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彼と彼女の好きなこと

 



「ほら起きな」


 波瑠はるとカレンは乱暴に蹴られて起こされた。骨が折れるほどの強さではないし、その一発で目が覚めたのだから、どんな目覚ましよりも有効だったと言える。


 目を覚ますのに有効なのは、身を起こして立ち上がること、それから、太陽の光を浴びること。波瑠の世界では常識だ。


 波瑠はその常識に従ってベッドから起き上がる。柔らかな感触の誘惑に抗うには、すぐさま行動に移すことが重要なのだから。


「おはようございます……」

「男が眠そうにしてんじゃないよだらしない」


 ミランダは口調こそ乱暴だが、声色はどこか優しげだ。カレンも目を擦りながらあくびを噛み殺している。


 波瑠は一つ伸びをして、意識を覚醒させる。


「アンタらに頼みがある」


 ミランダは小さなメモ紙を差し出しており、波瑠はそれを受け取る。メモには見慣れない文字。この世界の文字なのだろうか。


「街まで下りて、買い物してきな。おつかいだ」

「うげ……」

「んー? カレン、何か言ったかい?」

「いえ、何も……」


 何も、と言う割には相当嫌そうだが、ミランダはカレンが嫌がっていることなど考慮に入れない。波瑠はむしろ街を見てみたいと思っているが。


「アタシが行ってもいいんだけどね。彼に何かあっても困る。アンタが守ってやんな」

「えぇー……じゃあ先生が一人で行けばいいじゃないですかぁ……」

「だったらアンタが夕飯の用意をするかい? ん?」


 波瑠は正直驚いた。カレンがあまりにイメージと違ったからだ。カレンはいつもキリッとしていて、こんな普通の女の子みたいなゴネ方をするとは思っていなかった。……普通の女の子どころか、少し子供っぽい。


 カレンはまるで犬が威嚇するように唸り、波瑠からメモをひったくった。


「行きます。行けばいいんでしょ!」

「最初からそう言えばいいんだ。じゃ、頼んだよ」


 ジャラジャラと金属の音がする布袋を波瑠に預け、ミランダはニッと笑った。






 街まで行くのに、そう時間はかからなかった。

 王都の隣街とはいえ、追っ手と出くわしたりはしないだろうか。と、波瑠は不安を抱く。


 だが、そんな不安を感じているのは波瑠だけのようで、カレンは外に出てすぐ、上機嫌に鼻歌など歌い始めた。それは街に着いてからも続く。


「~♪」

「機嫌いいね?」

「まぁね」

「出かける前は嫌そうだったのに」

「……? そういえばそうね……」


 なんでかしら? と言いながら首を傾げるカレンだが、むしろ首を傾げたいのは波瑠の方である。意味が解らない。


 とはいえ、波瑠もどこか高揚感を覚えている。それはカレンに影響されたというより、周囲の賑やかさによる部分が多いように波瑠は感じた。


「なんか、賑やかな街だね」

「もうすぐお祭りがあるのよ」

「お祭り?」

「そ。毎年この時期になると、どこの国でもやるお祭り。今年はえっと……なんかの理由で、特別盛大に祝うのよ」


 どの国でもやるとなると、凄まじい信仰を集める神様でも祭るのか、あるいは祝い事か。


 地球規模で祝う日など、新年くらいしか波瑠は知らない。つまり、それほどまでに大きな行事ということになる。とりあえず、訊いてみることにする。


「新年?」

「違うわ。三聖祭さんせいさいよ」

「何それ?」


 カレンは白魚のような指を顎先に当てて少し見上げた。一瞬の間があり、答えが返ってくる。


「三聖、っていう、大昔の英雄に関係したお祭りね。世界に大災害をもたらした化物を封印した三人の英雄」

「実在したの?」

「私は自分が強くなることしか興味なかったからよく知らないわ。先生とか姫様なら知ってるかもしれないけど」


 祭りは盛り上がれればいい派らしかった。

 戦士は英雄譚に憧れたり、英雄を目指すものだとばかり波瑠は思っていたが、カレンが強さを求めたのは吸血鬼を殺すためらしいから、英雄にもそれほど興味を示さなかったのかもしれない。


 英雄とか、三聖とか、健全な男子高校生の波瑠的にはかなりそそられるのだが。


 波瑠の興味とは裏腹に、カレンはそんなことはどうでもいいとばかりに振り返る。


「ハル、お昼ご飯にしましょ!」


 祭りの起源は心底どうでもよさそうな、とてもいい笑顔でそう言うのだった。


 明け方にミランダの家に着き、そのまま寝て、起こされれば昼。波瑠も空腹ではあるから、反対する理由はない。


「早く早く!」

「うわっ!?」


 カレンは波瑠の手を握り、一も二もなく走り出す。その速度は波瑠の限界を超えるような速さで、今にも波瑠は身体が宙に浮きそうになる。


「ちょ、はや、カレン、速いよ!」

「お腹が空いてるのよ!」


 空腹の人間の口調ではないし、一体どこからこのエネルギーは湧いてくるのか。不思議でならない。吸血鬼殲滅騎士ヴァンプ・キル・ナイトというのは、全員こんなにエネルギッシュなのだろうか。


