8巻後半『佐羅谷あまねは好きにならない(再)』
登場人物名前読み方
九頭川輔 (くずがわ・たすく)
佐羅谷あまね(さらたに・あまね)
宇代木天 (うしろぎ・てん)
玉木くがね (たまき・くがね)
槻屋尊 (つきや・みこと)
加瀬屋真誠 (かせや・まこと)
犬養晴香 (いぬかい・はるか)
沼田原依莉 (ぬたのはら・やどり)
佐羅谷西哉 (さらたに・いりや)
谷垣内悠人 (たにがいと・ゆうと)
那知合花奏 (なちあい・かなで)
山崎 (やまざき)
高森颯太 (たかもり・そうた)
神山功 (こうやま・たくみ)
田ノ瀬一倫 (たのせ・いちりん)
入田大吉 (いりた・だいきち)
上地しおり (かみじ・しおり)
三根まどか (みね・まどか)
沖ノ口すなお(おきのぐち・すなお)
杉原京香 (すぎはら・きょうか)
大杉右京 (おおすぎ・うきょう)
豆市咲蔵 (まめいち・さくら)
山田仁和丸 (やまだ・にわまる)
二章 佐羅谷あまねは好きにならない(再)
「わたしに自由に動ける体があることを教えてくれたのは、君じゃないか」
佐羅谷の最後のことばを幾度となく反芻する。
理科実験室の扉にもたれながら、深く、深く、ずっと奥へ、奥へ、どこまでも潜る。潜る。記憶をたぐり寄せ、手を伸ばす。
周りに心配して集まってくれた友がいることも意識から消えた。いつの間にか知り合いが増えていたのだな、俺は。
つぶやく声が重なって気づく。
「「『ラクトガール・イン・ザ・ケミラボ』」」
目の前には、文芸部の部長の大杉右京ことスギオが立っていた。
「九頭川も新作を追っているか、さすがだ。そのセリフはラクトガールに嫌疑がかけられ、助手がなす術なく諦めかけたときにかけた激励のことばだ」
記憶が蘇る。
試験や部活関係のいざこざでしっかりと本の内容を理解していなかった。まだ新刊は読み終わらず、カバンに入ったままだ。
セリフがあるページを探す。記憶にあるということは、読んだ範囲で、しかもそんなに離れていない。
「九頭川くん、本もいいけど、今の状況をどうにかしないと、佐羅谷さんも宇代木さんも、離れ離れになるよ」
田ノ瀬が親身になって俺の突然の読書をやんわり非難する。
確かにそうだ。
友達を前にして読書やスマホいじりは失礼だ。本は後でも読める。今やるべきは歪な配牌でいかに強い役をこしらえるか。幸いにも、俺の知り合いはみながみな主人公役を張れるくらいに有能だ。
本を閉じ、集まってくれた四人、マコトと田ノ瀬と入田とスギオに向き直る。この四人なら、できる。
「俺の告白、受けてくれるか?」
仮面はもう消えた。
ここにいるのは、キャラクターを剥ぎ取った真実の九頭川輔その人だ。どうか、俺を俺のまま救ってくれ。
深く頭を下げた。
とっぷりと日が暮れた。
二月の伸びてきた夕方の時間も、長く語るにはあまりにも短い。
寒く暗い廊下に一人とどまる。
触れれば切れる冷たい空気だった。
四人の仲間が去って、俺は一人別棟の理科実験室の前にいる。
田ノ瀬は一緒に帰ろうと最後まで渋面を崩さなかった。田ノ瀬に誘ってもらえるなんて俺は幸せ者だと答えると、諦めて帰っていった。
俺は一人になる必要があった。
「あいつは、きっと一人だった」
理科実験室の扉に触れる。
最後にこの教室の戸締まりをしたのは誰だ? それはきっと、佐羅谷だ。
もう年度の終わりで、実験室を使う授業は行われていない。
佐羅谷は、無意味なことはしない。
佐羅谷は、俺が無様にあがく男だと知っている。
佐羅谷は、どこまでも佐羅谷あまねを演じ続ける。
痕跡を残さず、周囲に感づかれず、殊に玉木に見つからないように、俺にだけ出すわずかな信号。一縷の望みをかけて、仕組んでいたのだ。
ヒントは、『ラクトガール・イン・ザ・ケミラボ』だ。
廊下ですれ違ったとき、俺が新刊を途中まで読んで止まっているのを咎めた。そして今、作中のセリフを投げて姿を消した。
改めて単行本を取り出し、当該のセリフのページを探す。俺が読んでいた、ラクトガールが閉じ込められたところの先だ。ネタバレになるが、今はそれどころではない。
「あった」
助手が密室の秘密を暴こうとするが、見つけられずに途方に暮れる。このままではいよいよラクトガールが容疑者として囚われてしまう。切羽詰まった助手の「一緒に逃げよう。誰もいないところに、二人だけで、いつまでも」のことばに、返した答えだ。
ケミラボに閉じこもり、人との関わりを絶ち、書物で得た知識だけで孤高を気取っていたラクトガール。その扉を開いた助手があまりにもつまらないことを言ったことに呆れ、失望し、それでも信じようとした決意の表明だ。
奮起した助手は。
「扉がガタつくことに気づく?」
結論だけ言うと、殺害時間を誤認させる手紙は、扉をガタつかせると隙間に挟まったものが外に出てくるというギミックとも言えないお粗末なトリックだった。作品を擁護すると、いちおう最初のほうに伏線はあった。
俺は先ほどまでガタガタさせていた理科実験室の扉を揺らす。やはり、ガタガタと揺れる。
おかしい。
今まで開かない教室の扉を開けようとしたことは何度かあったが、かつらぎ高校の扉で、ここまでガタつくものはなかった。
念のため同じ部屋の後方の扉を触るが、鍵が引っかかるだけでガタつかない。
俺はガタつく扉のレールや枠を調べる。
「これか」
隙間に、封筒が挟まっていた。
真新しい封筒が扉に擦れて黒く汚れている。何度か扉をガタガタすると、うまい具合につまみ出せた。
封筒がなくなると、扉はガタつかない。
誰かが故意に封筒を挟んでいたわけだ。この封筒を、届けたい誰かが気づくことを願って。
封筒の中身はたった一枚の便箋。
内容は挨拶も署名もなく、だがそれが何であるのかは、現代人なら誰でもわかった。
「メールアドレスとパスワードか」
メールはgmail。ということは、パスワードはそのログイン用だろう。俺はもう何のためのアカウントか理解している。
もし俺の予想通りなら、そしてきっと間違いはないのだが、これは佐羅谷あまねの静かな咆哮だ。自分で動けるようになったのに、いま再びいばらの箱庭に縛り付けられて自由を奪われた佐羅谷の、せいいっぱいの抵抗だ。
顔を合わせても、メッセージでも弱音を吐かない佐羅谷の、ほんとうの心だ。
「ああ、そうだな。俺たちの関係は、助けたり助けられたりするような依存関係じゃない」
俺は封筒を仕舞うと、両手で頬を打って気分を昂める。
「一緒に立とう。俺たちには、自分で動ける体がある」
帰宅後、食事もそうそうに部屋にこもってパソコンを起動し、youtubeにログインする。封筒に書いてあったアドレスとパスワードで、間違いなくアカウントが開く。
「懐かしいな」
わずかに半年前、文化祭のときに活用した恋愛研究会のアカウントだ。
佐羅谷が文化祭でブースを出したい、恋愛相談を配信したいと無茶を言って、宇代木が反発し、俺も手伝えないなか、佐羅谷が一人で作り上げたアカウントとその配信態勢。
アカウントはまだ消えていなかった。
実際に稼働したのは文化祭の二日間のライブ配信のみ。午前午後で一回ずつ、計四回。自分のコンテンツ管理画面では、未読のお知らせが溜まっていた。
「佐羅谷のやつも全然管理してないのか」
それもまた佐羅谷らしい。
俺は「未読のコメント」を確認する。
ライブ配信は、配信時は「チャット」という同時間のコメントができ、配信後は普通に動画全体にコメントするという仕様になっている。
今回確認するのは配信後なので、文化祭以後に動画を見てくれた人のコメントだ。思ったよりも多い。コメント者の情報は一切ないが、近場の中学生や高校生が多いようだ。
「この配信を見てかつらぎ高校を受験することにしました!」
「中学生ですが相談に乗ってもらいたいです。どうしたらよいですか?」
「カツコーかアスコーで迷ったんだよ。カツコーにすればよかった!」
「入学予定です。恋愛研究会に入るのが楽しみです」
「私もです。こんなに素晴らしい部活があるなんて、かつらぎ高校を選んでよかったです」
こんな感じのコメントが並ぶ。俺は何となく一つ一つ読んだ証に、「いいね」をつけていく。佐羅谷は今までまったく管理していないらしく、いいね付けも返信もしていない。確か、いいねをつけるだけでも相手に通知が行くはずだ。
ディスプレイに向かってマウスをポチポチクリックしていると、やがて未読のコメントがなくなる。
さて、どうしようかと思ったとき、またちょうどコメントが来たようで、通知のベルマークに数字が載る。
画面を再読み込みすると、新しいコメントが見える。
「窮屈な椅子に不自然な姿勢で座らされて、ただ見栄えのする置物みたいに扱う男に彼氏面されて困っています。幼馴染だから強く嫌とは言えません。みなさんなら、どうしますか? 不適切ならこのコメントはすぐに消します」
笑いそうになった。
「どこの名家の御令嬢だよ」
コメント者の名前は、「son céleste」。読めない。だが、現代はどんな外国語でもたちどころに翻訳できる時代だ。言語名がわからなくてもいい。便利すぎて嫌になる。俺たちが英語学習に苦しむ意味はあるのだろうか。
検索サイトの翻訳を通すと、一瞬で答えは出た。
「ああ、そう言うことか」
発音を聞いてみると、ソン・セレストと聞こえる。発音は、どうでもよい。
昔、佐羅谷に自分のアカウントによく使うハンドルネームがあるか話したことがあったが、あのときは教えてくれなかった。なんとなく外国語を使うなんて、佐羅谷だって十分に中二病じゃないか。
俺は胸を熱くしながら、コメントをカーソルでなぞり何度も読む。
このコメントは、ちょうどいま書かれたのは、すべて計算の上だ。俺が見ていることを知った上で、佐羅谷は動いているのだ。そして、誰かを警戒して、すぐにコメントを消す気だ。
俺たちは、通じ合っている。
表面上は関わることができなくても、スマホで連絡を取り合えなくても、できることはある。
佐羅谷が困っているんだ。
なぜ助けない理由があろうか。
俺は佐羅谷は困っていないと思っていた。玉木と一緒にいることを嫌っていないと思っていた。だから動けなかった。ただのお節介になるから。
しかし、佐羅谷が居心地の悪い思いをしているなら、話は別だ。
俺はこれ以上落ちるところがないまで落ちている。俺は無敵の人だ。今ならなんだってできる。
「やろうぜ、やってやろうぜ。なあ、佐羅谷。深窓の令嬢なんて、クソくらえだ!」
son céleste=天の音=天音=あまね。
玉木に感づかれない方法で、確かに俺は佐羅谷の思いを受け取った。
俺たちは、三人いっしょにいたいから、ただそれだけなんだ。
コメントに「いいね」をつけて、その場ですぐに消した。俺がつけた「いいね」だけが、son célesteに届けば良い。
逢魔時にあってなお冴え渡る頭に、とうとう俺も魔の眷属に身を売り渡したかと勘違いする。
状況を整理しよう。
清涼な冷気がわずかに開けた窓の隙間から頭を冷やす。遠く南で、繰り返すコールが聞こえる。この真冬に元気なことだ。
ルーズリーフにペンを走らせる。
「いま何が起きているか?」
恋愛研究会が崩壊し、部員がバラバラになった。ただいっしょに集まることさえ、場所さえ失ってしまった。
「原因はなにか?」
恋愛研究会のメンバーが不純な交遊や、不適切な場所を行き来しているという写真だ。
俺は手元にある写真を机に広げた。谷垣内にもらったもの、宇代木にもらったもの、全部で十枚ほど。生活指導の三浦に見せられた写真とほぼ同じ。
写真はあとで確認しよう。
「解決すべき問題は何か?」
恋愛研究会には弁明の機会が与えられずに、ただ素行不良と決めつけられた。なにも悪いことをしていないにも関わらず。
この際、恋愛研究会がなくなるのは仕方がないとしても、俺たちに着せられた濡れ衣は晴らさなければならない。そして公的に潔白を証明しなければならない。
「勝利条件は何か?」
簡単だ。
俺たちは何も過大な要求をしていない。
ただ、今まであった平和な日常を取り戻したいだけだ。
佐羅谷と宇代木が笑っていられるなら、ほら、そこに幸せがある。
さあ、戦おう。
いつも通り、負けるだけの戦いを。
こんな最低な状況を、来年度に持ち越す気はないぜ。俺にはロードマップがある。勝てないが負けない。最悪最低な現状を覆す手段が、ほのかに見えている。
一通りネットで予習して、準備を整えた。親父が一度ズーム会議で使ったきり放置されていたマイク付きヘッドホンを引っ張り出す。
パソコンの設定を確認する。マイクやヘッドホンの音量を調節する。内蔵カメラの角度と画角、写り込みを最小限にする。
「これでいいはず」
簡単なサムネイルを作って、youtube内の「ライブ配信を開始する」をクリックする。緊張で手汗がひどく、体も大きく震える。自分の心臓の音が鼻の奥で早鐘を打つ。
(あとには、引けない)
これが最後の仕上げだ。
画面に3秒前からのカウントダウンが始まる。スマホで確認すると、配信の案内が見える。
配信を開始しました、の文字が事実を突きつける。
「あー、えっと、」
無意識に出かけた場つなぎことばをかろうじて飲み込む。
視聴者は0人。
そうだ、視聴者なんて、そうそう来るわけがない。
なにしろ文化祭での配信以降、ログインさえせず、コメントも放置していたようなアカウントだ。
告知もない(そもそも告知をしようがない)ライブ配信に、人が来るほうが異様だ。
「こんばんは、『K高校恋愛研究所』の九頭川です。今日は大切な話があって急遽配信することにしました」
もちろん視聴者数の数字は増えない。
時間的に、恋愛研究会のアカウントを登録している中高生なら、今の配信をやがて見つけるはずだ。わずかな可能性に賭ける。
しばらく黙って様子を見る。
当然視聴者は増えない。
いや、ダメだ。
誰もいなくとも、とにかくしゃべるべきだ。ただの目つきの悪い男子高校生がバストアップで写っているだけの配信なんて、音声がなければ素通りされる。
「初めての個人配信なんで、音量とか行けますか? もし問題があったらコメントください」
当たり障りないことで、とにかくことばをつなぐ。
天気の話から自己紹介、文化祭の配信のコメントやチャットに対する感謝、恋愛研究会に新入部員が二人増えたことなど、とにかく声を出し続ける。
最初にポンッと視聴者が一人になって、そのあとは少しずつ増える。十人くらいで増減を繰り返し、安定する。だが、チャットは一つも入らない。
(反応が渋いな)
「よし、じゃあ、人も集まったし、恋愛相談していこうか! 配信のコメントにあった悩みに答えていくぜ」
そうだ、この配信を見に来るやつらは、きっと同世代か年下ばかりだ。かしこまって丁寧に話しかけるほうが不自然だ。
「それじゃー、一つ目の相談だーー」
恋愛研究会の長い夜は始まったばかりだ。
配信は雑談を交えながら。一時間ほどで終わる。
「おっと、もうこんな時間か。じゃあ、今夜の配信はここまでだな」
最終的に視聴者は三十人くらいになった。これが多いか少ないかわからないが、大手のvtuberは同時接続が一万人を超えるというし、多くはないだろう。だが、途中からチャットも賑わい、視聴者が同世代や少し年下が多いことがわかった。ときどき見える「女子部員を出せ」という類のコメントは黙殺した。出せたら俺が出したいくらいだ。
「これから毎晩配信していくから、みんな、宣伝よろしくな。恋愛相談がないと、こっちは存在意義がなくなってしまうからな」
配信を止めようとマウスでカーソルを動かそうとすると、一つコメントが入る。
ーー大切な話ってなに?
