8
校舎に降り注ぐ夕日と、まばらに帰っていく生徒達の合間を縫うように校庭にまでやってきた俺は、その光景を目にした。
何もなかったのだ。
生徒達は何もなかった様子で帰宅し、あれほどの爆発も、爆音も――知らなかったように、何もなかったように、一日を終えていくのだろうか。
「……」
途端に見えない恐怖に襲われた。
不安になって抑えた首元には、何の治療跡もないようだった。
大悟は確かに治療をしてくれたはずだが――何か首に絆創膏のようなものをつけてくれたはずなのだが。
風に飛ばされてしまったのだろうか。
「――っ!」
無意識に爪を立てて首に傷をつけていた。
痛みはある。
怪我をすると痛みはある。
ほんの小さな傷でも、全く痛くないなんてことが――。
「数馬さん!」
急な声に振り返ると、そこには家に帰らされたはずのダブルお団子の姿があった。
息を切らせて、汗をかいているのをみると、どうやら走って戻ってきたようである。
鞄の中からハンカチを取り出したと思うと、背伸びをして俺の首に手を伸ばす。
咄嗟に引いた体を、ネクタイを掴まれて引き寄せられた。
「しゃがんで。届かないから」
「お、おう」
ぐいぐいと引き寄せられる体。
ほぼほぼ無理やり降ろされる。
「お前……」
「立花です」
「そう、立花。帰ったんじゃなかったのか?」
鞄から蜜柑のイラストが描かれた絆創膏を取り出したと思うと、ぺたりと貼り付けてくれる。
ただ無言に。
しゃがんだ俺からは、唇を噛み何も言いださない、言い出せない複雑な表情だけが見える。
「戻らなきゃいけないって、だれかにお礼を言わなきゃいけないって――数馬くんの顔を見てはっきりした。きっとあなたに助けてもらったの。何をしてもらったかわからないけど、でもきっと感謝しなきゃいけない気がする」
「何があったのかわからないのか?」
彼女は口を開こうとして、頭を押さえて考え込んでしまう。
「きっと鰭を解かれたの。わたしには思い出せない」
「いったい何を言ってるんだ?」
彼女が何を言っているのかわからなかった。
「そこの生徒、下校しなさい」
遠くで声がする。
教師が数人、俺たちのことを言っているようだ。
「生徒会室にきて。分かった? 生徒会室よ。忘れな――――」
鎖の揺れる音で、俺は顔を上げた。
「おかえりなさい、にいちゃん」
「あ、ああ。ただいま真央」
真央の首元で、小さい頃からつけている指輪が鎖と擦れて音を立てる。
「宿題は?」
「もう終わったよ。帰ってくるの待ってたの」
いつも真央は、宿題が終わるとだれかが帰ってくるまで玄関で座って待っている。
そんなことはしなくてもいいとずっと言い続けていることなのだが、真央はおもちゃひとつにも興味を向けず、ただ玄関の扉を見上げて待ち続けるのだ。
「雪子は?」
「まだ帰ってないよ。部活が忙しいのかも」
「大悟から電話は?」
「いまスーパーだって。もうすぐ帰ってくるかな」
「今日の晩御飯は何にするか聞いたか?」
「うん! 焼肉だって!」
「じゃあ準備しとくか。手伝ってくれるか真央」
にこにこと先を歩く真央を追ってキッチンに向かう。
冷蔵庫には野菜がいくつか残っている。
いまのうちに調理を始めれば、それだけ晩御飯が楽になるだろう。
あまり得意ではないが、野菜を切るくらい俺にだってできるはずだ。
「ただいまー」
玄関からの声を聞いて、真央がまた玄関に駆けていく。
親代わりのような存在である大悟に若干嫉妬してしまうくらい懐いてしまっているのだ。
結局、すぐに帰ってきた雪子に包丁を奪われ、活気のある家に戻っていく。
これが日常だ。
またいつものように一日が終わっていく。




