二十六
「……ああ……ああ……温羅様…………温羅様……」
阿曽は涙を流しながらよろめき、ただ温羅を見つめ……
「温羅様……」
けれど、呼びかけても応えては貰えぬ現実を知り……瞳を閉じ俯くと、懐から合口を出した。
スラリと抜き、そして、
ザシュ――
合口の刃に血はつたい……
「……我は温羅のように硬くはない」
「カナ……様」
「戦うつもりならば、傷もつかなかっただろうがな。まあ、酔いもある」
カナは合口の刃を握ったまま首に刺そうとしていた阿曽から奪いとり、床へと捨てた。
カランと軽い音をたて落ちる合口と、自身の手の血を見つめ、カナは笑う。
(立ち入る気はなかったが……)
何とも不思議な縁……そう思い、カナは倒れている幼子を見つめた。
「……阿曽よ、お前はあの幼子を恨むか」
何故、そんなことを問うたのか、心乱れた阿曽には分かるはずもなかったが。
「いいえ……いいえ……小さな声でしたが確かに聞こえたのです、あの子の『ごめんなさい』という悲しき声を……」
阿曽は首を振り、涙を流したまま続けた。
「温羅様も望む戦いではなかったはず……それでも、最後は『良き人生』だと……幼い子を恨むことなど何故できましょう……」
「……そうか」
カナは頷き、微笑んだ。お前は本当に妙なる子だ……
「キキ」
そう呼びかけ、カナはゆっくりと歩み近づいた。
そっと抱きかかえる。意識は失い血塗れだというのに、小刀だけは握ったまま――痛みはあるだろうに、どこか眠ったように安らかで。
このまま抱きしめ連れて行きたいが、それではキキは死んでしまうだろう。
「阿曽よ、我と共に来い。お前の命、我が預かろう」
そう伝え、カナは疾く歩き出した。
おおおぉぉおおおおおお――――
鬨の声は今だ止まず、ならば陰陽師もまだ城の内に居るだろう。
少し口惜しいが、これもまたキキの為と思い。
カナはキキを抱いたまま、その場を後にした。