そういえば、配信タイトルを大切な話があります、云々にしていた気がする。よくあるyoutuberの文言を真似ただけではなく、正真正銘俺の中では、俺たち恋愛研究会の中では、大切な話だ。
「そうだった、大切な話があるんだった。え? 女子が部活をやめたって? いや、それはないんだけど、部活自体がな」
マイクに入らないように深呼吸する。
「恋愛研究会自体が、なくなるかもしれなくてな。詳細は、明日の配信で話すことにするよ。じゃあな、みんな、また明日のこの時間に。今日は急な配信に来てくれてありがとう。また会おう」
配信後、俺はさりげなく『かつらぎ高校恋愛研究会』のアカウント名を、『K高校恋愛研究所』に変えておく。最初の挨拶でも名乗った通りだ。もう、絶対に、ボロは出さない。
気が昂ぶってなかなか寝付けない。アカウントを確認すると、配信に後から気づいたであろう登録者がコメントをくれている。配信待ってましたとか、入部楽しみですとか、純粋に恋愛相談が書いてあった。これはまた明日の配信で使える。
「恋愛研究会がなくなるってどういうことですか? 心配です」
来た。
狙い通りのコメントだ。
俺はすべてのコメントにいいねをつけて、高鳴る心臓を押さえつけて、まぶたを閉じた。なかなか寝付けなかった。
二年生の生活も、あとは数えるほどしか残っていない。期末試験も終わり、一応授業はあるがほぼ消化試合。
進路でクラスも分かれるし、三年になると遊ぶことさえ難しくなる。今のうちにと言わんばかりに、友達や知り合いと交わり、関係を深めようとし、浮ついた空気が飽和していた。
が。
俺の周りだけが凍てついていた。
「九頭川くん、どういうこと?」
朝のホームルーム前の教室が、怒声一つで静寂に還る。
机を挟んで、小柄でかわいらしい顔立ちの神山が怒りを露わにしていた。
普段優しくて怒ったところなど見せない神山の強い感情が、教室の視線を釘付けにする。
「やれやれ、とうとうバレたか」
「バレたか、じゃないよ。宇代木さんと仲良くするために、ボルダリング部を利用したって、ほんとうなの?」
「誰から聞いた?」
「ごまかさないでよ!」
柳眉を逆立てる神山。
高校生にもなって本気で誰かの何かに怒るなんて、滅多に見ることもない。ましてや普段から優しくて温厚な神山だ。教室の視線も好奇心ではなく、止めることを忘れて傍観してしまっている様子だった。
「恋愛研究会の部室にいたら、宇代木と一対一で話ができる時間がないからな。ボルダリング部の案件に絡めれば、いくらでも二人きりになれた。簡単なものだったぜ、宇代木と仲良くなるのは」
「どうしてそんな……九頭川くんだったら、小細工なんてしなくても」
「二人きりで、同じ方を向いて、共通の目的があると仲良くなるのは簡単だからな。それに、俺はどちらとも同程度に距離があるように見せなくちゃいけなかったからな」
俺の絶妙な言い回しの意図が伝わったらしい。
神山が拳を振り上げた。
「九頭川くん、君は、やっちゃいけないことを!」
「待て、神山っ」
「神山くん、早まるな!」
教室の中でいち早く動いたのは玉木だったが、廊下から飛び込んできたのは田ノ瀬だった。
神山のことだ、俺を殴ることはなかっただろう。せいぜい机を打つくらいだった。だが、神山の拳は田ノ瀬が優しく包みこんだ。
「気になって、来てよかった。駄目だ、神山くん。ここで手を出してしまったら、君も堕ちてしまう」
「だけど、僕、悔しくて」
涙目の神山と、侮蔑の田ノ瀬の視線が俺に向く。
「君のせいじゃない、大丈夫だ」
絵になるな、と俺は他人事のように教室の様子を見ていた。色を失って凍りついた世界に、俺一人が異分子だった。
しんと静まり返った教室に、担任が空気を読まず入ってくる。
「おはよう、ホームルームを始めるぞ……って、田ノ瀬?」
「すみません、先生、神山くんの体調が悪いようなので、保健室に連れて行きます」
「あー、そうか」
余所のクラスの田ノ瀬がいることの不自然さも、教室の不穏な空気も、爽やかなセリフで押し流す。田ノ瀬は神山を連れて教室を出て行った。
「じゃー、ホームルームだー。玉木、座れ」
一人教室の真ん中に立ちすくんでいた玉木に担任が命じる。
玉木は伸ばしかけた手を所在なく下ろし、席に戻る。
横顔に視線を感じた気がするが、俺が疎まれるのはいつものことだ。どうせなら、取り返しのつかないくらい悪い噂が広まれば良い。
九頭川輔なんて、いなくなってしまえと皆が念じるくらいに。
休み時間になった。
結局、神山は教室に戻ってこない。
神山に非はないし、恥ずべきことは何もない。明日には元気に姿を見せるだろう。
問題は、
「たすく、どうして? さっきの、ウソでしょう?」
目の前に立つ沖ノ口だった。
真っ直ぐな黒髪が俺に被りそうなくらい上半身を屈める。
「ボルダリング部を口実にしたのは本当だよ」
「だって、わたし、知ってるんだから」
「そうやって、勝手に人の心をわかった気になるなよ。いいかげん、俺につきまとうのをやめろ」
「そ、そんな」
俺は沖ノ口のやったことを公言する気はない。許すことはないが、好意ゆえの過激な過ちは誰にだってある。俺が許さないことと、公表することはまた別の話だ。
だが、人の気持ちを憶測して、俺がいいやつだと思われるのは勘弁だ。俺はただのドス黒い感情で、気になる女子を我が物にするため搦手を弄する悪党にすぎない。
「やめなよ、沖ノ口さん」
「そうだよ。そんなのと関わっても、いいことないよ」
クラスの女子が沖ノ口を俺から遠ざける。沖ノ口はすっかりクラスに溶けこみ、味方をしてくれる女子も多い。見た目のイメチェンで男子の隠れファンも増えた。単純な世界だ。
「そうだ。九頭川を庇いたい気持ちはわかるが、冷静になろう」
玉木がクラスの雰囲気を代弁する。
すぐに騒がしくなる休み時間にも拘らず、しんとした教室に玉木の声が響く。
もともとおとなしい生徒が多く、特に男子でリーダーシップを持った生徒はこのクラスにいなかった。三学期に転校してきた玉木が、見事にすっぽりと役にはまったようだ。
消化中に等しい軽い授業に、もうすぐ学年も変わる前の休み時間だというのに、開放感も高揚感もない重苦しい雰囲気。
俺は粛々と次の授業の教科書を並べる。
誰もが遠巻きにするなか、玉木一人の視線だけを感じる。
居心地が悪い。
尿意もないが、時間を潰すためにトイレに行く。トイレはいい。用も足せるし、手も顔も洗えるし、なんなら弁当を食べつつスマホで麻雀もできる。
休み時間、俺の教室以外は普通に騒がしかった。余計なものは見ないように俯いて歩く。自分が見なければ見えないのだと信じて。
廊下の木目しか見えない視界に、自分以外の靴が写り込む。小さな黒いローファー。わざわざ俺の前に立ち塞がるなんて、おまえしかいないよな。
「ミコトか」
「九頭川さん、なんて顔してるんですか」
「寝不足の高校生男子の顔だろ?」
「ほんとう、きちんと寝てくださいよ」
俺の冗談に律儀に応じるのは、生徒会長のミコトだった。わざわざ二年生の教室階にやってくるなんて、何か用か。
ミコトは黒く艶のあるウルフカットから、鋭く睨む。かすかに口唇が震えて見えた。
「生徒会に、来てください」
「断罪されるのか?」
「九頭川さんは、生徒会副会長だからです」
「行けるわけがないだろ。今の俺の評判を知らいでか」
いつか言ってみたい言葉ナンバーワンの「知らいでか」をまさかこんなシリアスな場面で使うことになるなんてな。俺は図らずもほくそ笑む。
「笑ってる場合じゃないでしょう!? 九頭川さんのことです、どうせ悪人のふりをしてるだけですよね? そうだと言ってください!」
「いい気になってんじゃねえよ、男の気持ちもわからない朴念仁が」
「っ……ひっ」
本気で女子を睨むなんて、俺は最低だ。
ミコトは身をのけぞらせた。
廊下で騒ぎすぎたか、通りすがりの生徒は足を止め、教室の中からも視線が集まる。
ほら、好きなだけ好奇心を満たせ。
噂の悪漢、九頭川輔とは俺のことだ。
「みこちゃ! 一人で会いに行ったらダメだって言ったのに!」
「よう、マコト。保護者ならしっかり手綱を握っておけよ」
「保護者じゃないですよ」
ミコマココンビの片割れ、珠玉の男の娘、マコトはいつものかわいらしい顔のまま、オスらしさを前面に出していた。
どこをどう見ても女子にしか見えないのに、間違いなく一個の男子だった。
ミコトをかばい、俺の正面に対峙する。
「九頭川せんぱい、もうみこちゃに近づかないでください。今までの悪行、全部聞きました」
「聞いたか」
「はい。部長せんぱいと天せんぱいに二股をかけて、あの狭い部活内で隠し通すなんて、さすがとしか言いようがありません」
「簡単だぜ? 部内に波風を立てたくないから内緒にしようって言ったら、どちらも素直なもんだ」
野次馬にも悪態が届いただろうか。
マコトに隠れた奥から、ミコトが叫ぶ。
「ウソですよね? ウソって言ってください! 九頭川さんはいつだって……」
「みこちゃ、ダメ。この人は、流れるように人の心を絡めとるんだ」
「どちらにしろ、マコト、無駄だよ」
「なにが無駄なものですか」
「俺は生徒会副会長だ。いつだって合法的に会える」
「そんなの、九頭川せんぱいの本性がわかってるのに、馘になるに決まってるじゃないですか。ねえ、みこちゃ」
「だけど」
笑える。
煮えたぎる怒りを必死に抑えて男の娘であろうとするマコトを、愚直なミコトがそれでも俺を信じようとする。
「どうして笑ってるんです」
「いやあ、大笑いだろ」
ぱんぱんぱん、手を打つ。
「ずっと一緒にいた幼馴染よりも、たった半年しか一緒にいないポッと出の男のことばを信じるんだってよ、理知的で合理的なお姫様も、ちょろいもんだな。あと少しで落とせたかもしれないのになあ!」
「!」
マコトが、キレた。
ピンクのツーサイドアップが跳ねた。
避けなかった。
頬が熱い。
迫るマコトの手をスローモーションで見つめながら、ああ、こういう時でも拳ではなく平手が出る程度には、マコトは冷静なんだなと思った。女装が板についているのか、真実は不明だ。
乾いた破裂音が廊下に響く。
「痛ってえな」
女や女の姿をした男を殴り返すほど、俺は非道ではない。
マコトのキャラからして、人と諍うことも肉体的に喧嘩することもなかったに違いない。俺の頬を撃ち抜いた姿のまま、小刻みに震えている。人を力任せに張った手は、さぞ痛かろう。
背の低いマコトが、決死の覚悟で俺から目を離さないのは評価できる。
「マコト、ダメ、謝って」
「謝らないよ。いいかげん気づきなよ、この人は、みことちゃんの知ってる人間の枠にははまらないんだ!」
幼馴染としては「みことちゃん」呼びだったのか。
「ミコト、任命した副会長は、任命者権限で首を切れるだろ? 自分にとって本当に必要な相棒が誰かわかったか?」
俺はトイレに行きたいだけだ。
ミコマコの横を通り過ぎる。
「あとは任せた」
「言われるまでもなく」
マコトはミコトの手をしっかりと握っていた。それが確認できたら十分だ。
俺の行く先は人が避ける。
廊下の騒ぎを覗いていた野次馬も、とばっちりを恐れてか俺と目も合わせやしない。
いいんだ、これで。
ミコマコを巻き込まないためには、これで。
昼ごはんはどこへ行こうか。
休み時間に誰にも声をかけられないことが、いかに時間を持て余すかを知った十七のアプレ・ミディ。この針の筵で弁当を広げるのも、山崎を巻き込むのも本意ではない。というか、山崎のやつは俺のほうを見もしない。
今はまだ保健室へ行くには早い。
だとすると、俺の顔が利く場所はあと一つ。
確か、写真部の部室は昼も開放していたはず。頻繁に入田に相談だと言われ、連れ込まれていた。
写真部の部屋は教室からは離れ、ちょうど人のごった返す廊下を通らなければ行けない。
そして、折悪しく不運は重なるものだ。
どうやら神は俺を地の底まで落としたいらしい。俺を糾弾したい知り合いがまた二人、立ちはだかる。
「く、九頭川、少し話がある!」
「あーしも聞きたいんだけどー」
購買や食堂へ縦横に移動する生徒が、風洞実験のように俺たちのいる周囲を避けて通る。
「よう、スギオにスギコ。二人一緒で、相変わらず仲の良いことで」
「九頭川、真面目な話だ」
「次言ったらコロス」
文芸部の部長二人、名前が覚えられないコンビ、大杉右京と杉原京香だ。仲違いの喧嘩芸が板についた、「おまえらもう付き合っちまえよ」カップル。
今もまた二人、俺の行手を阻む。
「なんだ、孤立した俺と一緒に昼を食べてくれるか?」
「返答次第では、二度と一緒には食べられないぞ」
スギオは昨日までの気遣いはなく、キザな探偵のようなアシメの髪の隙間から鋭く睨む。
「クリスマスのとき、佐羅谷さんに俺に近づかないように言ったというのはほんとうか?」
「どうだったかな。もう二ヶ月以上前のことだ、記憶も曖昧だぜ」
「おかしいと思ったんだ。佐羅谷さんはあんなに簡単にデートの約束を受けてくれたのに、いざ当日となるとまったく会話もしてくれなかった。あれは、おまえの差金だったんだろ?」
正直、あの場で佐羅谷がデートの申し出を受けるとは思わなかった。スギオが佐羅谷の眼鏡に適うとは思えないが、俺の前で誰かとデートするのを見せつけられるなんて、まっぴらだ。
俺が無言でいると、スギオは肯定と解釈したようだ。
「あーしも一個聞きたいんだけどー」
両拳を震わせて押し黙ったスギオに代わり、スギコがふわりと茶髪を払う。
「あんた、あーしをスギオとくっつけようとしてたってマ?」
「わざわざ田ノ瀬をあてがったのは俺だぜ? なんでそう曲解するんだ」
「佐羅谷さんと田ノ瀬くんなら、仲良くしてたって違和感ないからだろ。あーしもスギオも敵わないって諦められるじゃん」
「まったく、これだから勘のいい推理オタクは嫌いなんだ」
何も考えずに、誰かが考えたレールの上で道化を演じていれば、人生に迷うこともなく、不安や焦燥を覚えることもない。自分で道を開拓しようとするから、アイデンティティの危機というありもしない幻想に苛まれるのだ。ニーチェが言っていた。
「よかっただろ? 憧憬と愛情が別物だってわかって。俺たちの部活は、必ずしも当人の希望通りに叶えるわけじゃない」
二人の間を通り抜ける。
同じ匂いのする二人の関係は、幸いにも良好だと見える。
「九頭川、これは、俺たちのためを思っての行動だよな?」
「あんた、ほんとはただのジコチューじゃないん?」
「俺が、親身になってやったことだ、って言えば満足か? 利己的だろうが利他的だろうが、結果がすべてだろうが」
これ以上、言わせるな。
スギオとスギコ以外にも、人が増えてきた。もう糾弾は足りただろう?
「見損なったぞ、九頭川」
「サイテーじゃん。部活だってなくなるわけだ」
いつもいつも口喧嘩の絶えない二人が、妙に一致団結して俺の背中に罵声を浴びせる。
おうおう、せいぜい仲良くやってくれ。
共通の敵が存在するかぎり、二人の仲は決裂しないだろうから。
ここに来るのも慣れたものだ。
写真部の部室。
中から扉越しに聴き慣れた声がする。
「おっす、入るぜ」
ノックせずに扉を開ける。普段通りの行動。
スタジオ撮影もできる写真部の広い部室が、シンと静まる。
「九頭川」
「なんだ、高森もいたのか」
写真部の部長・入田はもちろん、何人かの写真部員。それに高森と、誰か知らない男がいた。高森の知り合いだろうか。高森はゲームかパソコンの部活に入っていたが、実質的に帰宅部になっていたはず。
「九頭川よ、なんの用だ」
「なんの用って、昼ごはんを食べる場所を探してさまよっていただけだ。いつでも使っていいって、そういう約束だっただろ」
「確かに、お主には恩義がある。だが勘違いするなよ、九頭川。写真部は恋愛研究会の九頭川に恩義がある。だから、便宜を図っていた」
「まるで俺個人は排斥したいような言い草だな」
入田は弁当箱に箸を置き、俺の前に立ちはだかった。雄弁な無言。ワンレンで長めの髪に四角いメガネがキラリと光る。かつての自信がなくおどおどした態度は、もはや感じられない。
「ちょうどいい、俺も真実が知りたい」
高森が姿勢良く椅子に座ったまま俺を見据える。コスプレを始めて以来、高森は姿勢や挙措が美しくなった。メリハリのある動きは自信に満ち、痩身長躯に脆弱さはなくなっていた。
「ワンカさんのことだ。俺がワンカさんに一目惚れしてたことを知っておきながら、彼女に男を斡旋して、俺を遠ざけるよう仕組んだらしいな」
「考えすぎだ。俺にそんなに都合の良い知り合いがいると思うか?」
ワンカさんはかつらぎ高校の保健室の先生、犬養晴香先生だ。どだい生徒である高森とは付き合えないし、その芽はない。犬養先生は恋愛研究会の合宿先にいたヒグマ先輩と懇意になったが、あれを斡旋したというのは誤解に過ぎる。どうしようもない偶然だ。
「ワンカさんとは十歳くらい離れてる。冷静になれ。あの人がいくら若く見えたって、高校生の子供を相手にするかよ」
「だからって、今まで彼氏もいなかった人に、いきなり恋人ができたって」
「そうでもしないと、おまえは諦めなかっただろ? むしろ感謝してほしいね。早く次の恋に進ませるのも、恋愛研究会の仕事だ」
「そうやって、佐羅谷さんや宇代木さんにも手を出したのか」
おう、思ったよりもぶっこんでくるな、高森。
「そうやって、自分の思い通りに人をくっつけたり離したりするのか。答えろよ、九頭川」
「そうだと言ったら?」
高森はかぶりを振った。
「否定しろよ、なんでだよ」
額を抑えて唸り、高森は何も言わなくなった。
「恋愛研究会は」
俺たちの活動を一言で表すことはできない。
脳裏を駆け巡る、佐羅谷と宇代木との日々、交わした議論と深めた思索と理科実験室の緩やかな放課後が、セピア色の霧に隠れる。
どう説明したところで、俺たちが育んだ恋愛に対する解釈を余所者と共有することはできない。
だったら?
