プロローグ
――二XXX年六月一〇日――
~地下列車内~
「もう少し、きつく巻いても良い……かな」
薄暗い地下のトンネル。
その長い道のりを、列車が音を立てて進んでいく。
「あと少しで、終わるから」
なんて言葉を掛けながら、床へ直に座り向かい合っている男の足の手当てをしているのは畑山 桜。
慣れない手つきではあるが、なんとか男の足に包帯を巻き付けている。
「……ん」
一方、そんな桜のおぼつかない動作をじっと見つめる男。
桜の弟でもある畑山 大和は、手当てしてもらっている自身の足と、姉である桜の不慣れな手つきを黙って見据えていた。
二人の間に流れる無言の時間。
きっと、お互いよほど疲れていたのだろう。
手当てをしているという事もあるが、明らかに二人の身体は、鉛のような重さのよう。
大和に至っては、もはや言葉を紡ぐ事さえつらい様子。
薄汚れた列車に違和感がないほど、二人の見た目もボロボロで、あちこちに擦り傷などの負傷が見受けられていた。
「っ! ぃってぇ……」
そんな中、突如列車が大きく揺れた為、大和が思わず声を上げる。
「あっ、ごめっ! ……」
大和の声と列車が揺れたことで、反射的に慌てて包帯から手を離した桜。
丁度巻き終えたタイミングではあったので足の包帯が緩むことはなかったが、桜は思わず大和の顔を見てしまう。
「……。いや、大丈夫」
負傷中の足が引き攣ったのか、顔を歪ませながら返事をした大和。
姉である桜にこれ以上の心配を掛けないよう、歪んでいた表情を和らげてからもう一度、静かに言葉を落としてみせた。
「大丈夫だよ。ありがとう」
弟である大和なりの、精一杯の優しさ。
きっと、桜が大和の話を聞いているうちに、だんだんと怒りが込み上げてしまっているのを見抜いたのだろう。
感情を押し殺しながら手当てをしていたからか、はたまた本当に傷心しきっていたからなのか。
無意識に指先へと力が籠っていた桜の指先は、小刻みに震えていた。
「まあ、そんな訳で。俺は足を負傷して、その後はねぇちゃんが見た通りだよ……って、何でねぇちゃんが泣いてんだよ」
なんて大和は言いながら、呆れたように桜が流していた涙を指で拭った。
――だって、そんな事があったなんて……――
先程の痛みが桜のせいではない事くらい、本人が一番分かっている。
それでも桜が無意識に涙を流した理由。
それは、まさか自分の弟がそこまで壮絶な思いと体験をしていたとは、思ってもいなかったから。
姉として、家族としてその場にいなかったが為に何も出来なかったもどかしさ。
どうする事も出来ないどろどろした感情が、桜自身の中でどんどん渦巻き、喉の奥から溶け出し飲み込まれてしまいそう。
「……っ」
再び溢れ出しそうになる涙を隠す為、桜は僅かに俯いて、込み上げてくるものを押さえ込んだ。
「……それで。ねぇちゃん達、黄宙高校はどうだったの?」
弟の大和が通っている学校、青界高校での出来事があまりに想像を絶するほどの内容だった為、すっかり己の事は二の次になってしまっていた桜。
「えっ」
なんて思わず聞き返し、目の前にいる大和へと再び顔を向けた。
「だから、俺達の学校での出来事はこれで全部だから。……黄宙高校では、何があったの?」
先程一瞬だけ見せた柔らかな表情は既になくなり、再び無表情となっていた大和。
目の前にいる桜の事をじっと見据え、静かに待っている大和の表情を受けて、ようやく桜自身も身に起きた事を思い出す。
――……ああ、そうだ。私も自分の高校で、ついさっきまで全く異なる……でも、やっぱり同じような、命懸けの事を経験してきたんだった――
「輝は……、どうだった、の?」
なんて、思わず震えながら話題を振った相手。
