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「これで、最後の一匹か。まあ、ほとんどが勝手に逃げて行ったとはいえ、大変だったな」
「うぅ、がんばって集めたのにぃ」
まあ必死で集めたものを逃すのは確かに辛い。
「とりあえず、まあここまでがんばったのだから、報告だけ済ませるか。そろそろ蛇川も部活を終えて部室にくる頃合いだろうし」
何の成果も得られませんでした。
昨日と同じ報告だ。
「ねえ、数馬。これって本当に終わるのかな」
「なにを言って——」
部長の表情を見て、俺は言葉を止めた。
なにか考えたようだが。
「蛇川さんが求めているのって、本当にゲコ太の恋人なのかな?」
「……それって」
彼女には他に考えていることがあるということなのか。
それを隠して、実はそれを解決してはくれないかと期待している——。
「もしかしたら僕をからかってるのかな。僕いじめられてる?」
「……」
そうか、こいつはこういうやつなんだ。
ちょっとでも考え直した自分がバカらしい。
部室の扉を開く。
部長の話は完全に無視したまま帰ってきた。
「おかえり。今日はどうだった?」
蛇川はいつも部長が使っている椅子に座り、待っていたようだ。
どうやら暇だったようで、机にだらしなく体を倒している。
「なんにも進展はなかったよ」
「そうか」
蛇川のそっけない態度に、部長の言葉がよぎる。
部長は考えてもいないのだろうが、この依頼には他の意味がある可能性が高い。
ここで聞いておくのも、ひとつの手かもしれない。
なにより、このままでは終わる気がしなかった。
「なあ蛇川、この依頼のことなんだが——」
聞いていいことならいい。
言えないから隠しているとしたら、濁していいと言った手前、それは間違っている。
だから、そこで俺は言葉を切った。
部長はぶつぶつとなにかを呟く。そして俺の前に立った。
蛇川からすれば、俺の言葉を遮ったように見えただろう。
「蛇川さん。この依頼って本当にそのままの意味でいいの? 僕のこといじめてる? 僕のこときらい?」
「ええ。もちろんですよ」
「数馬ァ! 僕のこと嫌いだってさ!」
それはお前の聞き方が悪いんだよ。
と、フォローもせず、どうやら依頼自体はそのまま受け取ってよさそうだ。
「とはいえ蛇川。俺にはこの先どうやっても依頼をうまくできる気がしない。肝心のゲコ太の反応は、なにが正解なのかまったくわからないし」
「簡単ですよ。試しに見せておけばよかったですね」
そういって、瓶にいれていたたゲコ太を外に出した。
机の上にちょこんと座る。
「見ててください」
蛇川は、ゲコ太を見つめた。
ゲコ太は逃げようともせず、ほんのすこしも動こうとせず、彼女のことを見つめ返している。
俺たちの前からは、すぐにでも逃げようとしていたのに。
お互いの信頼がそうしているのかと、俺は気になってゲコ太の顔を覗き込んだ。
「……」
白目を向いていた。
「ほら、わかったでしょう。好きなものの前では、まったく動けなくなるのです」
なんというか、俺の見る限りでは、怖いものをみて気絶しているように見える。
そう、まるで、天敵『蛇』を前にした——。
「ゲコ太ビビってるんじゃない?」
「部長!」
「なにっ!?」
「お金渡すからアイス買ってきて!」
「なんで? 数馬も僕のこと嫌いになったの!? 僕たち親友だよね?」
親友ではない。
まだ知り合いと友人の間くらいだ。
「はやくしないと溶けるから!」
「わかった!」
買う前に溶けていては、そもそもおかしいが。
部長はダッシュで部室から出て行った。
「話を切ってわるかった。まあ今日もだめだったが、明日からまたなんとかするよ。とにかく、どんな反応するかはわかったわけだからな。ははは」
「……ねえ、数馬くん」
「な、なにかなあ蛇川さん。そんな目で見ないでくれ」
じっとりと、鋭い目つきだ。やはり似ている。
「やっぱり、そうだったんだ」
そして視線を落とした。その瞳にはもう、力強さは感じられなかった。
蛇川真白には、友人がいない。
蛇川真白には、仲間がいない。
幼い頃からその目つきは変わらなかった。
恐れてしまい、近づいてくる子供はいなかった。
そうして彼女は孤独のまま、高校生になった。
彼女はあまりに、蛇に似ている。
蛇を人間にしてしまったような。
聞けば彼女は、どちらの親にも似ていないそうだ。
親から受け取ったのは、名前だけだと言った。
ずいぶんと落ち着いた声だった。
そして、彼女は思った。
「自分は人間ではないのか?」
そうして、何匹目かわからないゲコ太を見つめる。