十二
大極殿を抜け――そして、思わず苦笑してしまう。
(空気が旨いと感じるとは)
知らず烏の瘴気が満ちていたか、けれど、瘴気は鬼が、怪士が出すもの。その鬼である自分が、瘴気に当てられるとは……
隣の阿曽もふっと息を付いていることに気付き、また笑い。
「さて、酒呑が居るのは、豊楽か」
「とよのあかり?」
「豊楽院だ。豊楽は宴会という意らしい。酒飲みの酒呑には相応しかろう――」
そこまで話し、カナは応天門へと視線を向けた。
こちらに歩いてくる者――深支子の褐衣に熊丸紋の摺文様、白き括袴を纏い、面布を着けた男一人。
烏の所に居た大男二人に比べれば小柄だが、六尺はある背と遠目からでも感じ取れる精悍な気。その深支子の褐衣姿の男――いや、正確に言えば男の鬼人は、カナに気付くと「おう」と手を振り近づいた。
「金童子ではないか……おっと、カナ殿だったな。随分と久しい」
金童子ではなく、カナと呼ぶ。それだけで二人の関係も分かり、すっと身体の緊張を解く阿曽に苦笑しつつ。
カナもまた、幾分表情を和らげ口を開いた。
「烏の媼殿の命で遠出をしていた。星熊殿もどこかへ?」
「ああ、筑前のほうへ少しな」
「ほう、筑前に」
出雲よりも更に先の筑前国とは……烏の命だろうが、一体何を考えているのか。
「はっはっ、それよりも、『烏の媼殿』とは相変わらずだな」
「本人の前では礼を尽くしている、それで良かろう」
「はっはっはっ、そういうところが立烏帽子殿に気に入られているのだろう。っと、すまない、客人が居たな」
星熊と呼ばれた男が顔を向けると、阿曽はすっと頭を下げ、
「阿曽と申します、星熊様」
そう名乗り、にこと微笑んだ。
「ほう、阿曽殿と言われるか、これはこれは。俺は星熊童子という」
仰々しく背を正し頭を下げると、星熊童子はばっと両腕を開いた。
「いや、少ない鬼人ではあるが、こんな美人に出会えるとは。よく来られた、阿曽殿」
「いえ、そんな……」
「そう照れる姿も愛らしい。おお、そうだ、もうすぐ夕餉となる。共にどうだろうか」
「はぁ、お主も相変わらずだな、星熊殿」
「おお、カナ殿も仲間外れはせぬ。いくしま童子も呼んで……」
「報告があるのでここに来たのではないか。それに、残念だが、阿曽はもう人の妻だ」
星熊童子の鬼にしては珍しいこの性格は嫌いではなかったが、護るように阿曽の前へと手を上げ、カナは静かに続けた。