第0記 日々/ただただ日常、されど真に至る前日談
箸休め的に第0記。
おい、どうなってんだよ……
どうしてよ……どうして私が……
まあどうするかは……
これは……俺が決めたことだ……
「……、なんだろう、今の」
2314年11月末日、とある朝の、神奈川のとある天原市内の町、
そこの神社に住む少年、四木虹夢は謎の夢を見たことで、
気持ち良いとも気持ち悪いとも違うなんとも言えない感覚に襲われながら目を覚ました。
「まあいいか……あ」
のび〜と身体を伸ばし、ふと横を見ると乱雑に脱ぎ捨てられた洋服がそこにあった。
「……今日は洗い」
面倒くさそうな顔をしながら虹夢は呟く。
そして微妙に雑だが畳んでおいてある服をとって着替え、虹夢は外に出た。
「さてとごはんは……やっぱあそこにしよう!」
そして朝はどこで食うかを考え、しばらくたって行き先を決め、そこへ向かった。
向かった先は、精肉店兼焼肉店、充豚苑。
虹夢は時々ここで飯を食っていく。
ついてそうそう虹夢は鈴の音を鳴らしながらドアを開ける。
「お、いらっしゃい虹夢くん!」
「こんにちは松のあばさん」
「おば!?」
出迎えたのは店員(吸血鬼、虹夢はそれは知らない)の桜木 松。
桜木は虹夢に気づくと微笑みながら声をかける。
桜木に声をかけられた虹夢も松に声をかけた。ただしおばさんといったことで松に精神ダメージ。
「おば……こほん、虹夢くん、手洗いは? 消毒は?」
「あ、まだだった」
「即刻行ってきなさい」
「はーい」
気を取り直した桜木に、手洗いと消毒を行ったか聞かれ、まだそれを行っていないことに気づいた虹夢。
直後に桜木に促されたこともあり即座に手洗いと消毒を行った。
「ごちそうさまでした!」
「お粗末様でした! またね!」
その後、食事を終えた虹夢は桜木に見送られながら充豚苑をあとにする。
「……髪切ろうかな?」
少し、髪が気になり、いじってみると長く感じたので、
虹夢は髪を切ってもらうため、理髪店にいくことにした。
そうしてついたのは理髪店スクル。
店長の巣久留 刹がほぼ一人で経営している理髪店である。
「お、そろそろ来ると思っていたよ」
虹夢が訪れると、巣久留が出迎えた。なんとなく虹夢が来る頃だと察していたようだ。
虹夢は巣久留に案内されるがまま椅子に座り、巣久留は髪の手入れを始めた。
髪の手入れが行われている間、虹夢と巣久留はつい最近のことなど、他愛もない話をしていた。
「……問題なし」
「どうかした?」
「いえ、何も……」
ただ、時折り巣久留は何かを確認しながらであったが。
理髪店スクルを出たあと、虹夢はファッションセンター相川へ来ていた。
虹夢はたまにここに売れ残りそうな服を貰いに行っている。
因みにほぼ一族経営。
「ん? おお来たか虹夢君!」
「こんにちは〜」
虹夢が来たことに気づいた店長、相川来根太が声をかけ、虹夢もそれに反応する。
「あ、でも今回は売れ残りの服はないよ」
「あ、そう? じゃあ今日は帰る」
「気をつけて」
しかし、売れ残りの服はなかったので、
用がなくなった虹夢はすぐさま踵を返して別の所へ向かう。
「……ふう、どうにか終わったな」
バアアアアアアアアアアアアアンン!!!!
来根太が虹夢が去って安心したところで、
不安原因そのものである相川愛子がドアを思いっきり蹴りながら開けて出てきた。
「お父さん! 虹夢くんどこ!?」
「もう帰ったよ」
凄まじい登場の仕方をした開口一番虹夢がどこにいるか問う愛子。
父である来根太は声色ひとつ変えずにただ帰ったことを告げる。
「く、この愛子、虹夢くんと遭遇する絶好の機会を逃すとは……! というかお父さん! 虹夢くんが来るのわかってて私をここから一番遠い所の仕事任せたでしょ!」
「なんのことかな?」
「とぼけんな!」
この愛子、仕事はこなすがおよそ三ヶ月ほど前に虹夢を見かけてからというもの、
虹夢に見惚れ、自分がデザインした服を着てもらおうと画策している。
それを知り面倒だと思った来根太は、できるなら愛子と虹夢を出会わないようにさせていた。
今回は愛子を今いる場所、いつも虹夢が来る場所から離れた位置で仕事をさせることでエンカウントを防いだ。
「あーあ、また服着てもらうの遠のいたな〜」
「……おそらくは永遠に無理かもしれない」
虹夢と遭遇できなかったことにより、少し項垂れる愛子。
しかし諦めている様子はない。
そんな彼女に来根太は”永遠に無理かもしれない”と呟く。
「どうして? 金がないから?」
「いや、金はある、時折り何者かが生活費を置いていくそうだからな」
何故無理なのか、金がないからと首をかしげる娘に来根太は虹夢から聞いたことを交えて否定する。
「じゃあどうして?」
「……あまり使いたくないんだろうね、きっと」
生活費が置かれていると聞いてなおさら何故と思った愛子。
来根太は使いたくないんだろうねと答えた。
虹夢君は一人で生きていけることを示したいから。
という台詞は飲み込んで。
ファッションセンター相川を去ったあと、虹夢は自分を雇ってもらってる中華料理店、ヒロモトへ来ていた。
「来たな、虹夢! 早速準備だ!」
「うん!」
店長の号令で虹夢も気合を入れ、仕事にかかる。
途中危なっかしい所はあったが、その日の仕事は何のアクシデントもなく終わった。
「ふう、終わった〜」
「お疲れさん」
仕事が終わり、ほっと息を吐く虹夢に、店長は水を渡す。
「ふう……前みたいな失敗はしなかった」
「またか……」
虹夢が言った前のこと、とは、ヒロモトで働き始めた当初のことである。
虹夢は料理を落としてしまったのである。
その時は店長がすぐに対応しなんとかなったが、
今でも虹夢は気にしている。
「あれはちょっとした事故だ、気にすんなよ」
「でも……」
「失敗引きずるだけじゃ、強くはなれない、ぞ?」
「……わかった」
気にするなと店長に言われた虹夢は、まだ納得仕切れてはいないが、言われた通り気にしないようにすることにした。
その日は余った野菜をもらって神社に帰った。
「……さて、いつまで続くだろうか」
その背中を見て、店長は呟いた。
その日、虹夢は夢を見た。
「く……うおおおおおお!!」
竜が己が身体で、向かってくる敵を切り捨て、はたまた貫き撃ち抜き、蹴散らしていく様を。
そして、どこか悲しくも感じる咆哮をあげる様を……。
「……なんだろう、今の」
次の日、起きた虹夢は着替え、いつもの日常に投じる。
ごぽぽ……
ぼぉうう……
「……」
この時、虹夢は気づいていなかった。
海の水面から上がる泡に。空から漏れる炎に。
自らを見つめる赤い瞳がもう近くに存在していたことに。
そしてこの後々に、人生が大きく変わる出来事が起こるなど、虹夢は知る由もなかった。