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そうして、次の日に自転車小屋の前で待っていると、まだ少しふらふらとはしているが、軽快に走る文太の姿があった。
「やあ文太」
「よう数馬」
俺と文太の挨拶をみて、部長は目を丸くしてなぜか頰を赤く染めた。
俺は無言で部長を殴った。
「な、なんだ? 朝から物騒だな」
「なに、大したことじゃない」
「親友なのに……僕たち親友なのに……なぐった……」
泣いているが、仕方があるまい。
殴られたのだから、きっと痛かったのだろう。
「その様子だと、僕の部員のおかげで、自転車には乗れるようになったんだね」
「そうだ。見た所もう問題なさそうだな」
「ああ。そういうことだ」
とりあえず、これで前段階は終わりである。
忘れていたが、自転車に乗ることが依頼ではないのだ。
大事なのはこれからである。
どうせ振られるだろうが。
「で、相手はだれなんだ。もう濁す必要もないだろ」
「……例えばだ、牧場にブタがいたとする」
「つまりお前はブタなんだな」
「違うわ! 切り返しがはええよ!」
「なんだよ。わかりにくいやつだな」
とにかく、そのまま濁されては遠回りになるだけだ。
しっかり聞かなければ。
なんというか、友人ならそんな隠すことでもないだろう。
「名前は?」
「……千和」
「……ん? なんだって?」
聞こえてはいけない名前が聞こえた気がするが。
「三波千和だ。幼馴染であり、つまり、そういうことだ」
「……」
「ねえ、数馬」
小声で部長が言う。
やめろ、それ以上先は言うんじゃない。
「それってつまりそういうこと?」
三波千和は、俺の数少ない友人。
俺のクラスメート。
「げ、文太」
そこに、徒歩で学校にやってきた三波が現れる。
いいタイミングだ。
これ以上とないタイミングである。
「確かに三波は綺麗だけどさ……」
こいつは男である。
こいつは男なのである。
「どうかしたの数馬くん?」
男にしては長い髪。
スカートを風に揺らして、三波千和は微笑んだ。
なんとか授業を終えた俺は、文太を連れて部室にきていた。
いつもは軽く話す三波との会話も、今日はうまくいかなかった。
それはまさしくこいつのせいである。
「なんだ、その、文太。言いたいことわかるよな?」
「はっきり言ってもらわないとわからないが」
お前がそれを言うな。
「なにせ爪を隠しているからな」
なら仕方あるまい。
「まあ、確認したいから言うだけだ。別に深い意味はない。本当に、深い意味なんて全くないから、軽い気持ちで答えてくれ」
「うむ」
「お前の言っている『三波千和』について教えて欲しい」
もしかしたら、俺のクラスメート。
俺の知っている彼とは違うのかもしれない。
「げ、文太」と言っているのを見てしまっているが、あれはきっと聞き間違いだ。
一致しないはずだ。
「ん? クラスメートなんだろ?」
間違いない、一致した。
「どどどどどどどど」
「ヒィッ! 数馬が変になった!」
大丈夫だ。
まだ正気を保っている。
ただ、なにを言えばいいのかわからなくなって混乱しただけなのだ。
「僕が思うに、愛の形は人それぞれなので」
と、部長は言う。
たしかに、それは正しい。
「だよな。幼馴染だから付き合えないっていうのはないよな」
文太と三波の間にある壁ははたしてそれだけなのか?
こいつにはもう壁なんて見えてないのか。
それとも俺の理解が足りないのか。
不安になる。
「え、文太くんどこいくの?」
急に立ち上がった文太をみて、部長が引き止めた。
気づけば顔は真っ青で、いまにも倒れてしまいそうである。
「……そういうことだ」
「ま、待て待てっ! 落ち着け!」
表情から察するに、いますぐ告白でもしに行くところだったのだろう。
「その顔で行っても、うまくとは思えないぜ?」
真っ青で迫られても怖いだけだろうし。
「そうか。どんな顔?」
「なんというか……」
うまく言い表せる言葉が見つからない。
俺が悩んでいると
「もうすぐ出荷されるブタのような顔してるよ」
部長は時に鋭い。
それが良いことに繋がるとは限らないが。
「三波と話してくる。なにか分かることがあるかもしれない」
俺は文太を部室に置いて、図書室に向かうことにした。
彼ならいつものようにそこにいるだろう。




