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依頼はそうそう来るものではない。
部室に来てはいるが、毎日ただ宿題をして帰るだけになっていた。
「数馬ァ! だれもこないよ!」
「うるさいな。知ってるよ」
部長はまた今日もチラシを持って学校中を走り回っている。
無許可で掲示板に貼り付けては剥がされるのを繰り返しつつ、無視される勧誘を繰り返しつつ——だれかが来るわけがないのだ。
「頼もう!」
と、だれかが部室にやってきた。
俺はいつものように言う。
「階段を降りて、右に真っ直ぐ。図書室の前を通ったらすぐ隣が美術室だ。ここは元美術室の、さらに準備室だから。間違っているぞ」
迷子が多い学校だ。
とくに、今は美術室が二つある学校だから余計に間違えることが多い。
あまりに迷う人が多いため、わかりやすくするために教室を変えている最中なのであった。
部長が無許可でこうして部屋に居座れているのも、移動させたは良かったが、移動させているうちにいらない部屋ができてしまったから。
まだ美術室だと思い込んで、この学校で有名な『美術部のプリンセス』に会いに来る男子生徒が後をたたないのである。
もちろん、ここにいるわけがない。
「いや、間違ってない。オレは依頼をしにきたのだ。名は鈴木文太。2年3組の爪を隠した虎とはオレのことだ」
「と、トラだァ!」
「なんだ。ただの依頼主か」
どこかの雑誌でよくみる髪型。
どこかで見たことのある崩した着方をした制服。
どこかしらで良く聞く苗字。
顔を見ても、どこかに特徴があるわけではない。
「普通だな。すごく」
「爪を隠しているからな」
なら仕方あるまい。
「まあ、まずは依頼を聞こう。部長、飲み物買ってきて」
「なんで!? 僕部長なのに!?」
邪魔だからだよ。
とは言わず、百円玉を握らせた。