九
(面妖、妖しい面とは良く言ったものだが、何より一番妖しいのは……)
「母上、金童子が参りました」
「――そうですか」
綺麗な澄んだ声が流れた。
公家童子に母と呼ばれた者――立烏帽子を被り漆黒の水干に漆黒の袴、下げ髪を結んだ丈長まで漆黒の白拍子の女性は手に持った筆を机に置くと、スッと正座した身体を動かし、
「吉備への使い御苦労でした、金童子」
にこと微笑み……いや、おそらく微笑んだであろうその顔は面布で隠し、優しくカナへと伝えた。
「只今戻った」
さて、面、いや、面を隠すのは自身の醜い顔を隠すためか、それとも、心を隠すためか――と心で呟き。
後ろの阿曽に緊張が走るのを背で感じつつ、カナは笑い部屋へと入り漆黒の女性から遠く離れたその場に座った。
「息災そうで何よりだ――立烏帽子殿」
カナに習い阿曽も正座し、この方が立烏帽子、鬼の主、烏の媼殿とも悟るが、けれど、その声も若く袖から見える白き肌、艶やかな指はとても媼には見えず。
だけれど、その感じるもの、えも言われぬ印象は決して若い女性のものではなく――もし、この場にキキが居たならば、主であるにも関わらず黒衣のようだと、そう評したかもしれない。
「その御方は?」
視線に気付いたのか、顔を向ける立烏帽子に――その見えることのない瞳に、
「――――」
刹那、阿曽の内を冷たく重い手が掴み――けれど。
「吉備冠者の妻、阿曽という」
カナのその声に冷たき手は霧散し、阿曽はすっと立烏帽子の瞳から逃れるように頭を下げた。
「お初にお目にかかります、阿曽と申します」
「そうでしたか。ようこそ、京へ。歓迎します、阿曽殿」
「有り難う存じます、立烏帽子様」
「けれど、吉備冠者の奥方が何故ここまで……話を聞きましょう、金童子」
「吉備は人の手に落ちた、それだけだ」
「人の手に落ちた? では、吉備冠者、温羅殿は」
「斬られ、死んだ」
「……そうですか」
カナの短い答えに立烏帽子は僅かに間を開け呟き、そして、黒き面布を揺らし阿曽へと顔を向けた。