「俺たち恋愛研究会は、罰ゲームで告白したウソの気持ちさえ正当化するんだぜ? 恋愛に必要な作為を、自分のために使って何が悪い」
「……もういい、わかった」
高森は低い声で会話を打ち切ると、入田に目配せする。
「九頭川、今までのことは感謝している。だから、どうか、俺たちにおまえを嫌わせないでくれ。俺たちはこれから写真部と電脳研と漫研、合同でAIイラストや動画、3Dモデル、モーショントラッキング、VR、その他総合的な映像芸術を模索して新しい部活の立ち上げを企画している」
おいおい、恋愛研究会に女子の写真が撮りたいと泣きついてきたやつが、一人前の男になって立っているぞ。
ああ、なんだこれは。
別段見下していたわけではないが、かつて助力した相手が、いつのまにか一歩も二歩も先んじて、俺を憐れんだ目で見ている。
「わかるな?」
入田は眼鏡の奥で鋭く睨む。
ああ、わかった。
新しいことを始めるにあたって、俺のような爪弾き者が関与するのは不都合だ。ましてや、入田たちは新しい部活を始めようという真っ最中。生活指導に睨まれるような恋愛研究会の面々とは表立って関われない。俺が昼ごはんだけ出入りするのも、好ましくない。
「やれやれ、もう来ねえよ」
「達者でな」
「じゃあ、最後にこれをやるよ」
俺はポケットから写真をつかみ出す。
例の、ラインで一部に拡散したり、教室に張り出されていた写真だ。
入田は眉を顰めて写真内容を検め、唇を開きかけて強く結ぶ。
俺の気持ちは伝わっただろうか。
「ひどい写真だろ? こんな写真を公にするなんて、情けないよな」
いよいよ行き場をなくした俺の足は、自然と保健室に向かった。
「失礼しまっす」
適当な挨拶で俯いたまま扉をくぐる。
「やあ、九頭川。久しぶりだね」
「沼田原先輩?」
「そうだよ、君の依莉先輩だ」
先生が座る椅子に腰掛けて、沼田原先輩が上半身をのけぞらせた。
もう大学も決まり、京都に下宿する準備で忙しいのではないか。
「卒業式はまだだよ、君も生徒会役員だろう。楽しみにしているよ」
生徒会の役員は卒業式の準備にも携わる。本来ならば俺も駆り出されるはずだった。
「生徒会はクビになりましたよ」
「ふうん、それはまた、なぜ? ミコトに手を出したのかい」
「聞いてないんですか」
恋愛研究会の噂。
俺たちを貶める写真。
もう卒業する三年生には、広まっていないかもしれない。
「学年有数の美少女に二股をかけていたクズなスケコマシがいたという話なら」
「知ってるじゃないっすか」
さすが、沼田原先輩。情報はどこからか伝わっている。
それはさておき、先生もいないこの空間で、沼田原先輩と二人きりというのはまずい。誰も見ていないだろうが、これ以上の弱みを握られたくない。
「じゃ、俺はこれで」
「待ちなさい。何かあってここに来たんだろう? 犬養先生も戻ってくるよ」
「離してください。噂、聞いたんでしょう? 俺といると、先輩も悪い噂に巻き込まれます。最悪、大学合格だって取り消されるかも」
「ふ、はははっ」
沼田原先輩は俺の腕を握ったまま吹き出した。
手首が温かくなった。
「君は大人びてるようで、つまらないところで子供なんだな。恋愛のこじれくらいで大学合格が取り消されはしないよ」
「たとえそうでも、沼田原先輩に悪い噂が」
「人を愛することの何が悪いものか」
そういう問題じゃない。
事実や倫理の問題ではなく、世間というありもしない空気の問題なのだ。「みんな」がどう思うかなのだ。
沼田原先輩が平気でも、この学校の三年生は大半が近畿圏の大学へ進学する。かつらぎ高校での噂が尾鰭をつけて広がるかもしれない。
「君は、悪いことをしたのかい?」
「してないですよ」
それは自信を持って言える。
「じゃあ、噂を本当にしよう。君が悪いことをすればいい」
「は?」
意図を測りかねて気を抜くと、俺は保健室のベッドに押し倒された。
白いシーツの薬品臭が懐かしく思い出される。二年生になったばかりのとき、しばしばこのベッドにお世話になった。
「って、ちょっと、離してください」
細くて軽いとはいえ、背の高めな沼田原先輩に押さえつけられると、身動きが取りにくい。変なところを触れないのでなおさら抵抗しにくい。
「ねえ、九頭川」
沼田原先輩の垂れた髪の毛が俺の頬をこする。リップノイズが聞こえるくらい近い。耳に熱を感じる。
「一緒に卒業しようか」
「卒業は先輩だけでしょう。俺は中退になってしまいますよ!」
「そういう意味じゃないんだけどなあ」
とにかく、離れてほしい。
先輩から見たら弟をからかう程度の気持ちだろうが、きれいな年上お姉さんに迫られて、気が気でない。
「高校生の男の子を部屋に飼って学業にバイトに精を出す女子大生、いいね」
「何ひとつよくないです。俺は女に養われる気はないですよ! 一緒に暮らす女くらい、意地でも養ってみせます!」
俺が抵抗していると、保健室の扉が開いた。
「それは豪気な」
白衣をなびかせて、犬養先生が呆れた顔をしていた。
セリフと表情が合っていない。
右手のインスタントコーヒーのビンも場違いだ。
「行動が伴えばなおいいがね、九頭川。女子に押し倒されるようじゃ、養うには不足だよ」
保健室にやってきた俺に、犬養先生は黙ってコーヒーを淹れてくれた。
沼田原先輩は本当に挨拶に寄っただけらしく、俺を戯れにからかっただけで帰って行った。友達と遊ぶ約束をしているようだ。女子は友達を作るのが早い。
犬養先生は何も言わなかった。
二年生の初めに保健室登校をしたときも、何も言わなかった。これが先生の優しさなのか、単に対処を知らないだけなのか、今となってはわからない。
俺から見れば充分な大人で、何でも解決してくれそうな先生だって、大人社会の中では我を押し通すことはできないし、恋愛研究会の危機を直接に救うことはできなかった。佐羅谷や宇代木にかけることばさえ選びかねていた。
今だって、助言しないのではなく、しようがないだけかもしれない。
俺たちは黙って弁当を食べる。
なんとなく、それが正しい気がした。
うまく行かない人間関係の中でも、腹は減る。同じ場所でご飯を食べるのは、同じ釜の飯を食べるのと近い。穏やかに距離も縮まるはずだ。
遠く校庭で生徒が遊んでいる声がする。
俺が一年のときはあちら側の人間だった。
うらやましいとは思わない。だが、あちらとこちらの間くらいに戻りたい。今は俺を救ってくれた佐羅谷あまねと恋愛研究会は存在しない。
だったら、俺はどうする?
そもそも俺は救われる側なのか?
「バイトは続いているのか?」
犬養先生が沈黙を破る。
「バイトはほどほどに」
「じゃあ、休みの日は暇じゃないか」
「あー、今ちょっと十津川でごちょごちょと」
「ん? また遠いところで」
俺は休みの日に勝手に一人で――というか向こうの伝手でいろいろバイトまがいのことをしている。父親以外に言ったことはないが、佐羅谷の両親やイリヤさんは知っているはずだ。それが忙しくて、バイトは最低限に抑えている。
「なるほど。他には?」
「他とは?」
「もっとあるだろ、ネットとか電脳世界とか二次元とかバーチャルとか、他の世界のつながりだよ」
「全部同じ世界な感じもしますがそれは」
言いつつも、俺に他の世界とのつながりがあったかと思い返す。
ある。
今の俺には、恋愛研究会のアカウントが使える。あのチャンネル登録者とは、緩くつながっている。配信やコメントでいくらか心が軽くなった。
「そうか。その緩やかな紐帯を大切にしなさい。今はどこで何が助けになるかわからない時代だ。君たちを取り囲む世界は狭くてがんじがらめに思えるかもしれないが、いつだって、すぐに飛び立てるくらい自由だ」
ああ、そうか。
わかった。
犬養先生はせめてもの思いで俺を励まそうとしてくれているのだ。
正面切って戦うことも、助言することもできないかもしれない。だが、絶対に敵にはならない、そう意思表示してくれているのだ。
弁当箱は空になった。
俺は、戦場に戻らねばならぬ。
「九頭川。一つだけ。生徒手帳の部活の項目をよく読み直しなさい」
保健室を出る俺の背に、犬養先生は檄を飛ばした。
あいまいであやふやでわかりにくいが、檄だった。
生徒手帳の部活の項目は、穴の開くほど読み直した。
そうか。
やはり、俺の理解は間違いではなかった。
俺は、戦わねばならぬ。
失うわけにはいかない友がいる。
教室は相も変わらず針の筵だった。
山崎は事情も知らないくせに、空気を読んで俺に近づかない。畜生。別に付きまとわれて嬉しいキャラではないが、薄情なやつ。
教室でできることはない。
もはや神山も沖ノ口も俺と関わろうとしない。あの二人は気を遣っているから許せる。
ただ一人、玉木だけが、細いメガネの奥に強い光を宿していた。
村八分ならぬ教室八分の状態。
事務的な会話はあるが、誰も世間話をしようとしない。
さりとて、嫌がらせを受けたり身体的な暴力を振るわれることはない。ただ敬遠し、関わりを絶ち、無視するだけ。
もうすぐ終業式で、このクラスも清算されるのだ。今さらつまらない男一人を糾弾して、逆に陰険だの陰湿だの悪評をこうむるほうが嫌だろう。
だが俺はあと二人、嫌われる必要がある。
ポケットに手を突っ込み、ぬるいアクリルの感触とじゃらっという金属音を確認する。
二限目の長い休み時間に、俺は動いた。
二年三組の教室へ。
「宇代木を呼んでくれ」
三組の教室の扉近くにいた男子生徒に声をかける。面識のない男子だが、一瞬顔が強ばったのを見逃さない。
「宇代木、呼んでるぜ」
宇代木は扉とは逆の窓際にいた。
男子の声は端まで届くような大声だった。教室の相当数が呼んだ相手である男子と、俺を見る。
宇代木と目が合う。
複雑な表情だった。
宇代木天を演じた朗らかで強い笑顔はなかった。戸惑って「どうして彼がここに?」という振る舞いは、宇代木天ならば絶対にしない。
「あんた、一組の九頭川だろ」
「今さら天ちゃんになにか用?」
知らない女子が、俺が教室に入る前に足止めする。明るい髪にきついアイライナーとアイシャドウ。短いスカートと前を開けたブレザー、その下には派手なインナー。
「用がないのに教室まで来ると思うか?」
「うっしーの気持ち考えなよ。あんたを通すと思う?」
「そうだ。なあ、うっしー、どうする?」
ウッシーって誰だよというツッコミと込み上げる爆笑を押し殺し、俺はしかつめらしい顔を維持する。
宇代木は元の場所から動かない。何人か取り巻いていた女子が俺の視線から守るように周りにたかり、声をかけている。
「わざわざ来るってことは、ラインだってブロックされてんでしょ?」
「ラインのブロックなんて日常茶飯事だろ」
俺はブロックされるほどの知り合いもいないが。
「これを渡しに来たんだ。物を渡すのは、ラインじゃ無理だろ」
俺はポケットからアクリルのストラップを取り出して、女子の前にぶら下げる。
アマミノクロウサギとTのアルファベットが一緒になった修学旅行のお土産。
宇代木はこれを俺に投げつけて、訣別した。
訣別させてしまった。
だけど、だめだ。
これは、俺たち三人がつながっていることを示す最後のよすがだ。
俺は三人の関係を切りたくない。
その意思表示。
「あんた、まさか、うっしーから盗んだとか……」
「ストーカーじゃん」
「落ちてたんだよ。大切な物なんだろ」
「落ちてたって、どこで?」
「それは宇代木のプライバシーに関わる。いいから、聞いてこい」
女の一人が俺の手に触れることなくストラップをひったくり、教室の奥にいる宇代木に尋ねに行く。
やがて手ぶらで戻ってくる。
むすっとした釈然としない顔。
「ありがとう、だって」
「受け取ってくれたんだな」
「盗聴器とかつけてたら殺すから」
「つけるならエアタグとかだろ」
「それだ!」
それだ、じゃねえよ。
「用事はそれだけだ。二度となくすなよって伝えといてくれ。次は拾えないかもしれないからな。じゃあな」
宇代木の声は聞けなかったな。
でも、教室でも孤立することなく、友達がいて、積極的に守ってくれる女子もいる。宇代木は本当の意味で「大丈夫」だな。
最後に会っておかないといけないのは、言うまでもなく彼女だ。
そのときは、卒業式の後。
卒業式はつつがなく済んだ。
生徒会長ミコトの送辞と沼田原先輩の答辞。毎年毎年立場は違えど聞いてきた定型文が、今回ばかりは心に届いた。
弱みや涙を見せたことはあっても、常に年上として凛とした沼田原先輩が、「我々がこの学校のすべて、先生方のことば、友人との交歓、部活や……同好会、委員会での学び、」とわずかに声が震えて湿り気を帯びたことを忘れない。
教員の横に並ぶ生徒会役員席に俺はいない。
クラスの中のその他大勢としてしか卒業生を見送れないことに、悔しさを覚えた。
こんな日にも、きっとあいつは日常を過ごす。部活に入っている二年生・一年生は卒業生を囲い別れを惜しむ。本日は卒業式が昼前に終わり、下校するだけのはずだ。
俺たちももしかしたらあり得たかもしれない未来、卒業する先輩を囲み、いつまでも名残惜しく部室から帰れない時間。幸福を絵に描いた夢想は、永劫に叶わない。
だから、きっと彼女は尖塔に来る。
尖塔のガラス張りの部屋、陽光をたっぷり浴びて冬でも温室のようにほのかに暖かいその空間に至る階段の下で、俺は待つ。
彼女が来た。
姿勢の良い小さな体を端然と制服に包み、清冽な空気をまといながら。繰り出す脚を包む黒いタイツとローファーは出会ったときから変化がない。
佐羅谷あまねは変わらない。
肩に提げたカバンにはあのクロウサギのストラップ。空いた手には図書館の本。
「よう」
「こんにちは、九頭川くん」
「今日も尖塔で読書か?」
「うちで読むと、集中できないから。それより、なにか用? わたしに近づかないほうが」
そこまでしか聞こえなかった。
突然、強い力で襟を引っ張られて、平衡感覚が狂う。
したたかに背を壁に打ち付ける。
肩を抑える大きな手。細くしなやかな体からは想像できない膂力。
「九頭川、この期に及んでよくも人目のないところで彼女に近づけるな」
「玉木、いきなり暴力はひどいんじゃねえか?」
細いメガネの奥で燃える瞋恚。
ただの一高校生男子なら、玉木は間違いなく俺を殴っただろう。玉木の立場が、俺を壁に打ち付けるだけで収めた。
だが、玉木の怒りは、真っ赤な顔から炎になって溢れていた。
「騎士を気取るのはまだ早いんじゃないか」
「彼女を害する可能性がある者は、なんだって排除するさ。たとえ、疎まれようとな」
「おまえのことは嫌いじゃないぜ」
「そうか、気が合わないな。俺は嫌いだ」
俺の冗談を玉木は直言で返す。
おかしな状況だった。
「喧嘩はやめて。殴り合いになったら止められないから」と他人事のような佐羅谷のことばに、俺と玉木は尖塔で話し合うことになった。ここは校舎から様子も見えるので、迂闊な行動はできない。
ちなみに佐羅谷は階下にいる。さっきまで俺が待っていた場所だ。きっと、俺たちの声は届いている。
「好き嫌いは勝手だが、佐羅谷の交友関係まで口出しするのはどうだ。あいつにだって、自分の意思ってものが」
「九頭川、おまえが彼女を知ったのはいつだ。関わりを持ったのはいつだ」
「あ? それは、二年になってからだが」
「たった一年だ」
もう一年だ。
「それがどうした。一年もあれば他人が親友にも恋人になるにも、十分な時間だ」
「だが、おまえは親友にも恋人にもなっていない。つまり、佐羅谷と関係を築けていない」
ぐうの音も出ない。
反論は思いつくが、玉木を説き伏せることはできそうにない。
「物心つく前だ」
「あ?」
「俺と彼女の関わりは、おまえなど及びもつかないくらい深いんだ」
「だからなんだ」
反射的に毒づくも、分が悪いのはこちらだ。
子供の数が少なくて、強制的に全員が友達みたいな環境で育ったやつらの親密さに、シティーボーイな普通の学校生活を送ってきた人間が敵うわけがない。
「彼女のことは、俺の方がよくわかっている。おまえのようなまつわりついてくる男をきっぱり断れないこともな」
「へえ」
「おまえは、彼女に何が提供できる? どうやって彼女の未来を保証できる?」
「そんなもの」
俺は一介の公立高校に通う男子高校生だ。特別な知識や技能もなく、他人の将来を守ったり導いたりできる立場にない。むしろ俺が逆に未来を保証してもらいたいくらいだ。
「そんなもの、誰だって一緒だろ。未来のことに絶対はないし、自分で生きていけるわけでも」
はっとした。
ここにいる。
高校生にしてすでに自分で生きていて、社会に責任を負い、庇護から外れて自立している男が、ここにいる。
「未来に絶対はない。そう言って努力せず、ただ今という時間を無為に過ごす。確かに未来はわからない。俺の会社だって、いつ飽きられるか、いつ忘れられるか、不安で不安で仕方がない。だから常に新しいビジネスを考えてはいるが、それは今は別の話だ」
玉木は俺の、いや大多数の人間の先にいる。こんな男とどだい勝負にはならないのでは? 谷垣内や田ノ瀬、宇代木のような傑出した才能も、普通に自活している犬養先生やヒグマ先輩も、世の中を率いる側ではない。
「これからの時代、ただ学校で勉強して、偏差値を上げて、有名な企業に就職する、あるいは公務員になる、そんなライフプランは通用しない。自分で仕事を作れない、起業できない人間は、もはや未来がない。派遣とか非正規になるのが関の山。あるいは正社員や公務員という立場は維持できても、その内実はどんどん悪化する一方だ。言われたことをやる、定型の業務を繰り返すだけなら、AIやロボットでできる。九頭川、おまえはそれを克服できるのか?」
玉木は、こう言っているのだ。
「俺は克服したぞ」
と。
「ただ生きてるだけではどんどん落ちぶれる。大変な変革の時代に生きているんだ。今できている普通の暮らしさえ、おぼつかなくなるぞ。九頭川、おまえはどうだ、何になりたい? どうなりたい? 世の中に、彼女に、何を提供できる?」
答えられない。
俺はただ早く働きたいとしか考えたことはなかった。玉木ほどの問題意識を持ったことはない。
「は、だんまりか」
玉木はずれたメガネの位置を正す。
「だいたい、高校生にもなってやりたいこと、なすべきことがないなんて、普段から何も考えていない証拠だ。この世界を、この社会を少しでも良くして、自分に何ができるか、自分は何の役に立てるか、働くというのは、そういうことだ。バイトはしているようだが、ただ決められたことを繰り返して、働いた気になってるんじゃないか? 彼女を、つまらない歯車に組み込まないでくれ」
何か、違う。
捲し立てられて反論する頭は回らないが、何か違う。
玉木の主張は正しいのか?
いや、そもそも正しさを判ずる類の話なのか?
「俺は彼女を幸せにできるぞ。いや、できるように今の今まで今でも努力し続けている。未来は不確定だと言い訳せずに、迎えるにふさわしい男になった。なんなら、彼女は専務にして、好きにやってもらうつもりだ。誰にも邪魔されず静かに読書できる。家庭のことだって何もしなくていい。人を雇えばいいだけだからな。どうだ、九頭川。おまえは俺以上に彼女を幸せにできるつもりか?」
「それが、佐羅谷の幸せなのかよ」
反論になっていない。
自分でもわかる。
玉木に従うほうが、一般的には豊かな暮らしを送れる。
「幸せに決まっている。なんでもできるんだ。なんでもさせてあげられる。別にやりたいことがあるなら、いくらでも援助するさ。本を出してみたいでも、書店を開きたいでも、小さな範囲なら問題なく資金を出せる。リスクもなくな」
金色夜叉も裸足で逃げ出すレベルの話だ。金の暴力に、無力な俺は敵わない。
反論できずに歯噛みするだけの俺に、玉木は勝利を確信したようだ。
「おまえには無理だ。彼女を救うのに、俺は死に物狂いで三年かけたのだから」
ほのかに暖かくなった陽光を浴びながら、俺と玉木は黙ったまま対峙していた。
会話が途切れる。
軽い足音が尖塔の部屋にこだました。
「話し合いは終わったかしら?」
俺の完敗で終わった。
佐羅谷は向かい合う二人の顔を無表情に見比べる。
「それで、わたしはどうすればいいのかしら」
「お茶を淹れるよ。下校時刻まで、ゆっくりしよう」
なんて茶番だ。
まさに茶番だ。
俺などいなかったかのように玉木はお茶の準備をする。佐羅谷は定位置に就き、カバンからブックカバーのついた本を取り出す。
どうすればいいのか、だって?
