10
またいつものように部室にやってくると、部長は机いっぱいに本を広げて、なにか始めようとしているところだった。
ずいぶん集中しているようなので声もかけず、俺は自分の席に座る。
部長が静かなのは本当に、これは信じられないくらい奇跡のようなものだ。
わざわざ話しかけてその静寂を終わらせるのはすごくもったいないことだと思う。
「ふぬぬ」
何をするのか気になってしまって、部長の様子を盗み見る。
どうやら本を積み上げて何かを作ろうとしているらしい。
部長にとってみれば本来の使い方なんてどうだってもいいようで、とにかく遊ぶことができるのならそれでいいのだろう。
どうせすぐに飽きて絡んでくるのだろうから、いまのうちに課題を済ませたほうがよさそうだ。
「ぬぬぬぬぬ、ぬーん!」
はい、自由時間終了。
部長はせっかく積み上げた本を無茶苦茶にして、鼻息を荒げている。
「なんだよ」
「もう我慢できない!」
ずいぶん腹を立てているらしい。
「毎日ポスター貼っては剥がされて! 僕の力作なのに! 一枚一枚手作りなのに! あいつぅ! 今日こそ許してやらないんだから!」
どうやら狂気のポスターが毎回のように回収されて、その度に作り直すのが大変なのようである。
楽しそうにしているものだから、気にしていないとばかり思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。
「それで、どうするんだよ」
「ちょちょいのちょいやで!」
シュッシュッと口では言っているが、短い腕がぴょこぴょこと動くだけで、動物がじゃれつくようなその程度のものにしかなっていない。
「生徒会も毎回剥がすなんてマメだな」
「そうだよあいつぅ。僕が貼るすぐ横で、次々剥がしていくんだから! 目の前で剥がすなんて、人間のやることじゃないよ!」
じゃあそもそも剥がされるようなやつの前で貼り付けるなよ。
「んで、だれに剥がされるんだ? いや、でも生徒会って結構人数いるんだったか」
「ふぬぬ。あいつめぇ。今日こそ勝ってやる」
「は?」
どこから取り出したのか、大量のポスターを抱えて――その分一枚一枚のクオリティはさらに酷いものになっているが、部室を飛び出していく。
数枚ひらひらと部室に残されていくが、どうやらさっきのシャドウボクシングのようなものは、ただハイスピードでポスターを貼ろうとする動きだったようである。
まあなんにせよ、これで静かになった。
課題を済ませたら家に帰ることにしよう。
あの枚数じゃ、下校時間までずっと貼り続けても無くならないだろうし。
「なにか――」
ノートに走らせていたペンを止めて、窓から外を眺める。
なんだか勉強をするっていうことが違う気がする。
学生ならよくあることなのかもしれないが、いまは気が乗らない。
ノートを後ろから破いて、そういえば昔は、こうしてよく遊んでいたと思い出しながら紙を折った。
少しばかり形は歪だが、それでもこいつなりに自由に飛んでくれるだろう。
久しぶりに折った紙飛行機は、夏の風に乗って窓から飛んでいく。
風に乗って――風に流されて――その様子をぼんやりと目で追った。
「痛っ」
コツン、と校舎脇を歩いていた生徒の頭にぶつかって、紙飛行機の短い旅行は終わった。
「お前……」
服は水を被ったようにびしょ濡れで、髪の毛には紙くずが付いている。
それによくよく見るとその髪の毛には、白い粉のようなものが――あれはチョークの粉だろうか。
まるで頭に黒板消しでもぶつけられたようだが。
「……」
見たことのない顔だ。
だが、俺は彼を知っている気がする。
「ちょっとそこで待っていてくれ! いま行くから!」
「え、あ、いいけど……」
間違いかもしれない。
いや、そんなこと――。




