赤の大陸の少年
夢を見た。少年は真っ暗な空間の中、一本の白く光る道にいた。
(ここは、どこだろう・・・)
少年はとりあえず前に進むことにした。でも、歩いても歩いても何も見えてこなかった。
(・・・まるで僕の人生だな)
いくら前に進んでも明るい未来は見えてこない。ただ決められた一本の道を淡々と歩くだけ。少年は少し落ち込み俯きながらもただ歩いた。
そんな時、変化が起こった。
(ーーーーー君、イスト君)
少年は自分の名前を呼ばれてパッと顔を上げた。そこには白髪碧眼の少女がいて、少年と目が合うと無邪気な笑顔を浮かべた。
(君は・・・)
少年が声をかけようと足を踏み出そうすると、少女は背を向けて駆け出した。
(ま、待って!)
イストは少女を追いかけて駆け出した。けれども一向に距離は縮まらず、それどころかどんどん離れて行く。
(待って!行かないで!僕も連れてって)
少女は少年の前から姿を消した。
◇
バサッ
「・・・ゆめ、か」
いつもと変わらない朝。退屈な日常の始まり。少年はため息をつきながら布団から出る。
(あれは、なんだったんだろう)
朝の支度を整えながら少年は昨日見た夢を思い出していた。
(今日は何する日だっけ・・・あ、あれか。うん、逃げよっかな)
既に用意されていた朝食を食べながら少年はそう考えた。
少年の名前はイスト・プリウス。今年で十六歳となるごく普通の少年・・・とはいえないだろう。イストの家庭はひどく複雑であった。
彼の家、プリウス家は何世紀にも渡って、ここルブルマ王国の国教トルメント教の大神官を代々努めている一家であった。そのためイストもそれを継ぐため、同世代の他の者達が通っている学校には行かずに家庭教師をつけられ特別な指導を受けていた。
しかし六年前、ある事実が発覚した。
イストは使えなかったのだ。神聖魔術を。神聖魔術というのは神官には必須の魔術だ。これがなければ神官としての仕事は殆どできない。ただ神聖魔術は使えないものの他の属性魔術に対する適正は非常に高いことがわかったのだ。
イストの両親は悩んだ。今後イストをどう育てていくかを。神聖魔術は使えないもののその才能はあまりに有能。これをプリウス家としては放置しておくわけには行かなかった。
本当に不幸なことだ。イストにそれほど才能がなかったならばきっと普通の子供と同じような道に進むことになっていただろう。なまじ才能があったがためにイストの人生は縛られることになった。
一族の会議の末、イストの道は決まった。暗殺部隊『影』に入れる。
『影』は国王直属の暗殺部隊だ。国王の邪魔になるものは全てこの組織によって排除される。隣国でスパイ活動をするのもこの組織だ。故にその存在は秘匿され、国内でもごく一部のものしかその存在を知らない。入隊は完全推薦制で、入隊とともに表の世界での存在は抹消される。才能があり、世間に顔を殆ど知られていないイストなら訓練次第でなれると判断された。
イストが『影』に入ることになればプリウス家の株も上がり、トルメント教の権力も一層強くなるだろう。この決断にはそんな思惑が絡んでいた。
才能もあり、存在も殆ど知られておらず、一見暗殺者に丁度いいと思われたイストに問題がないわけではなかった。イストは精神的な面で暗殺者には全く向いていなかったのだ。
イストの性格は一言で言えばお人好し。臆病な一面もあり、害獣も魔物も殺したことなど一度もない。故に人を殺さなければならない暗殺者になど到底なれそうにはなかった。だが、一族の決定は絶対。イストは嫌々ながら暗殺者としての教育を受けるようになるのであった。
そうして訓練を受けるようになり4年ほど経ったとき、イストは気づいた。これ、もしかして逃げられるんじゃね?と。初めの4年間はただひたすらに暗殺者として必要な技能を学んできた。身体的な技能は幼いほど身につきやすいと言われていたがための方針だったのだが、その成果ははっきり現れた。イストの才能もあったのだろうがいつの間にかイストは教師達を超える実力を身につけていた。
精神面からイストを教育しなかったのはプリウス家にとって大きな失敗だっただろう。暗殺者として必要である《隠蔽》や《無音》といった技能はイストにとって教師達の目を欺くための技能となってしまったのだ。そしていざ暗殺者としての精神を叩き込もうとした時には手遅れであった。