なんてつまらない女だ。
なんてつまらないことを言うようになったんだ。
ああ、俺の知っている佐羅谷あまねはもういない。
俺は甘い雰囲気の漂う尖塔から逃げ出す。それが校舎に残った生徒からどう見えるかは承知の上だ。
お茶を準備する玉木と、最後にすれ違う。
「女に好かれる男になれ。斜に構えたネガティブキャラはウケないぞ」
「それはあくまでクジャクの話さ」
俺の捨て台詞に玉木は眉をひそめる。
動物の生殖行動を人間に敷衍するのは、よほど注意深くあれ。俺が恋愛研究会で得た知見だ。
人間は嘘をつく。
おまえの見えている世界は、おまえが見たい世界でしかない。
その世界を見せているのは、誰だろうな。
教室に戻る気も起きず、グラウンドの端で尖塔を顧みる。
黙々と読書に勤しむ深窓の令嬢と、静かに佇む美声の貴公子は執事然として、ひと塊りの絵画だった。
俺の周りには誰もいない。
自転車を転がしつつ、校門で校舎に向き直る。
見える範囲には誰もいない。
卒業式の日に、だが俺は卒業も退学もしない。
ア・ルース・ボーイ。
俺が消えるのは、一年後だ。
見るがいい、何もできない男の生き様を。
気まぐれに、気を紛らすために、久しぶりに山田仁和丸(40)おじさんのアパートに寄ってみた。
高森などはことあるごとに俺が引用する仁和丸おじさんのセリフを俺の意見だと取り違えていたようだが、本当の本当におじさんだ。実在だ。イマジナリーではない。
イマジナリーではないが……。
「アパートが、消えた?」
俺の知るおじさんのアパートは、更地になっていた。
連絡先も知らず、帰宅後に親父に尋ねる。
「やまだにわまるおじさん? って、ああ、わたるちゃんのことか。あの人の本名は――」
「それはいいから、家がなくなってるんだって」
「あー、仕事の関係でそろそろ東京に引っ越すって言ってたな」
「仕事?」
俺の知る限り仁和丸おじさんはいつもアパートの部屋で本やフィギュアに囲まれて、明かりを消したなか煌々と輝く何枚ものモニターにぶつぶつ呟いているイメージだ。仕事どころか、外出している姿を見たこともない。留守だったことがないのだ。
「あのなあ、確かにわたるちゃんはあんな形で定職には就いてないけど、ちゃんと自活してるんだぞ? 別に親の仕送りとか生活保護とか受けてないからな?」
「え」
「まさか、わたるちゃんの言うことを真に受けてたのか、おまえも利口なようでまだまだ子供だな。俺も詳しくは知らないが、漫画とかアニメとかの評論で有名だって聞いたぞ? おまえの方が詳しくないか? 確か、「四畳半の大賢者」っていう名前でホームページもあったと思うが。他にも、ラジオとか配信っていうのか? youtubeでもしゃべってるし、ゲームもうまいし、モデラーっていうのか。とにかくなんでもやってる人だ」
マジか。
驚く俺に、親父は山田仁和丸おじさんの活動領域を指折り上げていく。俺の知っている分野で、確かに著名人の一人だった。名前がいくつもあって、まったく気づかなかった。
「てっきり、本当にニートなんだと」
「まあ勤め人じゃねえからな。俺から見ると何をしてるかよくわからねえけど、多分稼ぎ自体は俺より多いんじゃないか?」
「すげえ人だったんだ」
「世の中っていうのは、何をしてるかよくわからないもの同士が、お互いに補い合って生きていくもんだろ。働いてようが働いてなかろうが、どんな人間だって、役目があって必要とされるもんだ」
親父の中では職業はおろか、人間の中の貴賤を問題にしていないらしい。
「時代の最先端でかっこいいことをしてもてはやされるだけが正しいわけじゃないってことだな。ま、これは俺みたいに土と埃に塗れる人間の誇りだがな。なんちゃって」
親父のバカらしい駄洒落はともかく、俺は思考の靄が晴れ、視界が開けた気がした。
釈然としなかった玉木の言い分に、今なら答えられる。
俺たちはただ人間であるというだけ、ただそれだけで、向き合ってしかるべきだ。
さあ、配信を始めよう。
「待たせたな、では重大発表だ」
配信を始めて視聴者が増えてきた時機を見計らって、俺は神妙に声を整える。
ずっと騙していたようなものだ。
特に、恋愛研究会の文化祭の配信を見てかつらぎ高校に入学を決めた中学生にとっては、目当ての一つが消えてしまったのだから。
『来たーーーーwww』
『発表楽しみ。部員増えた?』
『女子二人が出てくるか』
すっかり名前も覚えた固定の視聴者が頻繁にコメントをくれる。
俺みたいな男が一人しゃべっているだけなのに、恐ろしく好意的だった。特によくコメントをくれる古参は、文化祭の配信を見ていた。最後の佐羅谷が感極まった場面を見ている。あの場面をリアルタイムで見た人間が、恋愛研究会に悪感情を抱くことはない。
もしかしたら俺たちを、俺を嫌っている者もいるかもしれないが、コメントまではしないだろう。
「特に恋愛研究会を目指してカツコーを受験してくれたみんなには、悪いお知らせだ」
コメントにはタイムラグがある。
ゆっくりと、間を開ける。
反応を見るために。
『は???』
『女子が、やめた?』
『まさか、部活がなくなったとか』
手が震えていた。
「鋭い。そうだ、恋愛研究会は、活動を止められた。無期限活動休止状態、実質なくなったようなものだ。部員同士が集まる場所もなくなった」
『だから一人で配信してるのか』
『何となく納得』
『原因は? 学校の横暴なら、許せない!』
『案外、こいつのせいなんじゃね?』
「……っ、活動が、高校生にふさわしくないってよ。部活にできる寸前まで行ったけど、学校からいちゃもんをつけられた」
『そんな……』
『ここに入るだけのために勉強頑張ったのに!』
『←それはそれでよかったのでは』
『何もなくて活動停止はねーだろ。正直に言えよ』
『男子一人でずっと配信は怪しい』
『うさんくさいんだよ』
『俺知ってるぜ。カツコー生だからな』
『kwsk!』
風向きが悪い。
黙って見ているとは思っていたが、現役のかつらぎ高校の生徒や快く思っていなかった視聴者がにわかに活気づいてきた。
『写真だ』
「写真が、ネットでばらまかれた」
『写真?』
『何の写真?』
「あー、俺たちの活動は、みんなはわかってると思うが、学校外でも動くんだ。どうやら学校側からしたら、よろしくない場所というものがあるらしい」
コメントが早い。
かつらぎ高校の生徒もいるし、余計なことを書きこまれる前にこちらから明かす。
「根も葉もない噂だ。嫌がらせだ。俺たちはーー」
『原因はおまえだろ』
俺がことばを選ぶ時間の隙間を狙って、特定のアカウントのコメントが入る。名前は、なんだ。英語でシュガーボール。覚えたぞ。
『おまえが部員の女子二人に二股をかけてたからだろう』
『はっ!?』
『本当なら許しがたいな』
『そんなこったろうと……』
『女子が出てこないのはそのせいか』
『これは裁判ですわ』
急に非難のコメントが増す。
今まで書きこんだことのない名前ばかりだ。目まぐるしくチャット欄が流れる。擁護のコメントもあるが、ほとんど紛れて消える。
「いや待ておまえら。恋愛研究会の女子が、俺になびくと思うか? 意外かもしれないが、俺はモテない」
『うん、知ってた』
『見ればわかる。元陰キャ丸出し』
『涙拭けよ、つハンカチ』
「そこは否定するところだろ」
肩を落とす演技。
流れるコメントは批難から苦笑、呆れに変わっていく。
「まあ、俺だぞ? これが何よりの証拠だ。根も葉もない噂に踊らされて、部活はなくなっちまった」
『君が一人ぼっちになっても寂しくないように、コメントを残しておくよ』(葬送のヒンメル)
詩的なコメントが来た。
「んー、葬送のヒンメルさん? さりげなく俺をボッチにしないでくれるか? あとヒンメルは葬送されたけど、違うから。俺も部活も葬送されてねえから」
『たった一年間のあの部活が、君が、僕たちを、変えたんだね』(葬送のヒンメル)
ああ、そうか。
このハンドルネーム、そういうことか。配信中にスマホで翻訳サイトを開いて、理解した。恋愛研究会に一年間俺がいたという内実まで知っている葬送のヒンメル。
有名作品に寄せた名前とキャラクターの語り口をパロディにしている。
『君ならきっと僕たちの見たかった景色を見せてくれる。そう信じてるよ』(葬送のヒンメル)
「信じるのは勝手だが」
配信をしながら、常にスマホで状況を確認する。
ここで、この配信だけで俺ができることは道化を演じることだけだ。
「部活は止められたし、学校でも居場所はないし、終業式前に散々だ」
『俺たちが見ててやるって』
『恋愛相談は見てて楽しいです』
『恋愛研究会に入ることだけが楽しみでカツコー受けたんだけど!』
『←女子目当てだろ』
『←合格したとは書いてない』
「恋愛研究会目当てで受験したやつらには悪いが、せいぜい生徒手帳の校則をしっかり読んでだな、俺みたいにならないようにがんばってくれ。来てくれたら助言ぐらいはするぜ」
そして適当な雑談で配信を終える。
おそらく、実質的な配信はこれ以上できないだろう。かつらぎ高校の生徒がそこそこ見ているから、あまりに学校に批判的な内容を話すと、先生や保護者にも漏れるかもしれない。
だが、問題ない。
恋愛研究会の問題は、二年生のうちに片づける。
企業経営者としてトップをひた走る玉木に言われるまでもなく、AIの進化は目を見張るものがある。
小林秀雄が機械には囲碁や将棋が打てないと言ったのも過去の話、今や運要素のないゲームは人間に勝ち筋が見えないほどコンピューターが強い。では、今の恋愛研究会はそこまで死に体か?
否。
断じて否。
世界は、二人零和有限確定完全情報ゲームじゃない。
AIは主ではない。
俺が使い切るべき道具だ。
生活指導の三浦が問題視した写真は、高校生にふさわしくない場所をうろつき、不届きなことをしている(かもしれない)という推測だった。
今さらネットの海に散らばった写真を回収したり、抹消したりすることは不可能だ。
どんな言い訳をしたところで、俺たち恋愛研究会に対する猜疑を晴らすことはできまい。
そう、俺たちを引き上げることはできない。
発想の転換だ。
「だったら、かつらぎ高校の生徒、全員に墜ちてもらえばいい」
準備に時間がかかった。
実行は終業式の前日。
ぎりぎり間に合って、拡散できた。
結果がどうなるかなんて、確認する余裕もない。スマホの通知はすべてミュート。
俺が大騒ぎを知ったのは薄いカバンに密かに封筒を一つ忍ばせて、教室に入ったときだった。
「だからこの写真さ、」
「信じられない。俺はこんな」
「嘘だ、あいつがこんな場所にいるはずが」
騒音に近い大声が行き交う様は、終業式の雰囲気ではない。これでクラスの友達ともお別れ、という不安と期待のないまぜになった高揚感は微塵もない。
俺が音もなく自分の席に就いても、誰も気にもしない。
いや、違った。
強く感じる二つの視線。
「沖ノ口……」
自分の机の周りで女子に囲まれながら、笑みを顔に貼り付けて愛想を振りまいている。怒ったり困ったりしている友達に当たり障りないことばで宥めていた。
俺と視線が合うといつもの垂れた目を細めて薄ら寒く微笑む。
背筋が冷える。
ことばがなくてもわかる。
大きな借りを作ってしまったが、目論見は成功した、と言えよう。沖ノ口だけの力ではないが。
「のう、九頭川! 教室が騒がしいが、何が起こってるのだろうな!」
どすどすと窓際から近づいてきた山崎がメガネ越しでもわかる細目をしている。
俺が憎悪の対象で吊るされていたときは他人のふりをしていたくせに、それどころでなくなったら急に近づいてくるこの小物感。潮目を読み取り露骨に態度を変える様は見習いたくなる。しないよ? しないけどね?
「俺が知るわけないだろ。おまえこそ友達に聞けよ」
「はっはっは、異なことを。だから今こうして聞いておるのではないか」
「だ、そうだぞ。玉木」
「え、俺?」
物言いたげに俺の近くにいた玉木に話を振る。
「山崎の友達だろ?」
「あ、ああ、まあ、そうだが」
「俺は友達じゃないし、聞きに来たそうだぜ」
「九頭川!?」
山崎と玉木は二人きりで仲良くできる関係ではない。だが、玉木はクラスメイトに乞われて無碍にはしない。
「あー、なんでも、変な写真がネットで出回っているらしい。俺には来てないんだが、暴力とか窃盗とかそういった写真だ。このクラスだけでないようだ」
「なんと、それでこの騒ぎようか」
山崎は騒々しいクラスを見渡す。
前日まで爪弾きにされていた俺と話していても、誰も気に留めない。そのくらいには大ごとになっている。
「なるほどなるほど、こういうとき潔白な我には後ろめたい写真が来ないということだな!」
腕を組んで大笑する。
玉木は曖昧に微笑み、他のクラスメイトに声をかけられて離れた。後頭部に視線を感じたが、俺に用はない。
山崎の写真がないのは、「どうでもよい」からだが、それこそ「どうでもよい」。
俺は定刻を過ぎても先生が姿を見せないことを確認して、山崎を見上げる。
「けど、俺は知ってるぜ。おまえがドンキのR18の暖簾の」
「やめてください許してくださいラーメン奢ります見ないでください」
「秒で自白すんなよ」
人間誰しも後ろめたいことがあるだろう。火がなくとも煙がなくとも、火災はいつだって起こりうるし、炎上は時代の寵児だ。
教室が騒がしい。
誰も気づいていないが、本当ならもう終業式が始まっている時間だ。前の扉が開いて、息を大きく吐きながら担任の先生が入ってきた。
「みんな、申し訳ないが、もうしばらく待機していてくれ」
有無を言わせない。
教室の私語は消えないが、先生の声は行き渡った。
「それから、九頭川。ついてきなさい」
他人のふりをしてそそくさと席に戻る山崎を尻目に、俺は黙って立ち上がった。聞くまでもない。連れていかれる先は、校長室だ。
黙って進む担任の後ろに従う。
通り過ぎる教室はどこも喧騒に包まれている。先生はいないようだ。
漏れて聞こえる怒声や悲痛な叫び。
「だから違うって、俺はこんなことをしない!」
「どうして信じてくれないの!」
「しかし、あいつが思った以上に……」
「あの女だって、やっぱり猫かぶってたんじゃん」
「知らない、知らない、こんなの知らない」
「俺の勘違いだったってことか、つらいな」
「親友だって思ってたのに」
「もう嫌、もう帰るっ」
そして校長室へやって来る。
「九頭川、先生はここまでだ。あとはわかるな?」
俺は元気に「はい」と言って頷くが、声は掠れてほとんど出ていない。
一連のやり取りの後に開いた扉は、地獄の門か天国の扉か、中身を作り出すのは、きっと俺の振る舞いひとつ。
さあ、俺の戦いを始めよう。
「なぜ呼ばれたかわかるか、九頭川」
校長室にいたのは、ついこのあいだと同じメンツだった。校長先生、生活指導の三浦、保健室の犬養先生。
「まあまあ、まずはかけなさい」
「失礼します」
先生方は心なしか憔悴していた。
卒業式も終わり授業もなく、あとは終業式を待つだけののんびりした空気感はない。壁を隔てた職員室も上を下への大騒ぎしているのが伝わってくる。
きっと早朝から会議や保護者対応などで動き回っているのだろう。
「九頭川、大変なことだぞ、これは」
「三浦先生、悪いんですけど、なんのことやら」
「……っ、貴様以外に犯人が……!」
「三浦くん、いけません!」
俺の正面にローテーブル一つ挟んで般若の形相をした三浦を、校長先生が押しとどめる。
「九頭川。昨晩くらいからかな、膨大な量の写真がかつらぎ高校関係者の間で飛び交ってるんだ」
犬養先生がツヤのない髪を梳きながら説明する。くたびれた白衣のシワを撫でていた。。
「君は出どころを知らないか?」
「知るわけがないでしょう。俺はいま学校一の嫌われ者っすよ」
二年生になってできたいくつもの紐帯が、俺の愚行で失われたことは衆人の知るところだ。きっと職員室の間でも知れ渡っている。普通なら俺が不登校になってもおかしくないほどの拒絶だ。
「だいたい俺が写真をばら撒こうとしたところで、誰もメールもメッセも受け取ってくれないです」
「貴様、この期に及んでっ」
「三浦くん、落ち着いて」
三浦の唾が飛んできて俺は顔を退ける。
「だいたい、俺がそんな写真をばら撒く利点がないじゃないっすか。嫌がらせ目的なら、俺が疑われるのは確実で、だったらなおさらやるわけがないです。俺が嫌いだから犯人扱いするのは、そうだ、冤罪っすよ」
「習ったばかりのことばでいい気になるな!」
「じゃあ、三浦先生は俺が犯人だと思ってるんですか」
「そんなことは火を見るより……っ」
「ダメですよ、三浦くん。少し黙りなさい」
冷たく重い声で校長は遮る。
「九頭川くん、申し訳ない。証拠もなく疑ったのは我々が悪かった。どうか気を悪くしないでほしい。学校としても、突然のことで動転しているんだ」
「じゃあ俺が呼び出されたのは」
「恋愛研究会のことがあるからね、もしかしたらなにか知っているんじゃないかと思ってのことだ」
校長先生は三浦を横に押し退けて、俺の前に来た。
ただ、疑われているのは間違いない気がする。
「俺は恋愛研究会のなかで一番下っ端ですからね、わかることなんてありません。それに」
さあ、反撃開始だ。
俺は懐から写真を取り出した。
俺たち恋愛研究会を貶めた、あの写真だ。
「それに、この写真は全部捏造だということがわかりました。俺たちは、陥れられたんです」
三浦と校長先生は鳩が豆鉄砲を食らった顔をしていた。
この慣用句、最初は意味がわからなかったが、鳩にとっては餌である豆をぶつけられて、「むしろ願ったり叶ったりやけど」という鳩の気持ちを表しているのだと理解したのは最近のことだ。鳩は食パンを食べるものだと思っていた。
