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「さて、やあ諸君。久しぶりだねえ」
お前がいなくなってから30分もたっていないんだが。
「あたしの名前は唯野蜜柑。イントネーチョンが大事」
「イントネーションでしょう」
三波が小声で指摘するが、蜜柑には聞こえないようだ。
「さて、あたしたちは最高の新聞を完成させた! あたしたちはいい仲間だよ! これからもいい新聞を、一緒に作っていこ!」
「なんでもする」
ぼそりと、また小声で三波は呟いた。
「本当? 三波くんがそう言ってくれるなんてすごくうれしい。三波くんがきてくれるなら、他の二人もきてくれるもんね」
「唯野さん。自分で言ったことよ」
「え?」
「なんでもするって、言ってたわよね?」
言っていた。
確かに、なんでもするから、と。
「え? え……?」
「なんでも部に、唯野さんが入るのよ」
「ほんと!? 蜜柑ちゃんなんでも部に入ってくれるの!?」
「い、いやいやいやいや。あたしは新聞部を続けるために依頼にきたわけであって」
「なんでもするって、言ってたわよね?」
「……」
助けを求めて俺に視線を送る。
残念だが、俺はお前の味方じゃない。
「蜜柑。世の中甘いことだらけじゃないんだぜ。お前の頭のそれは、団子じゃない」
「う、うそでしょぉ……」
唯野蜜柑は力なく座り込んだ。
「それってどういう意味?」
俺は部長の質問を聞き流すことにした。
「シクシク……」
「お、お姉ちゃん? 出て行ってから10分もたってないよ?」
あたしはまた、生徒会室に来ていた。
「柚子ぅ。新聞部は廃部だよぉ」
「あー、ふられちゃったんだ」
後ろの副会長がわざとらしく舌打ちした。
傷つくからやめてください。
「大丈夫。わたしがまたもう少し頑張るから。がんばって次の人さがそ? ね、お姉ちゃん」
「違うの、柚子。あたし、新聞部やめなきゃだめなの」
「え?」
「あたしの頭の団子は蜜柑なんだってぇえええ」
副会長は後ろで笑いをこらえている。
やめなさい。
見えてるからね。
気付かれないと思ってても、笑いをこらえることだけは隠しきれないからね!
「お姉ちゃんの頭のそれ……蜜柑じゃなかったの?」
「……え?」
「え? わたしのは柚子だけど」
そう言って、柚子は自分のお団子の中から柚子を取り出した。
「え? 柚子のお団子は柚子なの?」
「こっちはスダチ」
反対側から小ぶりなスダチを取り出した。
「え? あたしがおかしいの? あたしのお団子は蜜柑なのが正しいの?」
副会長は困惑している。
あたしは混乱している。
「お姉ちゃんにあげる」
「あ、ありがと」
あたしは受け取ったスダチを団子に押し込んだ。
いい香りがする。
「新聞部は廃部で、お姉ちゃんはどうするの?」
「なんでも部に入る」
「無許可勧誘の?」
あたしは頷いた。
副会長は後ろで、珍しくガッツポーズを決めている。
なにかいいことがあったのかしら。
「じゃあお姉ちゃんは、どんな部活なのかしっかり報告してね。ふふふ」
「え? なにその笑い。え?」
ふふふと、副会長も笑っている。
「じゃ、わたしたちはまだまだ仕事があるので」
「え? なに!? 仕組まれてたの? えっ!?」
ぴしゃりと追い出された。
いつの間にか、ポケットに入っていた新聞部部室の鍵はない。
押し出された時に、副会長に取られてしまったのだろう。
行く当てはひとつしかなかった。