それまで、まるで気配を消していたかのように列車の連結付近で二人のやりとりを見据えていた、一人の制服姿の男へと投げ掛ける。
「……別に、何も」
そう言って、ぶっきらぼうに答えた里中 輝。
桜が大和の話を聞きながら手当てをしている間、輝はずっと、静かに二人の様子を見据えていた。
しかし突如話を振られた輝は、まるでそこに誰もいなかったかのような態度で、一言声を発するとそのまま隣の車両へと消えてしまった。
「……。ねえ、輝さんって、あんなだったっけ?」
あまりに輝の今の態度と、二人を見据えていた時の氷のような瞳が中学の頃と違い過ぎて、大和は思わず姉である桜に問い掛ける。
「分から……ない」
中学校まで同じ学校に通っていた桜と大和と輝の三人。
ましてや桜と輝は、同級生。
高校に進学してからは別々の学校になった為、滅多に三人が揃う事はなくなっていた。
しかし、それでも輝は少なくても二人にとっては親しい人。
――あんな冷たい目をした輝なんて、見た事がない。それに、昔はもっと明るかった筈――
まるでそれは、全てに絶望し、諦め自暴自棄となってしまったかのよう。
高校に進学してからめっきり会う頻度も少なくなってしまった輝の変貌に、桜は戸惑いを隠すことが出来ないでいた。
「……。まあ、きっとあれだな。輝さんの黒星高校でも、話したくない何かが、あったんだろうね」
そう言って大和はゆっくりあぐらをかくと、両手を後ろについて楽な姿勢をとる。
――確かに大和の、言う通りなのかもしれない――
大和の言葉を聞いて、心の中で同意をした桜。
桜達が通っている黄宙高校の生き残りが列車に乗った時、列車内には運転席にいた輝、ただ一人しかいなかった。
それはつまり、黒星高校の生き残りが輝ただ一人しかいないという事実。
「あっ、私の高校の、話だよね」
一体、輝の学校では何が起こっていたのか。
大和の青界学校でのように、生徒同士で殺し合いをさせられてきたのか。
それ以上の想定を考えたくなくなったのか、桜は不自然な程、唐突に声を出して話を進めた。
「今はまだ、一時半だから……うん。まだ十分に時間はあるね」
なんて腕時計を確認した桜は、淡々と言葉だけを紡いでいく。
――列車が目的地に到着する時間は、確か午後二時――
先程から定期的に流れてくる、無機質な機械音とアナウンス。
そのアナウンスでは、列車の到着時間だけが、エンドレスで流されている。
その予定時間にどの場所へとたどり着くのか、桜達はまだ知らされていない。
「まあ、十分って訳でも、ないけどね」
一方、桜の言葉を受けてあぐらを掻いていた大和は、姿勢を正すと桜の隣に座り直した。
「黄宙高校は生き残りが多いから、俺のところみたいに、殺し合い……では、なかったんでしょ?」
なんて、静かながらも冷静に言葉を投げ掛ける大和。
そんな大和の態度に、すっと心が整った桜は声を発する。
「……うん。殺し合い、ではなかった」
――でも、たくさんの人が死んだ……――
まだ、事が起きてから数時間しか経っていない筈の悍ましい記憶。
でもそれは、もう何年も繰り返してきていたかのような、思い出せない感覚。
最後に呼吸を整える為、桜はゆっくりと深呼吸をした。
「……。黄宙高校で起こった出来事はね――」
――二XXX年六月一〇日――
黒星高校生存者……一名
黄宙高校生存者……X名
青界高校生存者……五名
計……XX名
という訳で、初めましての方もそうでない方も、こんばんは!
新作、連載スタートです!(まあ昔使っていたサイトで途中まで投稿していたものなので、作者の中では新作というイメージではないのですが)
この小説は、前々作のように毎日投稿とするのか、はたまた前作のように不定期更新とするのかはまだ決めていませんが。汗
どうぞよろしくお願いします!