「九頭川、どういうことだ? 説明してくれ」
犬養先生が一番に正気を取り戻した。
「あのときは俺たちも気が動転していたから、先生方に写真を見せられて、自分たちのものだと無意識に思い込んでしまいました。ところが、改めてよくよく写真を見返すと、どれもこれも身に覚えのないところばかり」
「ばかなっ」
三浦が拳をテーブルに打ちつける。
「あの写真はどれもおまえたちの姿が写っていた。全員が全員、そっくりさんだというのか?」
「そもそも、偽物なんですよ。写真自体が」
「冗談もほどほどにしろ。写真の偽造なんて、そうそう素人にできるものじゃなかろう? それに、おまえたちの同好会を狙い撃ちにする理由がない」
「ありますよ、理由は」
三浦も感情が落ち着いてきたようだ。
話をできるようになった。
ことばが通じるようになれば、あとは俺の得意分野だ。
「俺たちは、目立ち過ぎたんです。学内での恋愛や人間関係なんかを解決して、まあ、先生のおっしゃる通りですよ、ちょっと調子に乗り過ぎたのは事実です。そんな活躍を妬ましく思う者がいたんでしょう。部活がなくなって、部員同士がぎくしゃくすれば溜飲も下がる。そんな負の感情に支配されることもあるでしょう」
「だが、それは恋愛なんとか同好会の話ではないか。いま起きているかつらぎ高校全体の問題ではないぞ」
「それは先生方の責任でもあります」
俺は三浦の目を見返そうとして、やはり正面切って目を見るのは怖くて、鼻の付け根あたりを凝視する。
「偽の写真をばら撒くことで、恋愛研究会は活動を停止して、人間関係まで破壊されました。この事実を知って、普段から鬱屈を抱えている生徒は、どうすると思います? 匿名で写真をばら撒くだけで、自分のほしいままの正義を執行できるとしたら」
「九頭川、貴様、何を言っているのかわかっているのかっ」
「わかってますよ。高校生はそこまで理性的でもないし、思慮深くもないし、ほんの些細な嫉妬で、とんでもないことをしてしまうんです」
まさに俺はその渦中にいる。
「だいたい、学校全体で写真が飛び交っているんでしょう? 一人や二人の犯行ではないと思います」
「確かに、九頭川くんの言う通りだ。三浦くん、これ以上彼を責めるのはよしましょう。学校としての対応を考えないと」
「しかし、私には偽物の写真がそんなに簡単に作れるとは思えないのですよ、校長」
ああ、なるほど。
三浦は「そんな初歩的なところ」でつまづいているのか。だったら、ダメ押しをしてやろうじゃないか。
「三浦先生、これを見てください」
俺は懐から取り出したスマホの写真を見せる。本来学校にスマホを持って来るのはグレーゾーンだが、今さら誰も追及しないし、あってないような規則だ。
俺が見せる写真を、三浦は少し顔を遠ざけて、校長は胸から老眼鏡を引っ張り出して覗きこむ。
「こ、これは」
「三浦くん、これはいけない」
「ち、違います、こんな、身に覚えがない……おい、九頭川! これはどういうことだ!」
何枚かある写真は、三浦が犬養先生に迫ったり、服の上から体を触ったり、ホテル前で無理に誘おうとしている写真だった。
「身に覚えがない? それは異なことを。ねえ、犬養先生」
「私は嫌だって言ったのに、三浦先生が無理矢理……ほろろ」
写真を見ると、犬養先生はクソ演技で涙を零す。
「し、してません、何も! 犬養先生も人が悪い! 校長、信じてくださいっ」
「君は既婚者だったね? これだけの証拠映像があるということは」
紛糾する三浦と校長。
犬養先生の口が「いい気味」と動いたのを、俺は見逃さなかった。
あまり揉めるのもまずい。頃合いを見て俺が声を張る。
「まあ、捏造写真なんですけどね」
「はあ?」
「三浦先生、信じていただけましたか? 今はこんな写真が、素人でも作れるんですよ、AIがクリエーティブな仕事を奪うわけです」
「おまえ……っ、俺を社会的に殺す気かっ」
「さらに、こんなこともできますよ」
俺はフォルダの中の動画を再生する。十秒ほどの短い動画。
声は聞こえないが、学校のどこか空き教室で、三浦が犬養先生を壁ドンして口説いている。距離があって会話は聞こえない。そんな盗撮めいた動画だ。
「こんなものまで作れるのか」
「これでは写真やビデオに証拠能力を認めることも難しくなりますね」
驚きが一周したのか、三浦も校長も自動で繰り返す動画をじっと見入っている。よくよく見ると動きや首のつながりなどに難があるが、パッと見たくらいでは捏造だとはわからない。
三浦は薄めの頭をガリガリと掻いて息を吐く。
「はあ、わかった。もう九頭川を責め立てても仕方がないな。あとは我々がなんとか対処を考えないと」
「それですが」
校長室から俺を追い出そうと腰を上げる三浦。
さあ、ここからが本番だ。
エントロピーが極限まで大きくなった世界を、俺は冷やしてみせる。ここに、マクスウェルの悪魔は在る。
「俺なら、この騒ぎを収束させることができますよ?」
「ここからは子供の出る幕じゃないぞ、九頭川。疑いが晴れたんだ、教室に戻れ」
「そうだよ、九頭川くん。生徒のことは私たちが守る」
「九頭川、教室まで送る。ここは帰りなさい」
俺の提案は聞いてさえもらえない。
力で部屋から押し出そうとする三浦。運動部でもない俺は、体育教師の腕力に敵わず半身が部屋から出る。
「ちょ、聞いてくださいよ! いい案なんです!」
「生徒が余計なことを考えなくていい」
今までさんざん生徒を追い詰めていたくせに。
「じゃあ、これ、ほら、ちょっとくらい聞いてくださいよ!」
俺はとっておきの写真を見せる。
ウソまみれの写真の中で、これは本物だ。
三浦の動きが止まる。
別に大した写真ではない。
画質も悪い。それもそのはず動画から切り出しただけのスクショだ。
だからこそ、真実味があった。
捏造写真にある妙にわざとらしく誰かを貶める画角ではない、たまたま写った危険な香り。
「どうですか、三浦先生」
「貴、様っ」
三浦の力が弱まる。
つまらない写真だ。暗い体育館で、明るい舞台のほとんどを写さずに客席ばかりを写している。舞台では宇代木が一人で舞う。そう、文化祭の始まりのときの場面だ。
俺は覚えていた。開幕のあとに三浦はすぐに校門で待機しなければならなかったことを。俺は見ていた。宇代木のダンスに三浦が鼻の下を伸ばして見入っていたことを。
この写真以外には、三浦は「身に覚えがない」だろう。当然だ。だがこちらは、真実を写した、まさに写真だ。中身はしょぼいが、生徒に鼻の下を伸ばした写真を公開されるのは、先生としてどうか。
「どうしました、三浦くん?」
「あー、校長。九頭川もここまで関わってしまったわけですし、何か案があるらしいから、いちおう話くらい聞いてやってもよいのではないですかね?」
「まあ君がそう言うなら」
勝った。
「ほら、九頭川。案があるなら、さっさと言え」
三浦が俺の背を叩いて、席に戻る。
三人の大人を前に、俺は最後のはったりをかます。
俺にできることは、細い道をつなぎたった一つの可能性に賭けることだけなのだから。
「まさか、君が三浦先生まで言いくるめるとは思わなかったよ。いったいどんな弱みを握ったんだ」
「別に、ちょっと知り合いが撮ってた動画から見つけただけですよ」
俺は犬養先生と並んで教室に戻っていた。犬養先生はただの付き添いだが。
「いやー、しかし君が動画を撮りたいと言ってきたときは、何をするのかと思ったよ。youtuberでも目指すのか」
「冗談はよしてください。たまたま恋愛研究会で配信してたのと、写真や動画やAIに造形の深い知り合いがいただけの話ですよ」
「だけど、咲蔵くんの滅多に見られない演技は少しときめいたよ。いいものを見させてもらった」
くっくっくと犬養先生は破顔する。
事の詳細は実に単純だ。
俺が三浦に見せた動画、つまり三浦が犬養先生に迫っている動画は、三浦の顔以外は「本物」なのだ。
俺はヒグマ先輩ーー本名、豆市咲蔵さんに連絡した。
『最近、マンネリじゃないっすか』
『犬養先生、一筋縄では行かないでしょ』
『ここで一つ、カッコ良いところを見せてやりませんか』
経験豊富な犬養先生に、良い男だが奥手なヒグマ先輩ではなかなか進展がないだろう。俺の予想は正しかった。
口車に乗ってくれたヒグマ先輩は、犬養先生に壁ドンして甘い言葉を囁くというベタな映像を撮るのに協力してくれた。
さすがにAIを使ったとしても何もないところから誰かが誰かを口説き落としている映像を作るのは容易ではない。だが、元映像があって一人の顔をすげ替えるだけなら、比較的簡単だ。
「柄じゃないのに、悪い男のふりをしてねえ? かわいいったらなかった」
「先生だって、演技以上に楽しんでいるように見えましたが」
「当然だよ。たまにはああいった刺激があったっていいね。あの後だっていつも以上に燃え……、おっとこれ以上は秘密だ」
妙に艶かしく人差し指を唇に当てる。
ほぼ秘密になっていないが、俺は何も答えなかった。ただ美人な保健室の先生の人間の部分はなるべく想像しないように気を落ち着ける。
「じゃあここまでだな」
教室の前で、犬養先生は俺の肩を優しく叩いた。
「いってらっしゃい。次は君が『ただいま』と『おかえり』を作り出すんだ」
俺は振り向かない。
もうこの教室に、敵はいない。
集まった視線はすぐに校内放送で霧散する。
「遅くなったがただ今より終業式を行う。全校生徒は速やかに体育館に集合するように。繰り返す……」
もとより俺に注目する目はなかった。
ばら撒かれた写真の被害は気になるが、それでも俺たちは学校行事に逆らえない。
騒がしさはそのままに、クラスからは親しい者と連れ立って、あるいは孤独に教室を出る。
神山、沖ノ口、玉木。特に教室で関わりの深い面々の顔がすれ違うが、表情を動かすこともなく視線は外れる。
最後に止まった視線は山崎だが、メガネに隠れた視線は露骨に逸れた。さすが友達以下のラーメン同志。
体育館は騒々しい。
いつもこうだった気もするし、騒がしくあれと思っているからそう感じるだけかもしれない。
前方に生徒会メンバーが立ち、遅れてきた先生が並び始めると、喧騒はさざなみ程度に落ち着く。さすがに公的な場面で、私的な問題をしゃべり続ける生徒はいない。
「それでは三学期終業式を始めます」
マイクを通して開始の合図が最後の私語を消す。
粛々と執り行われる終業式は普段のつまらない形ばかりの式(というか式とは形ばかりのものだ)は進む。生徒会長の挨拶、校長のお話しと続き、最後に生活指導の三浦が壇に立った。
ここで春休みの暮らしの心構え、これもまた誰も聞いていない定番の注意事項が繰り返されるものだ。
普段ならば。
「というわけで、高校生として節度ある春休みを過ごすように」
三浦の話は、続く。
俺が続けさせたのだ。
「ところで、今年の二月に入ってから、我が校の生徒に関する写真がインターネット上に散見されるようになったのは、生徒諸君もよく知っていることだろう」
少しだれていた生徒の気持ちが一気に三浦に集中したのがわかる。
「教職員会議でもこれら写真については問題視していたが、このたび、いま出回っている写真はすべて捏造、偽造、つまり、本物ではなく、誰かが我が校を貶め、不和をまき散らすため、あるいは愉快犯の仕業だということが判明した」
判明した、そう三浦は明言する。
これが、重要だったのだ。
「捏造? ほらやっぱり」
「だって全然身に覚えなかったし」
「だから言ったじゃん、あんなことしてないし」
周辺からも私語が漏れ聞こえる。
「静かに! 話はまだ終わっていないぞ!
というわけだから、現在出回っている写真も、今後出回る写真も広めたり騒いだりしないように。
今後これらの写真を受け取ったり見かけた場合は、先生に相談すること。また同じことを保護者連絡網に載せ、念のためにプリントも後ほど配布するので、必ず家の人に渡すように。
我々としては写真を回収して犯人にしかるべき対応をしたいところであるが、インターネットでは犯人を特定することが難しいらしいので、残念ながら、かつらぎ高校はこのような嫌がらせに屈しないという態度を取ることで対応したい。
生徒諸君、君たちの賢明なる対応を期待している。以上っ」
三浦の話をもって、三学期の終業式は終わった。
「三浦先生にお願いしたいのは、いま学校中に広まっている写真がすべて偽物で、誰かが嫌がらせのために撒き散らしているのだと明言してもらいたいんです」
校長室で俺が提案した策は、決して我がままではなかった。
おそらく先生たちも最終的にたどり着くであろう対策。事実でも真実でもなく、現実に折り合いをつけた「学校の対処」だ。
「ふむ。九頭川、その提案は悪くない。学校としては似たような声明を出すことになっていただろう」
「じゃあ問題ありませんよね? 三浦先生の口から、あの写真は偽物だ、今後拡散することも話題にすることも許さないと毅然とした態度でお願いします」
「だが、デジタルタトゥーというのか? 一度インターネットに広がった写真を消すことはできないぞ? 生徒の未来に不安を残すのは……」
三浦が思ったよりも教師らしくて、俺は少し見直した。その場しのぎで、自分の立場の安寧だけを考えているわけではなかったなんて。
「確かに、一度広まった写真は消せません。犯人だって捕まらないでしょう。だけど、学校側があの写真は偽物だと言い切ることに意味があるんです」
真実ではなく扱いの問題だ。
「学校が偽物と決定したものにいつまでもこだわっていじめたりや陰口を叩いたりするのは、はっきり言ってダサいです」
「「ダサい」」
三浦と校長の声がハモった。
「ダサいです。それに大多数が害をこうむっている以上、お互いに忘れ、なかったことにしようとします。学校がお墨付きを与えてくれたのですから、なおさらです」
世間一般や、著名人の間では、ことは簡単ではなかっただろう。
これが一般企業なら風評被害は免れなかったし、著名人なら無視しても否定しても一定層は必ず信じて、いつまでも糾弾し続けただろう。それは、誰かが正しさを決めることができないからだ。
だが、幸いなことに、学校は誰かが正しさを決めることができる。学校が決めたことは、学校の中では絶対だ。特に、誰も損をしない場合、学校の決定に異論を唱える必要はない。
しばらく校長と三浦は小声で何かを話し、犬養先生と視線を交わし、やがて俺に向き直る。
「どうやら、九頭川の言う通りにするのが、一番丸く収まりそうだ。まったく、悪知恵だけは働くやつだな」
「機転と言ってください」
「その一言が余計なんだ、おまえは」
そして終業式は思惑通りに終わった。
学校側が「写真は偽物」と言い切り、「問題にするな」と明言した。
これで、公的に写真は「なかったこと」になる。
じゃあ、俺たち恋愛研究会を陥れることになった写真は?
そうだ。
恋愛研究会を崩壊させた写真も、偽物だったのだ。
俺たちに問題は「なかった」のだ。
終業式の後は教室に戻り、簡単なホームルームで、荷物を残さずに持って帰るだけ。
終業式の始まりが遅れたことと、学校中に流布していた写真が偽物だとわかったこと、気分が軽くなった生徒の動きは軽くゆったりしたものだった。慌てて教室に戻ろうとする者は少ない。
混雑するボトルネックで、俺は人ごみに紛れていた。
「九頭川せんぱい!」
高い声が俺の耳に届いた。
振り向く前に腕を掴まれる。
ピンクのメッシュが入ったツーサイドアップが俺の視界を埋めた。
「マコトか」
「九頭川せんぱい」
体育館から出ようとする人波に逆らって、俺とマコトは対峙する。まるで障害物のように立ちはだかる二人。
マコトは短いスカートを震える拳で握りしめていた。
「マコト、ここは邪魔になる。少し横に避けよう」
横に避けて流れは阻害しなくなったが、体育館から出ていく視線に曝される。
マコトの表情は俯いているので見えない。
「九頭川せんぱい」
先ほどから名前しか呼ばない。
気持ちはわかる。
マコトはほんの数日前に衆人環視で俺を侮辱したのだが、それが濡れ衣だと判明したのだから。
そしてマコトの性格上、謝らなくては自分を許せない。素直にごめんなさいができるほど、俺たちは大人じゃない。
マコトは面を上げた。
「先日は無礼なことを言っ」
「気にするな」
「まだぜんぶ言ってませんよ!?」
「反論しなかった俺も悪い」
「九頭川せんぱいが悪いのはよくわかってるんですが」
「おまえ謝る気、あるの?」
「ああ、しまった! ついいつもの癖で!」
マコトが頭を抱えるのを、俺は笑って流した。
「おまえはそうやってミコトを守ってやったんだろ? かっこいいじゃないか」
「むう、ぼくにかっこいいなんて褒めてないじゃないですか! ぷんぷんです」
マコトが腕を振り回して戯れるように拳をぽこぽこ当ててくる。
「ははは、元気で何よりだ」
抱き止めて拳を躱す。
拳が空振りしよろめいて、マコトの頭が俺の肩口に近づく。
「これでいいですね」
短いほんの小声。
男の娘の高く作った声ではなく、素に近い少年の声。
「ああ、上出来だ」
マコトが柔らかく微笑んだのがわかった。
かなりの数の生徒の目に触れた。
それこそ、マコトが俺を糾弾したときよりも多くの目が、俺の無実とマコトの和解を見ながら体育館を後にする。
「九頭川さん、人目のあるところでなんて破廉恥なことをしてるんですか。離れなさいっ」
「ミコト?」
「生徒会長です。校内の風紀を乱すのは許しません」
確かにマコトと軽く抱き合ったが、そもそも俺もマコトも男子だ。見た目はそこいらの女子よりも可憐だが。
ミコトはウルフカットの髪を揺らし、無表情な顔に頬を少し赤くして俺の袖を引く。というかくっついてきたのはマコトなのに、どうして俺を引っ張るの?
