鈴の音に導かれて
よろしくお願いします
目が覚めたら、そこは森の奥だった。
何故僕はここに居るのか、思い出そうとしても記憶には靄がかかったようになっていて、思い出すことができない。
「おにーちゃん、また迷子なの?」
チリン、という鈴の音と共にあどけない可愛らしい声が耳に入った。
僕が座ったまま顔を上げても目線は同じ高さな、まだ小さな少女。
また、という言葉も気になりはしたけど、僕はそれよりも少女に聞きたいことがあった。
「君は…?ここの出口を、知っているの?」
そう聞くと、君はにっこりと微笑んで。
「だって私はこの森の一部だもん!森は私の家族なの!」
少女は僕の手を思ったよりも力強く引き立たせ、迷子なんでしょ?私が出口までつれていってあげる!、との言葉と共に何か小さな物を僕に差し出した。
「鈴…?」
不思議そうな僕に気がついたのか、少女は答えるように言った。
「鈴の音はね、『怖いもの』を近づかせなくするの!私達を守ってくれるんだよ。」
そう言いながら歩く少女の髪止めにも小さな鈴が連なるようについていて、歩く度にチリンと小さく音を鳴らす。
少女の体が揺れる旅に鳴る鈴の音と、現実離れしたような森の風景が何だか幻想的で足を止めてしまった僕を、少女は急かすように振り向いてこう言った。
「だから、大丈夫!私がまた貴方に出口を教えてあげるから。」
先程も聞いた、また、という言葉。
どうしても気になった僕がその意味を聞いても、笑ってはぐらかされてしまう。
「だっておにーちゃんはまだ思い出していないだけだもの。」
出口の前、何だか悲しそうに手を振る君と白く染まる世界の中で、
チリン、と鈴が鳴ったような気がした。
目が覚める。
何の夢を見ていただろう、朦朧とした意識はそれを思い出させてくれなかった。
辺りを見回すと、一面の森。
何故こんな所に居るのかと悩む僕に、声がかけられた。
「お兄ちゃん、また迷子なの?」
太陽の眩しさに目を細めるようにしながら顔を見上げると、少女と大人の中間を漂うような年頃の女の子がいた。
「君は…?」
彼女は楽しそうに笑いながら僕の言おうとする質問に答えた。
「私はこの森の一部で、森は私その物。ねぇ、迷子なんでしょ?出口まで連れていってあげる。」
そう言いながら僕を引っ張りあげると、彼女は僕に何かを手渡した。
小さな鈴。何故これを、と聞くような僕の視線に彼女はこう言った。
「ねぇ、知ってる?鈴は『怖いもの』を近づかせなくするの。」
「私がまた貴方に出口を教えてあげるから。」
鈴の音と共に振り替える彼女はなんだか何処かでみたような気がして。
呆然と立ち止まる僕を彼女は懐かしそうに、寂しそうに見ていた。
「ねぇ…まだ思い出せない?」
彼女の言葉の意味が分からず聞こうとする僕を君は笑ってはぐらかし、ここが出口だよ、なんて指差す。
「またね… * * お兄ちゃん」
出口の前、なんだか寂しそうに手を振る君と白く染まる世界の中で、
懐かしい名前を呼ばれた気がした。
目が覚めて出迎えたのは、白い天井だった。
「やっと、目が覚めたのね…!!」
呆然とする僕を、母が泣きながら駆け寄り抱き締めてきた。
「覚えてる…?貴方は、引かれそうだった妹を庇ってトラックに…」
泣きじゃくりながら告げられる言葉に、一瞬何処かで出会った少女がぼんやりと頭の裏に浮かんだ。
「貴方まで、失うかと思った…!!」
その言葉と共に、記憶が溢れるように零れ落ちてきた。
スローモーションのように流れる風景、手を伸ばしても妹には届かなくて。
守れない、そう感じ意識がブラックアウトしていくその瞬間に見た妹の振り向く顔はあの夢で見たあの子とそっくりで
全部、思い出したんだ。
「ちょっと…!?何処にいくの!?」
制止の声も聞かずに走り出す。
方向も場所もめちゃくちゃのまま走った先に見えたのは妹とよく遊んだ森の前で。
僕はゆっくりと気を失った。
「兄さん、また迷子なの?」
笑う僕の妹。
守れなかった、たった一人の僕の妹。
妹の差し出す鈴を、僕はそっと押し返す。
「もう、大丈夫だよ。」
君はここで待って、僕に鈴を渡さなくていい。
僕はもう、迷わないから。
そう告げると、君は顔をくしゃっと歪めて。
君の目から溢れた涙を、僕はそっと拭う。
「守れなくて、心配かけてごめんね」
大好きだよ
だから、どうか笑って
伝えきれなかった言葉。
でもきっと君には届いていて
ぼやけた視界の中、最後に僕が見た妹は確かに笑っていた。
もう、君には会わない。
僕は夢に迷わないから。
目を覚ました僕の耳に
君の笑い声と鈴の音が聞こえた気がした。
ありがとうございました