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プレゼンスB  作者: 重山ローマ
それってつまりそういうこと?
10/45

 

「なにも言わないんだな」


 文太は自転車を起こしながら、俺に言った。


「罵りがたりないのか?」


「いや、そうじゃなくて。先に帰っていいんだぜ」


「そういえば部長いつのまにかいないな」


 と、俺は立ち上がった。


「気をつけてな」


 文太が背を向けて自転車に跨った。

 また転けるだろう。

 何度やったって、きっとうまくはいかないのだろう。


 俺は文太の背中に手を添えていた。


「俺さ、頑張るやつのことがすごく嫌いなんだよ。昔からそうだった。自分はそこには混ざれないって、距離を置いて見ているだけなんだ。それで、そいつらが諦めるのを見ていたんだ。それがすごく幸せだった」


「本当にそうだったのか?」


「ああ。いつも笑って見てたよ」


 そうか、と言って文太は顔を上げた。

 もう空は真っ暗で、公園唯一の街灯はチカチカと頼りなく光っている。

 もうすぐ消えてしまいそうだ。


「なあ数馬。依頼をひとつ増やしたいのだが」


「……なんだよ」


「牧場にはブタがいた。ブタは自分だけだと思っていたが、ある日強い風が吹いてな。柵が壊れてしまった。柵の向こうにはなにがいたと思う? そういうことだ」


「……なんだ? つまりどういうことだ?」


「お前もブタだってことだよ。数馬」


 意味が全くわからないのだが。


「オレは諦めない。だから残念だったな数馬! もう人の諦めを見て、泣きたくなることはないんだぜ!」


 文太は足に力を入れて、一気に走り出した。

 ふらふらとしている。


「お前は悲しかったんだろ! 諦めてほしくなかったんだろ! だからお前はずっと見ていたんだ。諦めないで最後までがんばってくれるように。自分が悪者ぶって、そいつらにはうまくいってほしかったんだ!」


 文太は、俺の過去を知っていたのだ。

 そんな俺に、こいつは、頼んできたのだ。

 もう文太は、前を向いていた。


「あ……」


 ふらり、と体が傾く。

 また転けるだろう。

 だから——


「俺ってどこで間違えたんだろうな」


 文太の背中に向かって、走っていた。


 いつから俺は、ねじ曲がった人間になったのだろう。

 思い出す。


 部長に出会う前、この学校にくる前――俺はある部活にいた。

 そこでそれなりに仲のいいやつらができて、そうしてどうなったのか。


 どうなったもなにも、何もかもがなくなった——。

 それだけだ。


 だから俺は毎日一人で教室をでて、まっすぐ家に帰っていたんだから。

 あのとき出来ていたなにかはもう、欠片ひとつも残っていない。


「文太! 俺と友達になってくれないか!」


 もう、文太は転けない。

 まっすぐと走っていた。


「ありがとよ! 依頼はそれだぜ!」


「……わかりにくいやつだな」


 そうして、なにか安心してしまったのか、文太は今までで一番盛大に転けた。

 カラカラとタイヤが回る。


「ぶ……ブヒィ!」


 それはもういいのだが。


 文太は満面の笑みを浮かべて、親指を立てた。


「なんだよ」


 なにかを期待するように、文太は俺の言葉を待っている。


 罵って欲しいのか、もうそういう感じではなさそうである。

 ならば、俺が言うことはただひとつだろう。

 友達になるって、きっとそういうことなんだろう。


「ブヒィ!」


 そうして俺は、なんだか恥ずかしかったので、文太に中指を突きたてた。


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