〈3〉不機嫌と噂の人
騒動となってしまい、2人は再び学院長の部屋に呼び戻された。朝よりも青さを増した顔の学院長は、カイルにひとしきり平謝りを続けている。
「カイル殿下……! たいっへん、申し訳ありませんっ! 彼女は普段は非常に優秀な生徒なのですが…」
「気にしないでください。ケガもないですし、原因は私にもありますから」
「あ、あの、このことは陛下や宰相殿には……」
「あ〜、いちいち報告したりしませんから、安心してください」
学院長のあまりの腰の低さに、ジルフィアは呆れてしまう。
ランドル王国では何百年も続く王政の中で、身分階級は絶対という価値観が身分問わず無意識下に刷り込まれていた。王国内でもっとも権威ある教育機関の長にも関わらず、結局は権威に逆らえない学院長は、この王国においてはいたって普通の姿なのかもしれない。だとしても、だ。
「情けな……」
思わず口から本音がこぼれ出てしまったジルフィアを、学院長はキッと睨みつけた。
「ランスバード君っ! そもそも禁止されている校舎内で魔術を行使した上、その相手が王族だったんだぞ! 本来なら謹慎や退学だが、カイル殿下の恩赦により罰がないことを分かっているのかね!」
「私は別に、退学でも構いませんが? そうなれば困るのは学院長でしょうに、何を今さら」
「ランスバード君っ!!!!」
「辞めてもいいの? ジィーは嫌々学院に入ったってこと?」
唐突に会話に割り込んできたカイルの呑気な態度に、ジルフィアも感情をむき出しにしてしまう。
「あなたに関係ないって言ってるでしょう!」
「ランスバード君っ!!!!!!!!」
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結局、学院長が飛び級の話をなかったことにすると半ば脅しを持ち出し、ジルフィアは渋々謝罪の言葉を口にし、2人が解放されたのは1限目の学科授業が終わった後だった。2限目の実習授業を受けるためそのまま回廊の西側に面した広大な実演場に向かう。すでに学院中では、事実と違う内容の噂で持ちきりだった。
「聞いたか? あのランスバード嬢が編入してきた王族をぶっ飛ばしたらしい!」
「相手は“あの”王子だったんだろ?」
「ざまぁみろだな」
「俺も彼女が描く美しい陣を見てみたいなぁ…」
「彼女って普段から大人しいよな。よほど嫌なめに遭わされたんだろうか…」
「やはり彼女の美貌と実力だと、ルード殿下の妃候補という話は本当なんじゃ…」
「処罰がないってことは、原因は王子の方にあるってことか?」
「噂は本当だったんだな、─才なしの堕ちぶれ王子ってのは」
ジルフィアは噂話にまったく興味がない。むしろ、自分が意図しないかたちで“中心人物”になってしまったことにウンザリしていた。その様子を、隣に立つカイルは心底興味深そうに、心なしか少し嬉しそうに見つめている。カイルは別の理由で噂の“中心人物”だったのだが、ジルフィアは一切気づいていなかった。
この王国、とりわけ貴族の中で、一つの噂があった。
カイル第一王子は、王族でありながら魔術がまるで使えない“才なし”なのだと─────。