「あははー、みこちゃ顔真っ赤〜」
「マコトも! 離れなさい! 生徒会メンバーの品格が問われますっ」
「九頭川せんぱいは生徒会メンバーでいいんだ?」
ミコトの動きが止まった。
「……当たり前です。なにも問題がなかった人を生徒会から追放する理由はありません。九頭川さん、またこれからもばりばり働いてもらいますよ」
「よかった〜。これで、元通りです!」
「ん」
口を尖らせてあさっての方向を向くミコトに腕を絡めて、マコトは屈託なく笑う。
これで十分だ。
体育館の生徒が全員出るのを見届けてから、俺は生徒会の一員として戸締りをした。
教室までの廊下を歩いていると、途中で捕まった。
ワンレンの長髪に四角いメガネ、写真部部長の入田。そして、俺の中学時代の親友にして、最近絶交を言い渡された長身痩躯のコスプレイヤー、高森。
通せんぼするのは、高森だった。
「九頭川、あの、ちょっといいか?」
「これでおあいこだな」
「え?」
「高校に入って勝手に縁を切った俺、早とちりして一方的に縁を切ったおまえ。雨降って地固まるとはまさにこのことだろ」
「許してくれるのか?」
「もともと俺は高森の言うとおりの男だよ。ワンカさんとの恋路は基本的に邪魔しかしなかったしな」
「それは絶対許さないが」
「おい」
二人じゃれあって見つめあって、そして、笑う。
腕組みして見守っていた入田が隣にやって来る。
「二人仲良しなのはわかったが、我は謝らんぞ? 九頭川、貴様には相当量の貸しを作ったはずだ」
「ああ、いい仕事だったぜ。あの物量を即納してくれたんだからな」
「まったく、つまらない仕事だった。おかげで面白いものも見れたが。は、そうだ。わかってると思うが、くれぐれも足がつかぬようにな」
「その点は一蓮托生さ。安心しろ、部活の名称変更は生徒会の案件だ。総合映像研究部。すべて予定通り。うまくいきすぎて退屈なくらいさ」
「これが退屈なら、九頭川の心を躍らせるのは至難の業だな」
入田は眼鏡の奥の細い目を鋭く輝かせた。
「心は、躍るぜ。これからの綱渡りを思うとな。高森、電脳研は?」
「三年が卒業して、俺が総合映像研に入って、来年度から無人さ」
高森が高校入学の当初所属していた電脳研は、いわゆるゲームやパソコンやプログラミングを扱う部活だった。ただ、サークルクラッシャー気質の宇代木が出入りしていたようで、部員の仲はギスギスと崩壊寸前だったらしい。
二年も一年もほぼ幽霊部員で、高森一人でかろうじて体裁を保っていたにすぎない。
このたび高森が総合映像研に移動したことで、電脳研はまさに形骸化した。
あまり廊下で深い話をすると、周辺の目に触れる。下手にボロを出すわけには行かない。
俺はじゃあな、と手を振って二人の間を抜けた。
「じゃあな、九頭川。また今度、ラーメンでも」
「そうだな、東室の王将が空いてるときに」
東室の王将はいつだって大盛況だ。
俺と高森の約束を果たせる日はやってくるのだろうか。こんな不確かな約束が、友達っぽくて嬉しくなる。
教室に入るや、神山が土下座の勢いで頭を下げてきた。
「ごめん、九頭川くん。なんて謝っていいか、わからないんだけど、ほんとうにごめん」
「いや待て神山、とにかく落ち着け、な? みんな見てるし」
「見てもらわなきゃだよ、ぼくが間違ってた、そのけじめなんだから」
とりあえず教室から出て廊下で向き合う。
「SNSで広まってる写真を信じて、九頭川くんを貶した自分が恥ずかしいよ。一年間見てきた九頭川くんは、そんな人じゃないってわかってたはずなのに」
「写真の出来が良かったからな。神山が信じるのも無理ないさ」
「だけどどうしてっ、あのとき否定してくれたら」
言ってから、神山は自分で気づいたのだろう。潤んだ瞳を伏せる。
「そっか、必死になって否定すればするほど、周りはそうかもしれないって信じちゃうから」
そうだ。
味方のいないなか俺一人が否定したところで、大衆は見たいものしか見ない。言い続けた嘘は真実になる。俺が躍起になればなるほど、周りは俺が佐羅谷と宇代木に二股をしていたと信じてしまうだろう。
あの二人を手玉に取るなど、この学校の誰にもできないのに、その単純な事実さえ「面白い」証拠写真にかき消される。
「だからわざと九頭川くんは自分が悪者になったんだね」
「一度ヴィランというのをやってみたかったからな」
悪に興味はないが、悪役に興味はある。
どうやら俺は悪役に向いているらしい。
「やっぱり、九頭川くんは優しいんだね」
「やめてくれ。俺はいつだって自己保身しか考えてないいやらしい男さ」
「そうだ、田ノ瀬くんの誤解も解かないと」
「気遣い無用だ。田ノ瀬は協力者だ」
「え、本気で怒ってるように見えたけど」
「田ノ瀬は俳優だぞ? プロの演技を素人が見抜けるかよ」
「ひどい、僕だけ仲間はずれだったんだ」
「神山が本気で怒ってくれるところを見たかったんだ。かっこよかったよ」
「もう、またそうやってはぐらかすんだから!」
神山は優しく笑ってくれた。
ちょうど担任の先生が廊下に見えたので、教室に戻る。
神山との会話が聞こえていたのだろうか。心持ち、俺に突き刺さる視線が嫌悪ではなく同情になっていた。
すべてが計画通りだと知ったら、俺の評価がどうなるか見ものだ。俺はもうしばらくヴィランのままだ。
二年生最後のホームルームが終わり、担任の「早く帰れよ」というお達しは虚しく響く。この一年で仲良くなったクラスメイトは別れを惜しみなかなか教室を出ない。担任も承知の上で、特に急かさない。
一年間、今年は激動の年だったが、俺に変化を与えたのはクラスではなかった。正直、クラスメイトの名前と顔は半分以上覚えていない。せいぜい、関わりのあった神山・沖ノ口・玉木、あとは文化祭で役者を張った数名。彼らも名前までは覚えていない。
人は薄情だと言うだろうか。
だが、捏造写真が出回るくらいで人を排斥する程度の関係だ。お互い様である。
だから、今さら席の前で沖ノ口が垂れ目を少し赤くしてじっと見つめてきても、何も思わない。周りにはクラスでの沖ノ口の友達が並ぶ。
「たすく、ごめんね」
謝られる言われはない。
「次も同じクラスだといいね」
俺はこう見えて理系コースだ。沖ノ口はおよそ理系には見えない……が、相手によって千変万化する柔軟な女だ。俺に執心しているなら、平気で進路も変えてくるかもしれない。
「悪いが俺はまだ用事がある」
「じゃあ、最後に。みんなもうたすくのこと、ひどい男だって思ってないから」
沖ノ口の周りの女子が悄然と軽く面を伏せる。演技には見えない。
「本当にひどい男は人畜無害な顔をしてるもんだ」
俺は精一杯の笑顔を作った。
ここ一年で、きっと優しく笑えるようになった。瞼に佐羅谷を思い浮かべる。目の前の女を見ながら、俺は佐羅谷にするように笑いかけた。
そして胸を張る。
「例えば、俺みたいな」
周りから笑いがこぼれた。
きっとこの対応が正着だ。
本当にひどい男は人畜無害な顔をしている。
俺は教室を出た。
ここにはもう戻らない。机に荷物も残さない。
挨拶する相手もいない。
神山は友達と話している。山崎は既にいない。沖ノ口とはケリがついた。
『本当にひどい男は人畜無害な顔をしている』
玉木がいた。
扉の側で一人、孤高に立つ。いつも人に囲まれ和やかで温かい雰囲気を醸し出している男が、人を寄せ付けない。細い眼鏡の奥の瞳は。
「どうした、玉木。人を呪い殺しそうな顔をしてるぜ」
「っ……ほんとうに、おまえは、人畜無害だな」
「だろ?」
ことばに詰まる玉木を軽くいなす。
玉木が俺を引き止めることはできない。
最後の戦いまで、あと一歩。
宇代木の教室の入り口には門番がいた。
まるで俺が来ることを知っていたかのように、文芸部のスギオとスギコがいた。
「なんだよ、もう俺に関わりたくないだろ」
「そういうわけにはいかないだろう。推理小説の専門家として、情けない結論を導いてしまった」
「そーだぞ。ミステリ研究課の名折れじゃんか」
「だったら、文芸部は償いをしてもらおうか」
「「償い」」
金田一耕助を若くて清潔にしたようなスギオと、佐羅谷あまねを茶髪ギャルにしたようなスギコの声が重なる。
それにしてもこの二人、最高にお似合いでずっと一緒にいるのに、いまだにいがみ合っているのだろうか。少しお節介を追加しよう。
俺は二人に耳打ちするのを装って、二人の顔を引っ付かんばかりに抱き込んで近づける。
硬直する二人に、さらりと用件を告げる。
聞いていたかどうかはわからない。
実行できるかどうかもわからない。
必要になる可能性は高い。
布石は多いほどよい。
ほのかに顔を赤くして背を向けるスギオとスギコに手を振る。
じゃあな。おまえら二人がいつまでもラブコメ青春を楽しめることを願っているよ。まったく、うらやましい限りだ。
「宇代木。行こう」
よそのクラスに入るのは勇気が要る。
一度はこのクラスの女子からも宇代木と関わるなと言われた俺だ。顔も名も知らぬ女子から蔑まれるなど、ご褒美も過ぎる。
「あ、くーやんだー。行くってどこさ。なぁにも聞いてないんだけどー?」
ふわっと髪を翻し、宇代木は友達との会話を切断する。
宇代木と話したい女子、男子はたくさんいるだろう。親密になりたい誰かさんにとって、この機会は貴重だったはずだ。特に男子にとっては。
宇代木は誰とでもすぐに仲良くなるが、ある一線に巨大な壁がある。俺は宇代木のうちに秘めた孤独を知っている。どこまでも隠し通した本心を決して表にしない自己防衛を知っている。
友達一つのために己の体を張れる苛烈な優しさを知っている。
だから、宇代木はクラスの友達よりも、俺を選ぶ。
「最後の戦いだ。パーティメンバーは、いつものメンツだろ」
宇代木はカバンを肩に掛けた。
「うん、じゃー行く。みんな、ごめんね、おっさきー。また三年になったら会おーね」
有無を言わさず会話を切る。
恋愛研究会を貶める噂はすべて偽りだと、学校が明示したのだ。今さらあの写真を根拠に俺を宇代木から遠ざけようという者は、公にはいない。
宇代木と俺が同行するのを邪魔することに、正義はない。
「じゃ、行こっかー」
廊下に出てきた宇代木のカバンには、アマミノクロウサギのストラップが揺れていた。
「ほいで、どこに行くんさ」
俺は宇代木のそれを指差した。
「もう一人のパーティメンバーだ」
もう俺たちを妨げる者はいない。
後ろ指を指すなら指せばいい。
俺たちは決して振り向かないのだから。
次の教室の前の扉の一番前の席。
体格の良い朝日くん(仮称)が座っている。というか、このクラス、一年経っても席替えしていないのかよ。彼に会うのも三度目だ。
しかし席替えしていないということは、
佐羅谷がいるのはいつもの……。
頭を巡らせようとしたとき、朝日くんに見つかる。
「あ、九頭川くんちょうど良かった。おーい、来たよ!」
ついに顔と名前まで覚えられたか。いやそれはそうか。佐羅谷を呼びつけ、谷垣内と那知合の覚えもよい。俺の知名度もほどほどにある。
だが待て。
近づいてくるオーラが佐羅谷ではない。
もっと赤く、強く、たぎる。
「よお、輔」
「たっすん、しゃべれるようになった?」
おいおい、俺を解雇したパーティメンバーが圧をかけてきてるぜ? 俺は新しいパーティでスローライフを満喫できるはずだろう? 今さら勇者格と最前線の迷宮攻略はできないのさ。
学校一の長身に強靭な体を誇示し、いっそう巨体に見える谷垣内がニカッと笑った。
ネコ科の目をいたずらっぽく細めてメリハリのある体を窮屈な制服に包んだ那知合が、犬歯を覗かせた。
怖いって。
「あ、いーちゃんもちゃーすちゃーす」
「ちゃおー、おひっさ」
俺の後ろにいた宇代木と(いつも会っているだろうに)挨拶する。そうか、試験前に部活は終わっているし、ここしばらくは会っていないのだろうか。お互い友達も多く、誘われる側だからなかなかーー。
と考えていると、谷垣内と那知合に同時に廊下に押し出される。
「おっ!? なんだよ?」
俺が何か気に触ることをしたか?
してるな。うむ、してる。
周りに聞こえない声が耳朶を打つ。
「これで良かったんだな?」
「……ああ、いい演技だった」
「マジか。俳優目指せるか?」
「無理だな。拳を突き合わせるのは、演技として臭すぎた」
「言いやがる。まあ、それが輔っぽいな」
そして俺の手を拳にさせて、谷垣内は自分の拳を軽く当てる。
「ねーねーねー、たっすん、あたしはあたしは? がんばったぞい」
「ああ、那知合の影響力を思い知った」
「むふふー。まー、沖ノ口も噛んでたんじゃん? 三根と上地もがんばってくれたんじゃね?」
「そこはノーコメントで。俺は、何も知らない」
「ひでーおとこ」
片言で言い放ち、俺の頬をツンツンしてからキャハキャハ笑う。距離が近い。ていうかなんで宇代木は俺の太ももをつねってるんですかね?
さすがにこれ以上放っておくと谷垣内の拳が飛んでくる。
「それよりだ、佐羅谷は? あいつを探してるんだが」
「ああ、言ってなかったか」
「サラタニさんなら、さっき男と出てったじゃん。見てない?」
「見てない! ていうか、それを早く言えよ!」
「あはは、言ってなかったっけ、ゆーと?」
「言ってなかったんじゃね?」
この二人、きっとわざとだ。
慌てて踵を返す。宇代木は満面の笑みだ。
「なんだか楽しーねー」
「そうだな」
余裕はないはずなのに不思議と心は弾み、笑みがこぼれる。
廊下の窓から、門に向かって歩く二つの人影が見えた。
「佐羅谷、待て!」
校舎と校門の中間だった。
連れ立って下校しようとしていた二人を呼び止める。
まるで距離感だけは恋人のような二人。
俺が宇代木を呼びに行っている間に、玉木が佐羅谷を持ち帰ろうとしていた。いや違うか。さすがに悪意のある言い方だった。
俺の声に、佐羅谷の歩みが止まる。
振り向きはしない。
呼んでいないのに、玉木は振り返る。
「なんの用だ、九頭川。この期に及んで、まだ彼女を苦しめるつもりか」
玉木の視線は俺の背後の宇代木を一瞬捉えた。
「言いがかりだな、玉木。俺が佐羅谷を苦しめたって?」
「そうだろう。恋愛研究会を隠れ蓑にして、女子二人を手球にとって、さぞ愉快だったろう?」
「おいおい、最初に言っただろう?」
「?」
下校途中の生徒が遠巻きに、しかし興味津々で俺たちの寸劇を見逃さない。
少しずつ見物人が増える。
「ち、やりにくい」
小声で玉木が洩らす。
「玉木、もういいんだ」
「だから何を言っている。そのセリフはむしろ俺のほうの」
「今まで佐羅谷を守ってくれて、ありがとうな。こんなこと、おまえにしか頼めなかった」
玉木はことばを失った。
見物人が多くなったときが勝負だった。
頭の回転の速い玉木のことだ。俺の意図にすぐ感づいただろう。そして、感づいた以上、いかにしてもここで佐羅谷を手放すしかないことも理解したはずだ。
「佐羅谷!」
もう一度呼びかけると、ゆっくりと深窓の令嬢は身を翻した。
「待たせたな。もう解決した」
本当は解決していないのだが。
「おかえり、佐羅谷」
冷たい空気は、気づけば春の埃っぽさを含んでいた。
冬は、いつの間にか終わっていた。
冷たい顔に赤みが差した。
「ただいま、二人とも」
佐羅谷は駆けた。
玉木の横から脇目も振らず、やつに一瞥をくれることもなく。
体育やマラソン大会などで佐羅谷が走っている姿を誰もが見たことはあるはずなのに、まるで佐羅谷が初めて走っているかのような、誰もがそんな気持ちで佐羅谷の駆け出す様を見た。
深窓の令嬢に運動は似合わない。
小さな体でこけつまろびつ、最後には膝の抜けたように体勢を崩し。
「ただいま、ただいまっ……」
「おかえり、あまね」
ぴょんと飛び跳ねて、俺と宇代木に飛び込む。いつぞやの文化祭と同じような情景だった。小さく震える佐羅谷の頭を、宇代木が何度も撫でる。
俺は佐羅谷を支えながら、要らぬところを触らないように離れる。
向かい合うのは俺と玉木のたった二人。
外野の声が否応なく聞こえる。
「これどういうこと? 九頭川って人が二股してたにしては、そんな雰囲気ないけど」
「ほら三浦が言ってたじゃん。あの写真は全部ウソだったんだって。二股もウソだったってことじゃない?」
「宇代木さんと佐羅谷さんの様子を見たらわかる。二股なんてなかったんだ」
「でもだったら、どうして佐羅谷さんが玉木くんと付き合ってたん?」
「それがさっきの九頭川のことばだろ? 玉木に佐羅谷を守ってもらってたんだ」
「そっかー。宇代木は友達多いけど、深窓の令嬢は一人のことが多いからー」
「でもそれだと、九頭川さんが一人悪者になってたってことに」
「それは男のプライドっていうか、あるだろ。そーいうのが」
「つまんないプライド(笑)」
「カッコつけさせろよ」
どうして人は無関係な他人の惚れた腫れたが好きなのだろう。人間として社会生活を営む上で、有利な特性だったのだろうか。
穿った見方をすれば、赤の他人の醜態を一緒に眺めることで同じ感情と秘密を共有し、結束を強めることができるのかもしれない。
そしてどうやら、外野の空気は俺や恋愛研究会に好意的だ。
勝手に作った自分たちの見たい物語に納得し、やがて俺たちに興味を失って帰り始める。また新しく遠巻きに見る生徒がやってきては、自分好みの物語を紡いでは消えていく。
ここで俺たちの劇場を覗いた者が、また物語を広めていくのだ。
「よけいなことを」
玉木の口がそう動いた気がした。
外野に声が聞こえないくらい近づいてくる。表向きは柔らかい微笑を浮かべて。
「佐羅谷、どうしても、そちらがいいのか」
「そうね、今まで守ってくれてありがとう」
「明るい未来も、豊かな生活も、失うかもしれないのだが」
「未来はいつだって不確定よ」
佐羅谷は小さな体で玉木を見上げる。
「君が、そんなに近視眼的だなんて思わなかった」
「あら、あなたはいったい何を見てきたの? わたしはいつだって刹那主義で享楽的なのよ、なにも知らない幼馴染くん」
「俺は君のためを思って……」
「それに、九頭川くんは十津川でこそこそ経営者になる訓練をしているみたいよ? まったく、誰に触発されたのだか」
「おい、やめろよ」
二人に俺は割り込んだ。
経営者だなんてそんな大そうなもんじゃない。ちょっと佐羅谷家の知り合いの人の土地を借りて自前でキャンプ場的なものを整備しているだけだ。誰に触発されたかなんて、言うまでもない。
どのみちまだまだ軌道に乗る以前に、軌道もない状態だ。玉木とは比べるべくもない。
今はそんな副業(?)の話は無関係だ。
「三浦を待たせてるんだ。宇代木、悪いけど、佐羅谷を連れて先に行っておいてくれないか」
きっと玉木は退かない。
俺が引導を渡すまでは。
「わたしは魚が欲しかっただけだったのにね」
「魚?」
佐羅谷は険を緩めた。
宇代木と寄り添って二人学舎に消える。
改めて俺と玉木は向き合った。
「魚って、いったい何だ。俺は佐羅谷にふさわしい男になるために、ここまで自己研鑽してきたのに! なぜだ、なぜポッと出のおまえなんかに負けるんだ」
「玉木、本気でわかっていないなら、俺は呆れるぜ。よくある人助けの話だろ? 飢えた人に魚を与えるのではなく、魚の獲り方を教えるほうが良い、みたいな話だ」
「……その通りだろう? 魚を与えて飢えを凌げるのはほんのいっときだ。その人を救いたいのなら、魚の獲り方を教える方が助けに」
「なんでわからねえかなぁ」
玉木のあまりにも的外れな返答に、しかも本気でわかっていない返答に、俺は失望した。今まで、こんな男に脅威を感じていたなんて。
「あのな、魚の獲り方は今の空腹を満たしてからでいいんだよ。腹が減ったらまずは食う。空腹で動けない人間に魚の獲り方を教えてもどうしようもないんだよ」
まずは今現在をどうするか?
