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「なにも言わないんだな」
文太は自転車を起こしながら、俺に言った。
「罵りがたりないのか?」
「いや、そうじゃなくて。先に帰っていいんだぜ」
「そういえば部長いつのまにかいないな」
と、俺は立ち上がった。
「気をつけてな」
文太が背を向けて自転車に跨った。
また転けるだろう。
何度やったって、きっとうまくはいかないのだろう。
俺は文太の背中に手を添えていた。
「俺さ、頑張るやつのことがすごく嫌いなんだよ。昔からそうだった。自分はそこには混ざれないって、距離を置いて見ているだけなんだ。それで、そいつらが諦めるのを見ていたんだ。それがすごく幸せだった」
「本当にそうだったのか?」
「ああ。いつも笑って見てたよ」
そうか、と言って文太は顔を上げた。
もう空は真っ暗で、公園唯一の街灯はチカチカと頼りなく光っている。
もうすぐ消えてしまいそうだ。
「なあ数馬。依頼をひとつ増やしたいのだが」
「……なんだよ」
「牧場にはブタがいた。ブタは自分だけだと思っていたが、ある日強い風が吹いてな。柵が壊れてしまった。柵の向こうにはなにがいたと思う? そういうことだ」
「……なんだ? つまりどういうことだ?」
「お前もブタだってことだよ。数馬」
意味が全くわからないのだが。
「オレは諦めない。だから残念だったな数馬! もう人の諦めを見て、泣きたくなることはないんだぜ!」
文太は足に力を入れて、一気に走り出した。
ふらふらとしている。
「お前は悲しかったんだろ! 諦めてほしくなかったんだろ! だからお前はずっと見ていたんだ。諦めないで最後までがんばってくれるように。自分が悪者ぶって、そいつらにはうまくいってほしかったんだ!」
文太は、俺の過去を知っていたのだ。
そんな俺に、こいつは、頼んできたのだ。
もう文太は、前を向いていた。
「あ……」
ふらり、と体が傾く。
また転けるだろう。
だから——
「俺ってどこで間違えたんだろうな」
文太の背中に向かって、走っていた。
いつから俺は、ねじ曲がった人間になったのだろう。
思い出す。
部長に出会う前、この学校にくる前――俺はある部活にいた。
そこでそれなりに仲のいいやつらができて、そうしてどうなったのか。
どうなったもなにも、何もかもがなくなった——。
それだけだ。
だから俺は毎日一人で教室をでて、まっすぐ家に帰っていたんだから。
あのとき出来ていたなにかはもう、欠片ひとつも残っていない。
「文太! 俺と友達になってくれないか!」
もう、文太は転けない。
まっすぐと走っていた。
「ありがとよ! 依頼はそれだぜ!」
「……わかりにくいやつだな」
そうして、なにか安心してしまったのか、文太は今までで一番盛大に転けた。
カラカラとタイヤが回る。
「ぶ……ブヒィ!」
それはもういいのだが。
文太は満面の笑みを浮かべて、親指を立てた。
「なんだよ」
なにかを期待するように、文太は俺の言葉を待っている。
罵って欲しいのか、もうそういう感じではなさそうである。
ならば、俺が言うことはただひとつだろう。
友達になるって、きっとそういうことなんだろう。
「ブヒィ!」
そうして俺は、なんだか恥ずかしかったので、文太に中指を突きたてた。




