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「オレの依頼とはつまりそういうことだ」
何の前振りもなく鈴木は言う。
「すまん。わかるように言ってくれ。そういうことってなんだ」
「……」
席に座ったはいいが、うまく話せないらしい。
それほど言いにくい話なのかもしれない。
それならばそこまで強要して言わせることもないのだが。
「濁していいぞ。ハッキリ言わなくたっていい」
「例えばだ、牧場には牛がいるだろう? その中にブタが一匹いる。そういうことだ」
「……つまりお前はブタなのか? 文太じゃなくてブタなのか?」
「違うわ! オレは文太だ! ブタじゃない!」
「なんだよ。わかりにくいやつだな」
話がまったくわからないのであればどうしようもない。
もっとわかりやすく言え、と迫った。
「つまりだ。一匹のブタは牛に憧れるのだ。そういうことだ」
「……やっぱりお前ブタじゃねえか」
「違うわ! オレはブタじゃないって言ってるだろ!」
「なんだよ。わかりにくいやつだな」
そこでいつの間にか帰ってきていた部長がふむふむと唸った。
なにかわかったらしい。
「君は恋をしたんだね。それで、どうにかしてその子の気を惹きたいってことか」
「そうだ! そういうことだ!」
「じゃあブタと牛の話なんなんだよ! まったく関係ないじゃねえか!」
「例え話だ。分かりやすかっただろう」
ドヤ顔で鈴木は言うが、わかるわけがない。
「それで、恋をした相手っていうのは?」
恋愛の依頼なら簡単だ。
適当に焚き付けて、失敗しても成功しても、それで依頼が終わるのだから。
我ながらひどいやつである。
「まったくぅ。数馬はわかってないねえ」
部長には相手がだれかまでわかったらしい。
「相手は牛だよ」
「なんだ。やっぱりお前ブタじゃねえか」
「違う! オレは文太だ!」
鈴木はバンっと机を叩き、そして切り替えたように話を続けた。
「オレを男にしてくれ。あいつが振り向いてくれるような男に」
「ははっ。お安い御用だ。そのくらいならすぐにできる」
ちょっと煽てればすぐに終わるだろう。
失敗すれば、それを励まして入部させる。
成功すれば、それを理由に入部させる。ちょろいぜ。
「ねえ、数馬……それって、つまりそういうこと?」
「ん? なにが?」
なぜか頬を赤く染めている。
「おいやめろ。なんの話かわからんがやめろ!」
「でも鈴木くんはトラだからネコだよ」
「心配するな。こいつはブタだ」
「ブタじゃない!」
とにかく、すぐに終わらせたほうがいいだろう。
どんな結果がでるにしても、早く終わったほうが、その分傷は浅くて済む。
まるで失敗前提のようだが、気にしない。
「で、具体的にどうしてほしいとかあるのか?」
「オレ、自転車通学なんだよ。そういうことだ」
「……なんだ? それってどういう意味だ?」
まったくわからなかった。
付いて来いというので、仕方なく付いて行くことにする。
図書室の前を通り外に出て、自転車小屋に来ていた。
「オレの愛車だ」
その自転車はよくあるママチャリだった。
他の生徒たちが使っているものとそこまで差はないだろう。
カゴは大きめで、学生鞄がすっぽり入る大きさだ。
しかし
「それはないだろ……」
そして一際目につくのは、二つのタイヤとは別にある——小さなタイヤ、補助輪だった。
「そういうことだ」
鈴木文太は照れくさそうに笑った。