未来や将来ばかりを考えて、現在を無視し、大きな数字だけを見て、小さな誤差を切り捨てるから、「目の前の人を」救えない。
「玉木、おまえはすげえ男だよ。高校生の範疇を超えた逸材だよ。だけどな、飢えた人間に魚の獲り方を教えるために、まず自分が魚を獲る練習をするのは、遅すぎだろ。俺はいつだって、今できる範囲で、まずは目の前の問題を片付けてきた」
行き当たりばったりで、不恰好で、みながみな満足するわけではない。そんな中でも、辻褄を合わせてきたつもりだ。
「そうか、遅すぎたのは、俺のほうか」
「あと、おまえ、俺のおじさんが何してるか知ってるか?」
「いや、知ってるわけがないだろう、なんだ突然」
「俺のおじさんはろくに学校も出ず、友達もおらず、引きこもりで、ずっと世の中に文句ばっかり言ってて、」
「……ひどい親族だな」
「だけどな、俺も知らなかったんだが、アニメの評論や配信なんかでは有名みたいで、実はけっこう気鋭の論客らしい。仕事が立て込んで、今度東京に引っ越したが」
「……それは良いことだと思うが」
それがどうした、という顔の玉木。
「知らないだろ、おじさんのこと。俺だって知らなかった。だからさ、世の中っていうのは、なんだかわからない人同士がなんだかわからないことをして、それでもお互い助け合いながら生きていくもんなんじゃねえのか? 前におまえの言った、周囲全員敵同士で、強いものだけが戦って生き残って裕福な暮らしができるっていう前提、おかしくないか?」
玉木は口を歪めた。
「だいたい、どんなに高収入な仕事だって、買ってくれる人がいるから成り立つんだ。買うためには最低限の普通の暮らしが必要だろ? 勝ち残った大金持ち以外みんな貧乏なら、モノを買う人がいないんだから、結局誰一人豊かになれないだろ。そんな世の中は、間違ってる」
「間違ってる? 間違ってるだって? おまえの感情は問題ではないぞ」
「だったら、自分が佐羅谷に選んでもらえなかったことも間違ってるって、正面から言ってみせろよ」
玉木は渋い顔をした。
俺は議論してるわけでも論破したいわけでもない。ただ自分の感情を表明しているだけだ。これは「如何ともできない」。
玉木は諦めるしかない。
結果がすべてならば、選ばれなかった玉木は人間の素朴な感情に負けたのだ。
正しさも間違いもない。
現実の結果だけが真実だ。
「最後に、聞いてよいか」
玉木の美声はすでに掠れていた。
「どうして、佐羅谷なんだ。九頭川にとって、佐羅谷はなんなんだ」
「おもしれー女」
「はっ?」
「俺が落ち込んでるときに出会った女だよ。それだけだ」
「そんなことで? そんなことで?」
一瞬だけ玉木を納得させる答えを返そうかと思ったが、そんな偽りの敗北を、偽りの納得を与える気はない。
人間関係なんて、恋愛関係なんて、わけのわからない理不尽の結実で、理詰めで解ける類の明確な理由など存在しないのだ。
きっと玉木は、俺が「佐羅谷は運命の人だ」とでも言えば、選ばれなかった自分を一応の納得で押しとどめることができただろう。そんな簡単な解決を、俺は許さない。
「じゃあ玉木にとって、佐羅谷はなんなんだ」
「そんなもの、決まっている。運命の人だ」
初めて玉木の本当のことばを聞いた気がした。帰国子女や企業経営者の背景を持った玉木くがねというキャラクターではなく、十津川で生まれ育ち幼馴染の女子に好意を持っていた、どこにでもいる普通の男子としてのことばを。
だがな、玉木。
恋愛研究会的に言うなら、運命の人などいないんだ。
運命の人は出会うものではなく、作り上げるものだ。なんの変哲もない共通点や関わりや偶然を、運命だと感じて自らの記憶を改竄して強く思い込む、ただそれだけの、そう、実に人間的な、実に都合の良い処世術に過ぎない。
おまえだって、ただたまたま佐羅谷と同郷の同級生だったに過ぎない。それを運命だと思っていたのは、おまえだけだ。
俺は不親切だ。
玉木にヒントを与える気は毛頭ない。
次の運命の人を探して、どこまでも迷い続けるがいい。
「じゃあな。次は三年になったら」
「ああ、そうだな。元気で」
玉木は力なく手を振った。
そして俺は最後の戦いに赴く。運命の人が欲する場所を守るために。
「駄目だ」
三浦は頑として首を縦に振らなかった。
例によって校長室。
対峙するのは校長、三浦。
横に立っているのは犬養先生。
こちらは佐羅谷、宇代木、俺の順に座る。
「どうしてですか。恋愛研究会の疑惑は晴れたはずです。先生、終業式で宣言しましたよね」
「そーですよ、三浦センセ。ウソだってわかったんだから、同好会から部活に格上げしてくれたっていいじゃないですかー」
佐羅谷と宇代木は喰い下がるが、三浦は聞く耳がない。校長は静観を決め込んで会話に参加しない。犬養先生は口を挟める立場にない。
「おまえたちが悪いわけではない」
三浦は鼻で嗤う。
「と言うのは建前だ。これ以上は公的な場では、俺は何も言えない。いいか、今回は全校生徒に被害が及ぶから、あのような解決をとった。だが、俺はおまえたちの同好会が火種だったことは間違いないと考えている」
三浦は横目で俺だけを睨む。
「何度も言うが、おまえたちは悪くない。最近バラまかれた写真は、すべて捏造だ。だが、きっかけとなった同好会を、なんのお咎めもなくそのまま継続させることはできない。わかるな?」
終業式を経て、三浦も落ち着いて考える時間があったのだろう。きっと本心では、恋愛研究会を陥れた写真と、その後に拡散された写真とは、出どころも意味合いも異なるという事実にたどり着いている。
だが、三浦はそこを追求しないと言っている。
恋愛研究会を停止する、その処分だけであとは免除する、そう言っているのだ。
これは本来なら俺たちにとってはありがたいはずの決定だ。
「別に、おまえたちが好きで集まって校外で何かしら活動するなら、学校としても制限することはない。あくまで高校生としての分を守り、適正な範囲でな。だが一切、学校の名前や身分を使うことは罷りならん」
それは、かつらぎ高校の生徒に対する恋愛相談もできないということだ。自分たちの高校の恋愛について手を出せないなど、恋愛研究会の存在意義がない。外の立場の恋愛相談なんて、ラジオでも雑誌でもネットでも、普通に存在する。俺たちの優位性など泡と消える。
俺は自分の胸を親指で指した。
「三浦先生、部活にするのはともかく、同好会も無理ですか? 写真は捏造だったんでしょう? 捏造写真で同好会を潰すのはおかしいでしょう」
「だから言っただろう? 写真騒ぎの原因としての同好会を停止するんだ。写真の内容は問題ではない」
俺はもう一度胸を指差す。
ここには、スマホがある。
「ここに切り札があるんですが、どうですか」
「これは面白いことを言う」
三浦は手を打つ。
「九頭川、写真はすべて捏造なんだよ。生徒も教員も、すべてな。おまえがどんな写真を手に入れたのかわからないが、それも作り物なんだよ。知っているか? 今の生成AIは優秀でな」
三浦が折れることはなかった。
恋愛研究会は、二年で幕を閉じた。
参加者全員が未練を残したまま、箱は消え去ったのだ。
「ダメだったねえ」
「ごめんなさい。わたしにもう少し力があれば」
「いやー、三浦センセは話聞く気なかったんじゃないかなー」
「部活動に格上げする申請さえなければ、ここまで目立たなかったかもしれないのに」
「ほらほら、いつまでもウダウダ言ってんのはあまねらしくないよ」
「でも」
「でも禁止ー!」
「せやかて」
「そーいうネタが言えるなら大丈夫だね」
努めて明るく、佐羅谷と宇代木は俺の前を歩く。
俺の切り札も虚しく、三浦を翻意させることは適わなかった。まさか、俺の明確に本物の写真まで切り捨ててくるとは。さすが一筋縄ではいかない。
俺が「予定していた最終手段」を行使するしかないと頭をフルに回転させているのが、絶望しているように見えたのだろう。女子二人が気を遣ってくれている。同好会の消滅なんて、既定路線じゃんか、と。
俺としてはもう少しだけ二人には沈んでいてもらいたいので、空元気はありがたい。
最初に恋愛研究会にあった閉塞感は、深窓の令嬢であろうとする佐羅谷と、保護者の皮を被った傀儡師の宇代木の、奇妙な共依存だった。
付き合いを深めるとそう単純でもなく、なるべくしてなり、保つべくして保たれていたことはわかった。
どちらにしろ、俺は二人を囚われの塔から引きずり下ろさなければならなかった。
他でもない、自分たちの心によって。
俺や誰かが尖塔の扉をこじ開けても、開いたまま心は閉じ続けることになっただろう。
最終的に佐羅谷は自ら動き、宇代木も過保護と依存をやめ、二人は自分で立てた。
俺は触媒だった。
「じゃあな、二人とも」
校門を出たところで俺は自転車にまたがった。
「ちょ、くーやん、一人で帰っちゃうのー?」
「あなたにとって、わたしたちは部活仲間でしかなかったということなのね」
部員同士だから一緒に帰ることに違和感がなかった。
今は、違う。
また誰かに見咎められたら言い訳を考えるのも億劫だ。
「三年になったら、また会えるさ」
三年になるまで、つまり春休みに会う気はないと遠回しに伝える。
二人の表情が変わる前に、俺はペダルを漕ぐ。引き止められるのは、ごめんだ。
俺が二人に直接できることは、ここまでだった。
触媒は変化を促す存在だ。
俺は触媒だ。
次に変化するのは?
◯
宿題はないが忙しく春休みを過ごし、実感のないまま三年生になり、始業式の日を迎える。
もう冬の空気は去り、埃っぽい黄色みがかった空が憂鬱だ。散りかけの桜が並ぶ高田川沿いはくたびれたサラリーマンのようで、少し親近感を覚えた。
教室前に張り出されるクラス分けの名簿、自分の名だけ見つけて、教室の席に就く。
三年ともなれば見知った顔も多く、自己紹介の前からすでに人間関係はできているし、拡げる者はさらに拡げている。
「わー、また一緒のクラスだねっ」
「うん、よろしく」
「……知り合いがいない」
「おー、おまえも理系クラスかよ。意外だ」
「よかった、ぼっちになったらどうしようかと」
「おはよ〜、一緒のクラス、初めてだね」
俺は目を閉じ、努めて会話を無視する。
関わらない。
友達が欲しくないわけではない。
ただ、最後の戦いを控え、極力精神を統一しておきたいのだ。
このあと、始業式があり、一年生だけは部活紹介がある。生徒会として参加することはミコト会長から申しつかっている。
「おお、九頭川! 我が友よ!」
……生徒会副会長としての立場だ。
無様を晒すわけにはいかない。ただでさえ目をつけられやすい俺だ。
「九頭川よ、なぜ無視するのだ! 一年間の交遊をよもや忘れたとはっ」
……やることは聞いておいた。
部活の代表を舞台横に一列に並べて、時間管理をして、
「九頭川、聞け、聞いて、聞こうよ、聞いてくれない、聞いていただけま」
「うるせえ」
俺の机にかぶりついて涙目の山崎のメガネに掌底を加える。いい子は真似すんなよ。
目が、目が、と大袈裟にのたうち回って、山崎はくくくと笑う。気持ち悪い。
「よかった、九頭川によく似た偽物かと思ったぞ」
「俺みたいな男が二人いてたまるか」
「元気そうで何よりだ」
山崎は俺の隣に座る。
いやおまえの名前からいうと、席は絶対にそこじゃないだろ。
「というわけで三年も一年間よろしく頼むぞ、特に体育で……」
言いかけで、山崎のことばが止まる。
視線が教室の扉の方を見ている。
いつのまにか教室が静かになっていた。
「佐羅谷……」
深窓の令嬢が、そこにいた。
二週間の短い休みを経ても変わらぬ佇まいで、小さな体で姿勢良く立つ。
「そこ、わたしの席なのだけど、どいてもらえるかしら?」
「は、はいっ!」
山崎は跳び起きると席をぱんぱんと手で払い、窓際の席に帰巣した。名前の順でいつも窓際、うらやましい限りだ。山崎は顧みることなく窓からグラウンド、そして尖塔を眺めている。小刻みに震えている。静まり返った教室に、「女子怖い女子怖い」と念仏のような声が聞こえる。おまえの大好きな深窓の令嬢さまじゃないか。
九頭川と佐羅谷は名前の順で比較的近い。クラスが同じならば、隣り合う可能性はあった。佐羅谷がまさか本当に理系に来るとは思わなかった。
クラスの目は、佐羅谷の一挙手一投足に注目する。
佐羅谷と同じクラスだった者は、佐羅谷だって普通の高校生だということはわかっているだろう。だが、初めて同じクラスになる者にはやはり深窓の令嬢というステータスはもの珍しい。
ましてや昨年度末の捏造写真騒ぎで、ちょっとした醜聞があった。いや、あれは「なかった」のだが、それはみんなの合意として「なかったことにしよう」と決めただけだ。
俺と佐羅谷と宇代木が特に標的となって叩かれたのは厳然たる事実で、いまだゴシップとして口さがないやつらは楽しんでいる。
佐羅谷が俺にどんな行動を起こすか、誰もが好奇の目で窺う。
「おはよう、九頭川くん」
「お、おう、おはよう」
「同じクラスなのね、一年間よろしく」
「お、おう、よろしく」
もう部活――同好会もできず、俺たちは集まる場所も理由も根拠も失ってしまったが。
「話しているのはわたしよ。こちらを見なさい」
佐羅谷の声が怒気を孕む。
今ここで、始業式さえ始まっていない段階で、どんな顔をして佐羅谷と話せば良いのかわからないのだ。教室の俺と、恋愛研究会での俺は別物だ。
どんな顔を見せれば?
それでも俺は、顔を背けた。
ため息が聞こえた。
「ここから先は独り言なのだけど、わたしの幼馴染が退学して別の学校に入り直したそうよ。もう少し個人の活動と学業を両立しやすいところに、って。だけどそれは表向き。スマホを落としてデータを盗まれて、迷惑をかけたからここにはいられない」
「スマホを落として……」
「そういうことになったらしいわ。知ってる? 暗証番号や指紋認証が合わなくても、中のデータだけを盗むことは簡単らしいわよ」
いったい、どんなデータが入っていて、誰が盗んでどう扱ったのか。真実も事実も藪の中で、今さらいかんともしがたい。
「それで、あなたはどうするの?」
どうするんだろうな。
もう手立ては打った。
恋愛研究会は雲散霧消して、俺たちは一人一人で立てるようになったが、関わりあう言い訳を失ってしまった。不器用で合理的な俺たちは、理由がないとただ集まって話をすることさえできない。
「ねえ、どうしたいの」
佐羅谷の手が、俺の机の端に触れる。
小さな指の丁寧に磨いた爪を視界の端に収めながら、握りしめたくなる衝動を必死に抑える。
そんなすがるような目を向けるな。
佐羅谷の居場所は、なくならない。
それが俺の最後の仕事だから。
始業式が終わり、クラスで自己紹介。今後の授業の話、なじまないクラスで怖々と人間関係をつないでいく感じ。
だが俺は速やかに教室を出て、体育館に行く。
廊下で放送が聞こえる。
『午後から一年生は体育館に集合してください。また部活動紹介に出る二年生・三年生も集まってください』
部活紹介。
さあ、生徒会の一員として、がんばろうか。
体育館には一部の先生と生徒会のメンバーが揃っていた。三浦はいない。よかった。
椅子や音響の準備はすでに前々に終わらせてある。本日は司会進行(生徒会長のミコト)と部活動メンバー管理(その他生徒会)だ。
「みなさん揃いましたね。それじゃあ、新年度生徒会初仕事、間違いのないようにいきましょう!」
二年生になっても急に変化があるわけではないが、ミコトは心なしか成長したように見えた。
あらかじめ決められた配置で、ミコトは舞台へ、俺たちは部活動メンバーの確認を行う。先生方の引率で一年生が順番に体育館に入ってきて、真新しい制服に身を包んだ男女が席に就いていく。
生徒の自主性を重んじている体だろう。司会進行は生徒会長のミコトが行う。俺が一年のときはどうだったのだろう。もしかしたら沼田原先輩が司会をしていたのだろうか。高校デビューのことばかり考えていて、部活紹介も気が気でなかった。ただクラスの中で一際目立つ谷垣内だけを見ていた。
ついでに言うと、今も谷垣内は目立っている。部活紹介する側のバスケ部部長として、待機列で頭ひとつ抜けている。
他にも知った顔はちらほら見える。ダンス部の那知合、横には宇代木も混ざっている。ボルダリング部の神山に、写真部……いや名前が変わったのだったか、そこの入田と高森、文芸部のスギオとスギコ。
見渡すうちに、ミコトの話は終わっていた。
「というわけで、みなさん。しっかりと考えて部活を選び、有意義な学校生活を送りましょう! ではまずは運動部からです。野球部のみなさん、お願いします」
野球部のユニフォームを着た連中がガタガタと立ち上がる。
部活紹介が始まった。
運動部の紹介が終わり、話を聞いている一年生もだれてくる。相対的に地味な文化部の紹介も佳境に入る。だが紹介側の待機があと一組になったところで、我慢はもうすぐおしまいだ。一年生の意欲も少し回復する。
「では最後の部活です。文芸部のみなさん、お願いします」
ミコトの紹介で立ち上がるスギオとスギコ。俺は二人を案内しながら無言で口を動かし、目配せする。
二人は今しがた思い出したかのように驚いた顔をする。おいおい、それじゃ困るんだよ。大丈夫か。
不安しかない。緊張したままの二人が文芸部の紹介を開始する。
「文芸部というとお堅いイメージがあるかと思いますが、今は教科書に載るような純文学だけでなく、詩歌、評論、古文、漢文、演劇、外国語の原書など、文字になっている作品なら、どのようなものでも対象にしています。現に部員の興味はそれぞれ多種多様で……現在はじゃっかんミステリ寄りの読書会になっています」
「推理小説な」
「あ?」
「ん?」
舞台で漫才をするなよ。
一触即発のやりとりも台本だった。
なんだ余裕じゃないか。
そのまま部活紹介が終わりかけたとき。
「さて、文芸部としてはここまでだが、最後に一つ。あれ、入りたい部活がなかったぞ? どうしようかな? と迷ったときは、いったんぜひとも文芸部へ! よろず相談承っております!」
スギオの演技がかった締めに、集中力の跡切れかけていた一年生からもくすりと笑いが出たところで、部活紹介は終了した。
スギオとスギコは約束を違えなかった。
これで、あとは動き出してくれるかどうかだ。
俺の手を離れた卵は、覚醒のときを天に任せるしかない。
動けない俺たちは、動ける誰かを信じるしかなかった。
三年生の日々は慌ただしく過ぎていく。
昨年の今ごろ、俺は教室へ行けずに保健室に登校した。犬養先生に連れられ、理科実験室で黒の緞帳の向こうに佐羅谷あまねを知った。
深窓の令嬢として存在だけを認識し、ただ別次元の偶像だと思っていた女は、厳然と立っていた。
顔の見えないまま向かい合って、ただ隙間から覗く小さな黒のローファーが、佐羅谷あまねのすべてだった。
緞帳をまくり対峙した佐羅谷は、可憐と清楚に苛烈と戦慄を加えた魅力的な女だった。
一言でいうと、おもしれー女だ。
俺が惹かれるのもやむなし。
(最初に佐羅谷と交わしたことばはなんだったっけな)
気づけば机に突っ伏して微睡んでいた。
静かだった。
春のうららかな陽射しが教室の窓から半ばまで手を伸ばし、埃がキラキラ舞っている。何かが始まりそうな予兆。
俺は頭を上げた。
静かだ。
誰もいない?
