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01 彼女の目指すもの

「流石でございますなぁ」

「まったくもって。エヌマリシュ伯爵も鼻が高い事でしょう」

「いえいえ、私などまだまだでございます」

「またまた、謙遜も時には嫌味となりましょうや」

 褒め称える言葉が途切れることなく浴びせられる。言葉を尽くした称賛の数々を耳に、思わず口元が緩む令嬢が居た。

(あぁ、とても気分がいいわ)

 身体の中がぽかぽかする。この幸せを他の人にもわけたいくらいだと彼女は思った。

 そんな幸せな気持ちは、次の瞬間にぶち壊された。

「まさかお前が偽物だったとは! 聖女を騙り、国を騙した罪は大きいぞ!」

 絢爛豪華な大広間。ありとあらゆる人が集まっている最中、ヒステリックな叫び声が一人の伯爵令嬢の耳に届いた。

 暖かな気持ちを一気に冷やす言葉。それは鋭利なナイフのようで、賑やかだった大広間はシンと水を打ったように静まり返る。

「……は?」

 ちょっとなにいってるかわからない。

 そう思ったのは誰だったのだろう。

 大広間に集まった人達か、壁に並んだ騎士達か、はたまた指差された伯爵令嬢か、あるいはその全員か。

「何を仰っているのか、学の足りない私には分かりかねますが」

 その場の誰しもが苦笑する。なんと盛大な皮肉だろうか。

 なにがどうなってこうなったのかしら――

 目を遠くさせながら、指差された令嬢ロレーヌは過去に記憶を飛ばした。






 ちやほやされたい。

 幼少期のロレーヌ・レ・エヌマリシュ伯爵令嬢は思った。五歳の小娘の妄言。全てはそこから始まった。

 別に両親に愛されていないわけではない。ちょっと妹の方が可愛がりされているが、ロレーヌだってきちんと愛されている。

 だが、愛されていることとちやほやされることは違うのだと、妹のシフォンを見ていると思う。

 シフォンは些細なことで褒められ、愛でられ、ヨイショされる。

 それを羨ましいなんて今まで思ったことなど……

「何度もあるけどもっ!」

 けれど、それはある意味仕方がないこと。

 身体が弱く、何も出来ない妹。

 貴族ならば誰にでも出来る簡単な魔術の一つも使えない妹。

 外に出ることも出来ず、遊ぶことも出来ず、ただ死を待つばかりの妹。

 もう、両親も諦めていたのだろう。だからこそ、シフォンの身辺は優しい世界に包まれていた。

 少しでも何かが出来れば褒めた。叱る事も、教育も施さず、ただただ甘やかした。

 とても優しい虐待のよう。

 ロレーヌはその様子を見て思った。

「私だって、ちやほやされたい」

 いや、そう思うのは違うだろうと。ある程度時が経てば分かるだろうが、当時のロレーヌが思ったのはそんなことだった。

 さて。

「ちやほやされるにも種類があるわよね」

 ちやほやとはなんぞや。まずロレーヌはそこから考える。

 その行為自体を考えるのはとても簡単だ。相手の機嫌をとるような行為をいう。

 しかし、ロレーヌの言いたいことは違うのだ。

 打算での機嫌取りにどれだけの価値があるだろうか。容易に言葉を撤回する称賛になんの意味があるだろうか。されるなら、全力で、本気で、褒められたい。

 男にちやほやされたいのか、女にちやほやされたいのか、家族にちやほやされたいのか、貴族に、民に、子供に、老人に、領地で、国で。どこを対象にちやほやされたいかでとるべき行動は変わる。

 ちやほやされるためには何をするべきか。より多くの人にちやほやさせるためには何をするべきか。

 ロレーヌは指折り数えながら考える。

「一。何か褒められることをする」

 褒められる行動をとればいい。だが「褒められること」と考えても漠然としすぎていて、何もイメージが固まらない。望む方向には違いないが、もう少し具体性が必要だ。

「二。悪女よろしく、男性の心を奪う」

 却下だ。傾国の魔女になるつもりはない。それに、一妻多夫など無駄極まりない。愚の骨頂とすら思える。見目麗しい方々に言い寄られ口説かれるというのは憧れないわけでもないが、周囲の女性からは批判的に見られるだろう。女の世界で女を敵に回すべきではない。

 種の繁栄を考えても、母体が一つしかないのに種だけあっても仕方がない。

 逆に一夫多妻は後継ぎを作ることに焦点を当てられているので、有りと言えば有り。わざわざ批判することでもない。王族であればむしろ一夫多妻の方が推奨されよう。

 それでもロレーヌは一夫一妻こそが至高と考えている。産めや増やせやの時代は終わったのだ。

 子供とはいえ伯爵令嬢であるロレーヌは、既に下の話にだって一定の理解があった。勿論大雑把な知識だけで実際どうこうというのは知らない。種を増やすということは動物の本から教わった。

