を選ぶことを許されぬ」




