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三波に説明する。
いつもは本を読みながらにしか話を聞かない彼だが、今回だけは違った。
すぐに立ち上がる。
「沙原さんを家まで送って、家を見せてもらいましょう。なにかあるかもしれない」
「急がないと、あいつの体はもたないぞ。いまにも倒れてしまいそうだ」
三波は眉をひそめて三波の席の方を見る。
「……ええ、わかったわ。ならいまから中退させてもらいましょう。いまにも倒れそうならなおさらよ」
三波は本を次々鞄に放り込む。
俺も慌てて自分の席に戻り、沙原に声をかけた。
「帰るぞ沙原」
「はむはむはむ」
「沙原! ――ああ、くそっ」
無理やり抱きかかえて教室を出る。
驚くほどに軽い。
「住所聞いてくるから、数馬くんは先に校門まで行ってて!」
わかったと返事をして、俺は玄関に向かう。
「もぐもぐ――」
肩に掛かる重みが少しずつ薄れていく気がした。
一軒家の木造住宅。
ポストの上にある小さな風見鶏が、カタカタと音を立てて回った。
雨戸が閉まったままの家――窓はすべてカーテンがかけられていて、中の様子は分からない。
車一台が止められるスペースがあるが、そこには何もない。
家まで帰ってきたところで、沙原はやっと顔を上げた。
もうすでに鞄の中のおやつは無くなってしまっている。
「……」
がらがらと戸を開く。
鍵もかけていないらしい。
俺と三波は揃って彼女を追いかけた。
「沙原、入るぞ」
家の中は意外にもすっきりしていた。
ゴミが溜まっているようなことはない。
父子家庭、二人で協力して生活してきたのだろう。
三波は玄関で一度立ち止まったが、すぐに俺の横を通り過ぎて中を散策しはじめる。
「数馬くん。確認していい?」
「なにか気になることがあったのか?」
「本当に沙原さんの父親は失踪しただけなのね?」
「……それ、どういう意味だ」
三波はすべての部屋を確認して、自分を落ち着かせるように大きく息を吐く。
なにか大きなことだ。
なぜかその話は、俺たちが気づいてはいけなかったことなのではないかと――そんなことを思ってしまう。
「食器が3人分、乾かしたまま」
「ああ」
「玄関には、男物の靴が新聞紙を入れたまま置いてある」
「ああ」
「車を止められる場所には、なにかを引き摺った跡がある」
「ああ――」
だめだ。
「沙原さんは料理ができない。冷蔵庫には飲み物だけが大量にあり、普段は買ってきたものだけで食事をしていたことは、燃えないゴミとしてわけられた袋の中を見ればはっきりわかる。コンビニやスーパーで買ったお弁当の蓋が大量に入っているわ」
「……あとは、キッチンの三角コーナー。野菜の切れ端がいくつか捨てられたまま。捨てられて数日というところ。沙原は料理をしない。そして父親もそうだっただろう」
「フライパン、鍋――一通り調理器具はあるように見えて、一つだけ足りない」
それがあれば、まだ話は落ち着いていたのに。
「覚えてる? 彼女が初めて部室にやってきたときのこと」
「ああ、覚えてるよ。その前日の夜が、天気予報はずれの急な豪雨だったこともな」
「数馬くん」
三波は自分の考えていることが酷く恐ろしいことだということに怯えていた。
俺だって、まともなままではいられない。
そんなこと、普通は考えられない話だ。
「本当に、沙原さんの父親は失踪しただけなのよね?」
俺は頷くことができなかった。