黒板の上の時計は、すでに放課後を示している。
遠くグラウンドで運動部の掛け声がかすかに耳に届く。
ああ、授業が終わって、寝落ちしていたのか。机の隅に文庫本がある。どこまで読んだか、記憶が曖昧だ。栞を挟んでいない。
部活がないと、こんなに一日が長いのだと、三年になってほんの数日で思い知った。
「帰るか」
文庫本をカバンにしまおうとすると、教室の開いたままの扉に人影が差す。
「くーやん、いるー?」
「九頭川さん、遅刻ですよ」
「さすがです、九頭川せんぱいの大物っぷり!」
ああ、声だけでわかる。
宇代木、ミコト、マコトの順番で教室に入ってきて、俺の机を囲む。なにこれ新手のいじめ? 怖いんだけど。
生徒会でつながりのあるミコトはともかく、今の俺は宇代木やマコトとはもう関わりはないはず。
「なんだよ、おまえら。今さらみんな揃って、部活見学でも行くつもりか?」
「見学する部活なんてないじゃんか」
宇代木は頬を膨らませる。
「今日は、ねぼすけさんを起こしにきたんだよー!」
「ねぼすけとは」
とんだ笑い話だ。
今日は生徒会もないし、部活もなくなった俺に、寝坊を咎められる謂れはない。
「寝言は寝て言いなさい、あなた、自分の居場所も忘れてしまったの?」
跳び上がるかと思った。
真後ろから声がした。
しかも近い。
これは噂に聞くASMR。
脳を直接いじられている感触。
ああ、だがどうしてこんなに快いのだ。
ああ、どうしてこんなに喜ばしいのだ。
佐羅谷あまねがここにいる。
俺の後ろで、姿は見えないが、確かに存在する。
教室で隣に座っている無口で人を寄せ付けない刺々しい女ではない。
昼休みに尖塔で一人読書に勤しむ深窓の令嬢でもない。
見栄っ張りで、負けず嫌いで、少し幼いところもあり、意外と人の評価を気にして、たまに気の抜けた大ボケをかます。
そんな佐羅谷あまねだ。
「箱は一年生が作ってくれたわ」
俺の背後で佐羅谷はことばを続ける。
「ほんとう、まさかこんな形で部活を作るなんて、思わなかったわ。針の穴を通すより難しいトリックね」
さて、何のことだか。
「きっかけは文芸部だったんだよね。なぜか文芸部に入る気のない一団が文芸部にやってきたんだってさー」
「その後、生徒会に押し寄せてきました。ちょうど九頭川さんがいなかったときです。おかげで対応が大変でした。彼らは部員がいなくなった部活に入りたいと言ってきました」
「一つだけあったんだよね、きっかりこの春から無人になった部活~」
「まさか部活動が部員がいなくなっても暫定的に三年間は廃部にならないなんて、ぼくは全然知らなかったです! さすが九頭川せんぱいです! 悪知恵の王!」
俺の前に陣取る三人が代わる代わる話す。マコトはあとで殴る。
そうだ。
部活選びに迷ったら文芸部に来い、とスギオとスギコに言わせた。そして、その連中には生徒会へ行けとさらに言伝を頼んでおいた。
だがこれがうまくいったのは、やる気のある一年生がいるかどうかだった。俺の夜間の一人配信、あの視聴者の中に本気でかつらぎ高校に来て、恋愛研究会に参加したがっている者はいるのか? そこが最大の賭けだった。
三浦に「部活も同好会も停止」と言われた日に、俺は孤独な配信で言った。
『恋愛研究会に入りたければ、相談に乗ってくれそうな部活に仮入部してみろ』
それ以上、言質を取られることは一切言えなかった。
結果的に、賭けには勝てた。
ただそれだけの偶然、運の勝利。
決して俺の力ではない。
「だけど、どうして直接生徒会に行くように言わなかったんですか? あのとき、生徒会として発言はできましたよ」
「生徒会には俺とミコトがいる。部活紹介の場で「生徒会に相談に来い」とは言えないだろ。三浦の目もある」
「なるほど、そうやって一枚緩衝材を挟んだんだねー」
「だけど、居抜きの部活を使って新しい部活を作るなんて、発想が裏口入学とか裏口上場です! やっぱり九頭川せんぱいは敵に回したくないひとです!」
部活を作る裏技、それは無人化した部活を乗っ取ることだった。
恋愛研究会を同好会から部活にするのに、多大な困難があった。信じられないくらい学校の判断は渋かった。
このとき俺は思った。いくらなんでも、ここまで実績があってやる気もある同好会が認められないなら、まったく実績のないボルダリング部が認められたのはおかしいのではないか、と。
神山に尋ねると、思った通りだった。
『実はボルダリング部はね、最初は登山部だったんだ』
つまり、実態はこうだ。
部員がいなくなっていた登山部に、同好会を作って活動していた神山たちが入部し、名前は登山部のままボルダリング活動をしていた。登山とボルダリングは近いスポーツであるので、ぎりぎりおかしくはない。
そして二年になって(正確にはなる前に)、実際の活動内容から名称変更の届けを提出し、認められた。
恋愛研究会は停止させられたし部活になることもできなかった。新しく作ることも、三浦がいる限り許諾されまい。
だが、今ある部活で活動内容が微妙にずれることは?
「不思議な偶然ね、電脳部からちょうど最後の部員だった高森くんが抜けて、写真部に入ったそうよ。そして、電脳部に入った一年生は新しい活動を立ち上げたって」
電脳部はパソコンにまつわることはなんでも活動内容だった。だが元部員はサークルクラッシャー宇代木のせいで散り散りになり、籍だけ残して高森が最後の一人だった。
一年生にとって幸いだったのは、高森が写真部に移籍したことだ。
電脳部は、「使える」。
「部活の内容は、こうよ」
佐羅谷は俺の横を回り、目の前に立つ。
ふわりと春の香りがした。
「昨今盛んになるネット世界での出会いやコミュニケーション、人はどうやって電脳世界で友達を作り、親しくなり、関わり、あるいは愛し愛されるようになるのか? ありとあらゆる人間関係を究明する部活――九頭川くん、電脳コミュニケーション研究部へ、ようこそ。わたしは部長の佐羅谷あまね」
ああ、そうか。
俺が配信で関わってきた本名も顔も知らない新一年生は、こういう落とし所を見つけてくれたのか。
俺が陰でコソコソと可能性を積み上げてきたのは、間違いじゃなかった。
恋愛研究会はなくなったが、進化して発展して変容して、もっと素晴らしい形に生まれ変わった。
「そこに、俺の居場所はあるのか?」
「あなたの居場所なんて今も昔もなかったのだけど」
「おい」
「だけど、一年生が退かないのよ。この部活には絶対に必要な人がいます、って。その最後の一人が、あなたよ。だから、観念しなさい」
恋愛研究会を作るには、確かにこの五人が必須だ。
「九頭川せんぱいがいないとオチが締まらないじゃないですか」
マコトはゲスっぽくかわいく笑う。
「九頭川さんみたいな男手もないよりはマシです」
ミコトはかわいげなく口を尖らせる。
「くーやんはさ、えーっと、よくわかんないけど、欠かせない人なんだよ、たぶん!」
宇代木は焦ったように捲し立てて力強く「たぶん」を強調する。
佐羅谷を見た。
優しい笑顔だった。
すべてに安心して、心を許して、心配事など何もない。
この笑顔を見るために俺は今の今まで尽力できたんだ。
ああ、そうだ。
簡単なことだった。
それ以外、何も要らない。
「ほら、こちらに来なさい。あなたの居場所は、ここでしょう?」
佐羅谷が手を伸ばした。
ああ、そうだ、そうだな。
一年前は差し伸べられた手を握ることができなかった。
だが、今ならできる。
俺は自信を持って、ここに立てる。
佐羅谷の手は暖かかった。
「ようこそ、九頭川くん。これからは部員としてキリキリ働きなさい」
「仰せのままに」
さあ、部活の時間だ。
終章
「ちーっす……」
理科実験室の扉は二つある。
手前には「恋愛相談受付中」の札、奥には「部員専用 入るな」の札。俺はいつも通り手前の扉を開ける。
電脳コミュニケーション研究部、名前は変わって恋愛以外にも扱う範囲は増えたが、それは方便に近く、実質的に恋愛研究会と活動内容は変わらない。特に重視されるのは生徒からの相談で、部屋にパソコンが並ぶパソコン室では活動がやりにくかった。
部費でノートパソコンとタブレットを一つずつ購入し、電コミュ研究部の体裁だけ整えて、いまだに理科実験室を根城にしている。
「こんにちは、九頭川くん」
いつもの挨拶が返ってくる。
今日は一人しかいない。珍しい。
元気印の宇代木も、二年になったミコマコも、この部を作るのに貢献した一年もいない。
「あれ、今日は佐羅谷だけか」
「そうよ。一年生も二年生も校外学習で、天は恋愛相談で出張中」
二年の校外学習、行った記憶がない。保健室登校していた時期か。
「それより九頭川くん、部屋に入るときは部員専用の扉から入りなさいと言っているでしょう」
「別に黒の緞帳があるわけでなし、どっちでもいいだろ」
「よくないわよ。ほんとう、そういうところよ」
「だいたい、文庫本を開いたまま言われても説得力がないぞ。なんだよ、まだラクトガール・イン・ザ・ケミラボかよ。一冊読むのに何ヶ月かかってるんだ」
「これは、だって、その、少しごたついていたときに読んだから、内容が頭に入っていなくて」
俺は佐羅谷から距離を空けて椅子に座る。
すでに暑いくらい晩春の西日が、理科実験室の黒い机を温めていた。
静かな時間だった。
佐羅谷と部活で二人きりになるなんて、いつぶりだろう。
二年生の四月から五月くらい、宇代木が宣伝活動を終えて部活にやってくるまでのわずか一月ほどの期間だ。
だが、俺の恋愛研究会のイメージはまさにこの佐羅谷あまねが一人静かに読書する、ただそれだけの空間だ。
相談者として隣にいることを許可されて、この瞬間だけは彼女を占有できることを至上の喜びとして一人心を昂らせていた。愚かなことだ。
今は同じ部員として、存在を許されている。
じっと佐羅谷の整った横顔を見つめていると、ため息をついて本を閉じる。
「そんなに見つめられると気が散って仕方がないのだけど。なあに?」
俺と佐羅谷はここで出会ったのだ。
だったら、ここはまさに運命を決するに値する場所ではないか?
折よく、今日は他の誰にも邪魔されることがない。
魔が差したのかもしれない。
心地よい環境を破壊してでも、俺はことばが欲しかった。こころが欲しかった。
「そういえば!」
うわずって大声になってしまった。
なにが、そういえば! かわからないが、雑談ではないとわかればそれでいい。
俺は佐羅谷の向かいに移動して、正面から向き合う。
「俺の恋愛相談は続いてるんだよな」
佐羅谷は目を瞬かせた。
ポカンと開きかけた口を結んでにこりと笑う。
「言ってみたら? あなたの恋愛相談、乗ってあげるわよ?」
わかっているくせに、佐羅谷は俺から話させようとする。いいだろう、望むところだ。
「モテたい」
「くたばれ」
言い合って、しばらく見つめあって、二人同時に破顔大笑する。
ああ、そうだった。
俺たちの関わりは、こうして始まった。
「ああ、おかしい。もうあなたはいくらでもモテてるじゃない。今さら相談もないでしょう」
「確かに俺のことを知って、俺を恋愛対象に含めてくれる女子の知り合いは増えたかもしれない。だけど、違うだろ」
「なにが違うの」
「俺は、ある特定の人からモテたい」
「それは、モテるとは言わないのよ」
確かに。
よくよく考えると、モテるなんて本当に意味のないことだ。一年前の俺の頭をはたいてやりたい。人生で大切なことは、たった一人自分を愛してくれる人と愛しあえること。それ以外なにも要らない。そんな簡単なことに気づいていなかった俺は愚かだ。
不特定多数にモテたところで、心が満たされることはなかったんだ。
「いいわ、いちおう聞いてあげる。その人と知り合ったのはいつ? どのくらい近くにいるの?」
「知り合ったのはちょうど一年前くらい。放課後もほぼ一緒にいるな」
「連絡先は交換してるのね? 取り止めのない会話はできるかしら? そもそも、あなた用事以外で女子と会話ができるの?」
「おかげさまで用事がなくても会話はできるようになったよ。連絡先も知ってる」
「そう、捨てアカでなければいいわね。じゃあ、休みの日に二人きりで出かけたことはあるのかしら」
「ある。何度か。あれはデートだった」
「あれはデートなのかしら」
「なんだって?」
「なんでもないわ。続けて」
続けろと言われても、なにを話せば良いのか。
「そうね、告白はしたの?」
「し、」
「し?」
「したような気がする」
「どうしてそこで曖昧なのよ。ほんとう、これだから九頭川くんは……」
そうだ。
あれは文化祭の配信中、沖ノ口に強制される形で好意を伝え、あえなく撃沈した。当たり前だよなあ。
「それでどうしたの? 断られた? ブロックされた? 殺し屋を呼ばれた?」
「なにもねえよ。本気にされなかったってのが真実だと思う」
「そう、事実を受け入れるのがつらいのね」
「俺を可哀想な子扱いしないでね?」
なんて楽しい茶番だろう。
こんなバカな話ができるくらいに、一年間で俺と佐羅谷は近づいた。
ひと通りくすくす漏らしたあと、佐羅谷は咳払いをした。
「話をまとめると、その人は九頭川くんの好意には気づいていて、憎からず想っているんじゃないのかしら? 今のまま押し付けがましくない程度に関わっていれば、いずれ振り向いてもらえるんじゃない? 三十年後くらいに」
「おせえよ! せめて十年後くらいにしてくれよ! その年だと子供も持てないだろ」
「焦っちゃダメってことよ」
「焦るわけじゃないけどよ、怖いんだよ。この想いは本物なのに、相手に伝わってるのかどうか、冗談だと流されてるんじゃないか、本当は嫌いなのに、気を遣ってうやむやにされているだけなんじゃないかって」
俺の慟哭が聞こえるか。
うつむいて強く握った拳を細めた目で眺める。ダメだ。涙が出そうだ。
「まったく、わがままなんだから」
佐羅谷の声が近い。
額に細い指の感触。
顔を上に向けさせられた。
目前に佐羅谷の艶っぽい困り顔があった。
「そうね、確か九頭川くんは早く結婚して家庭を持ちたかったのだっけ? じゃあ三十年も待つのはかわいそうね」
本気で三十年を考えていたことが驚きだよ。
「わたしでいいかしら?」
「は?」
「そうね、これから一年、もし目当ての人と付き合えないのなら、そのときはわたしが責任をとってあなたに一生付き添ってあげるわ」
一瞬、理解に間があった。
理解して、佐羅谷の手を掴みそうになって、なんとか理性で抑えつける。
「いいのか、それで。むしろ願ったり叶ったり、あ、いや、責任を取って結婚してもらうぞ?」
「そう言ってるじゃない。あ、そうだ。もちろんだけど、一年後、お互いに彼氏彼女がいなければ、だから」
「彼氏彼女?」
舞い上がった心が急速に冷静になる。
「そんな、俺に一年後も彼女ができないのは既定路線だが」
「既定路線なんだ……」
「佐羅谷は男なんて全人類から選び放題じゃねえか。こんな約束、結局、俺が一人で一年後寂しく卒業していく様子しか思い浮かばないぜ!」
絶望だ。
俺はもう少し佐羅谷に好かれている目もあったと考えていたのだが、どうやら思い違いだったのか。佐羅谷は俺のことを遊び相手くらいに見ていたのか。
再び意気消沈する俺。
「あら、知らないの、九頭川くん」
佐羅谷は悪戯っぽくほほえみ、人差し指を唇に当てる。
「佐羅谷あまねは、誰も好きにならないのよ」
よく知られた事実だ。
佐羅谷あまねは誰の告白も好意も受けない。今まで何人もの男子が、ガラスの尖塔で告白して撃沈している。
いや待て、誰も好きにならないということは、誰とも付き合わないということで、だとすると一年後に彼氏がいることもない……?
「佐羅谷、それって!」
顔を上げると、佐羅谷の柔らかい笑顔が見えた。
夕暮れの太陽を背に、少し影になった温かい表情。
緑がかった瞳が、遠くの光を写してゆらゆらと揺れる。気負いの抜けた、心をとろけさせるような自然な笑顔。
ああ、そうだ。
俺はこの笑顔が大好きなんだ。
(完)
長らくのお付き合いありがとう。
これにて『佐羅谷あまねは好きにならない』は完結。
思えば2019年の末に『やはり俺の青春ラブコメは間違っている』(以下『俺ガイル』)の切り抜き動画を見てから、俺ガイルにハマり、自分なりに解釈して自分にとっての俺ガイルを書こうとしたのが、この執筆の原点だった。
だから、俺ガイルのパクリと言われるのはむしろ願ったりかなったり、ありがたくも申し訳ない。
気づけば書き始めてほぼ4年。
当初から夢想していた夏休みのリゾートバイトや文化祭、スプラトゥーンの体育大会、奄美大島の修学旅行など、まさか本当に書けるとは思っても見なかった。
自分では初めての長編で、きちんと最後まで、しかもほぼ想定した通りに書けたのは嬉しかった。
文庫本で8冊、アニメ1クールを想定した分量だ。
暇なときにでも読んでいただきたい。




