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〈1〉不機嫌のはじまり

陽が昇り、回廊の柱の影が美しいコントラストを描く朝─。

登校時間を迎え、学院内は集い始めた生徒たちで賑やかだ。


喧騒の中をただ一人、足早に歩く彼女に周囲は視線を巡らせ、思い思いに言葉を発している。



「あぁ、今日も麗しいな」


「聞いたか、3層陣試験を一発でクリアしたらしい」


「卒院したら間違いなく師団に登用されるんだろ?」


「あんなに優秀なのに、平民出身の噂は本当か?」



周囲の好奇に満ちた視線を気に留めることなく、軽快に靴音を響かせ一心に廊下を進んでいく。


彼女は院長室の扉をノックし、苛立ちの混ざる声をあげた。



「高等部1階生 生徒番号13、ジルフィア・ランスバードです。入室の許可を賜り願います」



部屋の中から、気弱そうな男の声で「入室を許可します」と返答が返ると同時に、ジルフィアは目の前の重たい扉を押し開け、部屋の奥にいる学院長に向かって進み出た。



「ご用件は?」



ジルフィアはそっけない。一体、朝から何の用事だというのだ。わざわざ呼び出されるような不始末は絶対にしていない。むしろ、細心の注意を払って問題を起こさないよう努めてきたのに─。ジルフィアはわざわざ自分を呼び立てたことへの不服を隠そうともしなかった。


学院長は、ジルフィアが不機嫌な理由を何となく察していた。扱いづらい生徒に頼みごとをしなければならないことにすっかり負い目を感じている。学院の(おさ)に対する態度にしては敬いに欠けているジルフィアを咎めることなく、話を切り出した。



「じ...実はランスバード君にお願いしたいことがあってね」


「何でしょうか」


「今日からこの学院に編入生が来るんだが、君に指導役を任せたいんだ」


「他にも優秀な生徒はいますし、先輩方でもいいはずです。なぜ私に?」


「きっ、君がこの学院で最も優秀だからに決まってるじゃないかっ」



学院長の額に、じんわりと汗が滲んだ。ジルフィアは学院長の真意を推し量るように鋭い眼差しで睨みつけた。



「だいたい、学期途中の編入なんて制度あるんですか? この学院に」



そもそも、ここランドル王国では、魔術の知識、技量によってのみ身分階級が分けられており、魔術を扱える者は王族・貴族に限定され、12歳を迎えると全員が一律でこの王立魔術学院に入学させられる。卒院後は全員が王直属の機関に配属され、王族の身辺警護を司る魔術師団を筆頭に宰相や政務官といった(まつりごと)までもを担う。魔術の才能はほとんどが血統に起因しているため、貴族の子供は生まれた時点でこの学院への入学が約束されていた。途中入学となれば、貴族の落胤(らくいん)か、突然才能に目覚めた稀有な存在でもない限りまずいないし、そんな特殊な環境で育った子供が、権力保持のために創立されたこの学院で、上手く馴染めるとも到底思えなかった。証拠に、自分自身が経験してきたからよく分かる─。



「異例に決まっているだろう? 編入生というのはカイル殿下なんだよ...」


「...カイル殿下とは?」


「......君、さすがに王族の名前くらいは知っているかと思っていたんだが......はぁ」



あからさまに呆れられ、さすがにムッとするジルフィア。



「で、誰なんですか、そのカイル殿下というのは」


「いずれは王位をお継ぎになるカイル第一王子殿下だ」


「............おうじぃ?」



ジルフィは王政にまったくといっていいほど関心がなかった。王族の名前、ましてや国王陛下の名前すら覚えていない。卒院後、王宮の身分階級の中で如何に上の立場になれるか日々互いに競い蹴落とし合っている他の生徒たちであれば、陛下の好きな食べ物、王妃の最近ハマっている茶葉の銘柄まで話題にすることだってある。日々他者と優劣をつけ、目上の存在に隙あらば取り入ろうとする生徒たちのことが、ジルフィアは嫌いでならなかった。


それでもさすがに、編入生が王子で、面倒見役が自分に降ってきたことに驚く。だいたい、王族の中でも王位継承権を持つようなお偉い人間ならば、学院など入らずとも優秀な魔術師が専属で幼少の頃から指導にあたるのではないのか?


ジルフィアが抱いた疑問に、学院長は言葉を濁す。



「とにかくまぁ、あれだ…。殿下が学園に慣れるまでの案内役だと思って……」


「…………………どうせ、お偉い人に面倒ごとを押し付けられたのを私に丸投げしたいんでしょう?」


「まっ、まさか! 学院時代に王族の方と知り合える機会なんて滅多にないからなっ…! 成績優秀者のランスバード君にも良い機会になるとおっ、思ってだな…………!」


「へぇ………」



学院長の白々しい態度に、ジルフィアの視線は冷めきっていた。


だいたい、ジルフィアが王族の知り合いやコネなんてこれっぽっちも望んでいないことは、学院長も知っているはず。ジルフィアの中で、身分の高い人間は自身の保身や競争相手を蹴落とす噂話に五月蝿い連中という認識だったし、貴族の子供である他の生徒たちとも、普段から関わりを避けていた。指導役だか案内役だか知らないが、何か“裏”がありそうな話を、簡単に引き受けるわけにはいかない。



「もっ…もし引き受けてくれたら、君が以前から希望していた“飛び級”を教育庁に申請してもよいのだぞ?」


「本当ですか!?」



“飛び級”という餌に、態度をコロっと変え、ジルフィは満面の笑みで飛びついた。


一刻も早くこの学院を卒院するために、15歳で“編入”してから現在まで、常に上位の成績を(おさ)め、自分の要望が叶う優位な立場にいられるよう心血を注いできた。学年があがるたびに、学院にこっそり飛び級の申請も出したが、毎回「前例がない」「上の許可が降りない」という曖昧な理由で破棄されてきた願いが、ようやく叶おうとしている─。


ジルフィアにとって、またとないチャンスだった。



「たっ、ただし!くれぐれも無礼な行為や言動がないように」


「自分が上に怒られたくないからでしょう?」


「………………!」


「言われなくても穏便に済ませますよ。で、そのやっかいごとのタネはいつ来るんですか?」


「はぁーい、今日からお世話になりまーす」


「!?」



振り返ると、扉の側にニコニコと微笑む、覇気のない青年が手を振りながら立っていた。

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