「三。女性の取り巻きを作る」

 少人数にちやほやされたいのならこれも良い。……のだが、実際問題それは難しい。

 ロレーヌは所詮伯爵令嬢である。同年代に公爵令嬢がいるのに、わざわざ伯爵令嬢に媚を売る必要性は薄い。媚を売るならより上位の相手であるべきだ。

 それに、そういったグループは利が薄れたと思ったら直ぐに離れ、逆に批判めいた事を言い出すのが世の常だ。

 取り巻きの性格によっては他人の印象も悪くなることがある。

「四。とにかく成功する。例えば……商売」

 お金は大事だ。だが伯爵ともなる貴族が、それも令嬢が商人のようなことをするのは体裁が悪い。貴族の仕事は領地経営。そこで有力な商人と繋がりを得て支援し、儲けを得るのは良い事だと思うが、基本的には領主の仕事だ。

 伯爵令嬢の役割ではない。

 それに商人というのは意外と敵が多いと聞く。

 ロレーヌが目指すのは完膚なきまでのちやほやである。

 右も左も、老若男女、平民貴族に関わらず全員にちやほやされたいのだ。

 で、あればどうすればよいのか。

「成功を収めるというのは悪くないわよね」

 問題は何を成功とするかだ。

「褒められることであればなお良い。ぱっと見で全員から好印象を与えられるものであれば更に良い」

 ロレーヌはおとぎ話の本を手に取り、パラパラと捲る。称賛を受けた物語から批判的なもの、賛否両論まで、数多の物語が収められている。

 魔を滅ぼした勇者。

 王を救った騎士。

 戦争で大いに活躍した兵士。

 幻獣に気に入られた清らかな乙女。

 国を堕とした傾国の魔女。

 王子の心を射止めた平民。

 どれもこれもコレジャナイ感が強い。そういうのじゃないと思いながらページを捲る。

 画期的な薬を開発した薬師。

 医学を発展させた老人。

 魔術を発展させた老婆。

 全てを癒して回った聖女。

 ピタリと指が止まる。

「……聖女。聖女かぁ」

 聖女。遥か昔に実在したと言われる、特殊な属性の魔術を使える女性。

 聖女は世界を救ったわけではない。それは勇者の仕事だった。

 聖女は魔物から国を守ったわけではない。それは騎士や兵士の仕事だった。

 聖女は国を出て行ったわけでも、荒廃させたわけでも、隣国の王子に嫁いだわけでもない。

 聖女は傷ついた人、病に侵された人を次々と癒していっただけ。

 だけと言うには凄すぎる功績であり、結果的に国に保護されるような形で話は終わっているが、それはどう考えても、誰が見ても褒められることのはず。

 聖女なら誰も文句を言わないのではないか。誰もがちやほやしてくれるのではないか。

「聖女……なら、いいかな」

 さて、方向性は決まった。次に決めなければいけないのは、どうやったら聖女として認められるかだ。

 小さい少女が「聖女になりたい」と言うだけなら、なんと可愛らしい願いだと微笑ましく思うだろう。

 しかし、ロレーヌは何も知らない無垢な少女ではない。

 聖女の話はおとぎ話になるほど有名だ。しかし決して幻想ではなく、実話。それを否定する大人はいなかった。

 聖女は何をなした?

 人を救った。病を打ち払った。怪我を癒した。聖女が魔術を使う時、神々しい銀色の光が周囲を照らし、どんな傷も関係なく癒したと言われている。聖女の光は遍く者を癒すのだ。それはそれは幻想的で、その特別性から聖女の使った光は魔術ではなく『魔法』と呼ばれると同時に、扱う属性についても聖属性と呼ばれるようになった。

 しかし、最後は病に倒れた。他者は癒せても、自分は癒せなかったのだ。

 ロレーヌは聖女ではない。特殊な属性が必要な聖女になることは不可能。ならばどうすればよいのか。

「……人を救うには」

 病なら薬の知識で代用出来る。薬が効かなくても気持ちを明るくさせる事で快復したという例もある。

 怪我なら魔術で癒せる。治癒魔術も発達しているし、手遅れでなければ大抵の人は治療出来る。

 どちらもある程度完成した医療。しかし、どちらも兼ね揃えている人は殆どいない。

 薬学なら薬学で、魔術なら魔術で。極めるにはどちらかを選ぶべき。それが常識である。

 医学を学ぶ者は高い教養を持っているにしても所謂平民が多い。裕福な平民とはいえ学ぶにはどちらか片方が限界で、どちらかといえば魔力を使わない方に偏っている。

 勿論貴族にも医者は居る。主に領地を持たない名誉貴族なのだが、彼らは魔力を平民よりも多く持つがゆえに魔術方面での医者が多い。

「薬学も、治癒魔術も、どちらも高いレベルであれば、聖女になれるかな?」

 それは子供の妄想に等しい。どんなに頑張っても、聖女になどなれやしない。

 でも、それに近付くことは出来る。聖女を模した行動は取れる。

「それに、もしかしたら」

 死に向かうだけのシフォンも、助けることが出来るかもしれない。

 聖女を目標とするに辺り、そう考えるとなんだか力が湧いてくる。

 ロレーヌもやっぱり、妹を愛する家族の一員なのだった。





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