そんな訳でイストは訓練からよく逃亡するようになった。家庭教師らがなんとかイストをおびき寄せ、授業を行おうとしてもダメだった。たとえ正面で見張っていてもほんの一瞬気を許したすきに姿を消し去った。縄で拘束してもいつの間にか抜け出している。とてもまともに授業を受けさせることなど出来ない状況に陥ってしまったのだ。
そうして今日もいつものようにイストは教師達の目を欺き脱走して自宅から十数キロ離れた丘に訪れのんびりと昼寝を楽しんでいたのだった。
長い冬が終わり、春となった今日此の頃。昼寝をするには最高の気候条件であった。空は青く澄み渡り、暑すぎもせず、寒すぎもせず、あたりの草原を風が賑わす音も心地よかった。
(このままひとねむ、り・・・)
次にイストが目を開いた時には東側にあったはずの太陽が西側にあった。
(んっ・・・よく寝た〜)
しばらくぼぅっと惚けていたイストだが、ふとある場所に行って見たくなった。
大地の果て
ここルブルマ王国のあるローゾ大陸には大地の果てと呼ばれる場所がある。文字通り果てなのだ。その先には何もない。一歩踏み込めばその姿は消えた。出て行ったものはだれも帰ってこなかった。果てしなく空があるように見えるのにない。大地の果ての先には何も見えない。目の前に広がる空には繋がっていない。
ローゾ大陸はかつて大賢者が世界から分離させた大陸の一つだ。陸地の先にあるのは大賢者が作り上げた無限に広がる異空間である。その先に、普通の人間が行って戻ってくることはできないのだった
閑話休題、イストは大地の果てへと向かった。先の見えない大地の果てにイストは魅かれた。その先には何があるのか。それを想像するといつもワクワクした。この先に退屈な日常を吹き飛ばしてくれる何かがあるんじゃないかと思い胸が高鳴った。
そして今日は何かが起こるんじゃないか、そんな予感がした。
昼寝していた丘から約二時間半、イストは世界の果てに到着した。
(ああ、なんて・・・広いんだろう)
どこまでも続くように見える空を見てイストの心は高鳴った。試しに《果ての境界線》に手を突っ込む。するとそこにあるはずの手は見えなくなった。
(いやー本当に不思議だよな。なんでこうなるんだろ)
今まで何度もこの行為を繰り返しているが未だに何か起こったことはなかった。はじめて試した時は飲み込まれるんじゃないかとビクビクしていたが実際はそんなことはなかった。何度かやると何もないことがわかり躊躇がなくなった。
とりあえず手を引っ込めてまずは右足を境界線から出してみる、何も起こらない。次に左足も出して大陸の端っこに座ってみた、もちろん何も起こらない。ここまではいつもやっている、今日はもっと大胆には行くことにした。うつ伏せになるようにして徐々に下半身を境界線の奥へと入れていく。ここまでやるのは流石に初めてで何かあるんじゃないかとドキドキした。
結局、客観的に見てもの凄い恥ずかしいことをしてるように思えて、一人で赤くなって戻った。
(そろそろ、帰るか)
日も傾き、空がオレンジ色に染まり始めていたので帰ろうとしたその時
ガサッ
家の方は歩き出したイストの後ろで何かの気配とともに音がした。ふと振り返るとそこにあったのは・・・手であった。
「うわ、わあっ!?」
思はずイストは声あげて後ずさりした。よく見るとその手は《果ての境界線》の先から伸びていた。イストは身構えたまま動けずにいた。そうしているうちにもう一本の手が出てきて、生えている草掴んで這い上がってこようとしているように見えた。
これは、緊急事態だ。イストは何が出てきてもいいように今まで磨いてきた技能を即座に行使できるよう構えた。
その手は順調にこちらにやってきた。しばらくすると肘が出て、腕が出てきた。頭が出てくる。イストはさらに警戒心を強めた。そして
「んーー!よいしょ!ふぅ・・・」
「・・・へ?」
世界の果ての先から出てきたのは白色の髪に青い瞳をもった可愛らしい少女であった。警戒していた分イストは毒気を抜かれ思考停止してしまった。そしてその少女はイストを見つけて・・・
「あ、お兄さん、よかったです。まだいました。ちょっと引き上げるの手伝ってくれませんか?」
「え、あ、へ?あー、うん、はい」
イストは取り敢えずその少女の腕を掴んで《果ての境界線》の内側に引き上げた。




