八
「――京が落とされたのは一年ほど前のことだ」
咲久夜がそう口を開いたのは、庵に帰り夕餉を済ませ、一息ついた頃だった。
「勝てる戦いだった。誰もが勝てると信じていた。京は天守様の元、陰陽寮の当主が居り、鎮守府将軍も居り、陰陽、武家も精鋭が揃っていた。間違いなくこの国で最も強固な地であったはずだ」
在りし日の事を思い出すように……けれど、その事に浸ることはせず咲久夜はすぐに言葉を次いだ。
「天守様や、陰陽、武家の若い者を遷したのは占筮により、『この戦、凶なり』と出たからだ。武家の者達は鼻で笑ったが、陰陽師は占筮を無視するわけにはいかぬ。なので、万が一を考え、我らは控えに回った。けれど、勝利を疑う者はいなかった」
そこで一時、間を空け、咲久夜は瞳を閉じた。静寂の中、風だけが鳴き……
「……京落つの報が届いたのは、十日後だ」
どれだけの時が流れたか……実際は数瞬だろうが、長く感じた静寂の後、咲久夜は瞼を開けそう伝えた。
「今でも信じられぬ。父上が……母上が負けたことなど。亡くなったことなど」
「……御父上が」
「ああ、そうだ。先の陰陽寮の当主はわしの父だ。この国で最も強い陰陽師だった」
「申し訳ありません」
「いや、わしこそ悪かった……キキ、もっと近う」
近づくキキの頬に、咲久夜はそっと触れた。
「お前まで気に病むことはない。お前のような愛らしい子に涙させたとあっては母上に怒られる。母上は優しいが、怒るときは父上よりも強い」
「咲久夜様……」
咲久夜は笑い……けれど、悲しみを隠しきれず苦笑した。(わしもキキには弱いようだ)と内で呟いて。
「すぐに京に向かいたかったが……天守様を御守りせねばならぬ。鬼の追撃を考え、我らは淡路から四国に入り、そして、出雲へと向かった。再起を整える為に」
照灯も那都も俯き静かに話を聞いていた。キキには量ることができない三人しか分からない感情がある。
本当は京に向かうつもりではなかったのか――一拍の間が咲久夜の心の全てを表しているような気がした。三人とも京に家族が居た、友も居た。それを助けにも行けず退かねばならなかった……それが、どれだけの無念だったか。
武家の者達もそうだっただろう。だが、それでも心を殺し退くことを決めた人物が居る。おそらくは、現陰陽寮の当主である花知流が。
成程、とキキは内で頷いた。如何なる場合でも心を殺し物事を判断できる、そうであるからこそ当主たり得ているのだろう。




