第九話
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現在もジフルクス国は、隣国であるハールグスタン帝国から長年に渡って、侵略を受けている。
領土問題で長年話し合いをしてきたが、ついに痺れを切らした帝国側が宣戦布告なく、国境近くにある都市に攻め込んできた。
あれほど近隣国に向けて領土権を強く主張していたのにも関わらず、武力行使に及んだ事により、近隣国からも反感を買うことになった帝国は、今まで同盟を結んでいた周辺国家からも、攻撃を受けていた。
しかし、周辺国家では絶大な軍事力と魔法師の強さを誇る帝国の侵略を抑えることは難しいもので、一時は半分の領土が侵されたのだった。
そんな状況を一変させることとなったのは、絶大な魔力を誇る1人魔法師の出現だった。
――ミネル・ベセスクル。二つ名は"魔王"。
戦場ではその名を知らない者はいないとまで言われるほどで、姿を見れば帝国側は即撤退を余儀なくされる。
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部屋の奥で、ロッキングチェアが揺れていて、腰掛けているのは子供。
「状況は?」
落ち着いた女性の声が、部屋の中に響く。
だが、その質問に答えは返ってこない。
「ミネル!!」
「ふぁああああい」
大声に欠伸混じりで返事したのは、その身なりに合う女の子の声だった。
赤いローブを纏った、猫背のその女の子の背丈は140cm程で、髪の色は栗のように茶色だ。眠そうな雰囲気を漂わせていて、見ているだけでこちらも眠くなってくる。
ミネル・ベセスクル。若干11歳で魔法師になった、最年少の最強魔法師だ。魔法に関しての年齢記録は全てミネルが塗り替えている。
そんな彼女は、先日奪還できたこの街――ヒルギス街で身体を休めていた。
「状況は?」
「なんの?」
眠そうに目を擦るミネル。
「ねぼけてんのか?」
苛立ちを含むその言葉には、殺意すら感じられる。
彼女――カーリン・ホルストス。16歳程の落ち着いた雰囲気の女性で、ポニーテールが特徴的な黒髪だ。
元魔法開発部門に所属していたが、いきなり魔法軍隊へ引き抜きされることとなり、本日より王都から前線に到着したのだった。
そんな彼女は、眉に皺を寄せて怒っている表情をミネルに見せている。
「いっつも不機嫌そうな顔しちゃって、やなやつ」
「お前はいっつも不健康そうな顔しやがって、一度眠気なんて感じなくなるまで殴ってやろうか?」
「その減らず口も、さすがに聞き飽きたんだけど?」
「殺すぞタコ」
「やってみろブス」
睨み合いを始めた二人の間には重苦しい空気が漂う。
カタカタと周りの物が音を立てて揺れ初め、机に置いてあった空のグラスは落ちて割れた。
その時、部屋の扉が無造作に開かれた。
「ベセスクル様!またです!」
一人の魔法師が、息を切らせて立っていた。
先ほどの表情とは思えないほど、気楽そうな表情を見せるミネル。それを見たカーリンは、舌打ちをして声の方に振り返る。
「帝国の奴らが・・・!」
「懲りないねー」
よっと、と言いながらロッキングチェアから降りた。
「カーリンも仕事しろよー」
「当然だ、むしろお前は下がっていろ」
「強がっちゃって」
「そもそもガキが出てくるような戦ではない」
「お前もガキだろうに」
「一緒にするな」
ミネルとカーリンは二人で並び部屋から出て、少し長い廊下を歩く。
「そういえば、お前の最年少記録だが」
「ん?」
「更新されたな」
「は?マジで?」
ミネルの表情に、明らかな驚きが浮かび、それを見たカーリンは、嘲笑うように話を続ける。
「なんでも5歳で入学らしいが?」
「5歳?聞き間違えじゃない?」
「あのルルーシアさんが満面の笑みで、自慢してたぞ」
「あのロリコンが・・・じゃあ間違いないか」
つまらなそうな表情をするミネルに、カーリンがニヤニヤしている。
「王都にとっとと帰って顔くらい拝んでやるか」
「偉そうだな」
「先輩だし」
建物の扉を開けて外を出ると、清々しいほどの雲1つない晴天で、太陽の光がとても眩しい。しかし、その太陽に無数に影を作る帝国の魔法師がチラついて、ミネルは苛立ちを覚える。
「しね」
ミネルは、右手の掌を太陽に向ける。
すると空に、もう一つ大きな太陽が浮かびあがり、徐々に大きくなっていく。
そして、掌を握った。
――爆音が響く。
ゴゴゴ、と低い重低音が轟いた。
とてつもない爆発が上空で起きて、爆風が吹き荒れる。
ミネルの魔法。"花火"これはミネル本人のオリジナルの魔法で、爆発魔法の応用だ。
「昼から花火が見れるとは贅沢だねー」
ミネルは不敵に笑う。
「さあーて、ちゃちゃっと行きますかね」
ミネルはカーリンと並んで、魔法師の後に続き街の外を目指す。
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