 波瑠の意見も聞かず(波瑠は勝手を知らないから言いようもないが)、カレンはある店に入った。


「らっしゃい!」

「二人よ!」

「空いてるとこに座んな!」


 カレンはにこにこしながら適当なところに座る。二人がけのテーブル席。テーブルを挟んで向かい合わせに座る。


 ラーメン屋みたい。それが波瑠の抱いた感想だ。個人がやっているような、小さな料理店。高級なレストランとは似ても似つかない、庶民人気の高い店。


 お昼時ということもあって人は多い。並ばずに済んだのは運が良かったのだろう。


「私は決まってるけど、ハルは?」

「僕は……えーっと、読み書きが出来なくてさ」

「じゃあ同じのにする?」

「うん。そうする」


 カレンはフロア係の女性おばさんを呼び、料理を注文する。慣れた動きながら慌ただしくフロアをしている彼女は、厨房にいるおじさんの奥さんなのかな、と波瑠はなんとなく考えた。


 料理を待つ間、ガスはあるのかとか、電気は流石になさそうだとか、日本人らしい思考を巡らせていた。


「ハル、アンタ、好きなこととかあんの?」


 思考を遮るように、カレンが問いかけてきた。


「好きなこと?」

「そ。好きなこと」


 好きなことかぁ、と口に出して考え、


「本を読むとか、かな」

「本!? ……アンタすごいのね……」


 予想外に驚かれる。そんなに驚かれるようなこと言ったかなぁ。


 カレンは興味津々といった風情だ。少女のようなキラキラした目を波瑠に向けている。少女だが。


「本ってどんな!?」

「小説とかかな。難しい本は読めないよ」

「小説?」


 小説「とか」の中には、マンガや雑誌等が含まれていたのだが、この世界には小説もないのだろうか。活版印刷はルネサンスの頃の発明だったっけ、なんてことも思う。


 もしかすると、手書きの本しかないのかもしれない。貴重品とか。


「物語を記した本のこと。僕のいた国では、本を大量に作る技術があったから」

「ん? じゃあ、娯楽の為の本?」


 あっ……。

 波瑠の胸に、棘がチクリと刺さる。そう、所詮は娯楽。


 取り柄がなくて、能力も残念。そんな波瑠が逃げたのは、物語の世界だった。


 学校での成績は芳しくない。将来の夢も特にない。小説に関する造詣だって、自分より深い人なんかザラにいた。


 小説とかマンガとか、なんの役に立つの? そんなの読む暇があるなら、少しでも勉強したら? 努力しないからいつまでも底辺なんじゃないの?


 ……全部、正論だ。悪いのは娯楽じゃない。僕だ。人より劣ってるのに、遊んでばかりだから。逃げてばかりだから。


「いいわねそれ!」

「……えっ?」

「それって、面白い話を見てきた、ってことでしょ?」


 カレンは、変わらずキラキラした目で波瑠を見る。話を聞きたくて仕方ないのか、興奮した様子でいる。


 波瑠はそのカレンの反応に戸惑い、思わず訊き返した。


「……軽蔑しないの?」

「なんでよ?」


 カレンは心底不思議そうにしている。


「だって、僕はそんなことに時間を使ってきたんだよ? もっと死に物狂いで努力してたら、人の役に立てるような人になれてたかもしれないのに」

「はぁ? ハル、アンタ何言ってんのよ?」


 会話は噛み合わない。波瑠とカレンの間には性別の違いがあって、歩んできた人生の違いがあって、習慣の違いがあって、価値観の違いがあって。だから、噛み合わない。

 当然のことだ。


 カレンは波瑠に問うた。


「ハル、アンタは人の役に立ちたいの? それとも、人の役に立たなきゃいけないと思ってんの?」

「……人の役とか、社会の役には立たないとダメだよ。自分のことだけじゃなくて、きちんと周りにも貢献する。それが大人になるってことでしょ?」

「ってことは、役に立たなきゃ、って思ってんのね」

「うん」


 一概に、何が大人かというのは難しい。しかし、自分勝手に生きていてはいけないのは確かだと波瑠は思う。大活躍しないまでも、せめて、社会の中で何かしらの役割を持たないといけない。


 それすら危ういかもしれないのに、遊んでばかりいるダメ人間。波瑠は自分のことをそんな風に考えていた。


 だが、カレンは青い瞳で波瑠を見つめ、


「そんなやつが、役に立つとは思えないわ」


 バッサリと切り捨てた。


「そりゃ、我慢が必要な時だってあるわよ。でもね、そんな動機で、無理矢理やらされてるみたいにやってても、動きに気持ちは乗らないし、簡単に潰れるわ」

「…………」

「自分を追い込むんなら、きちんと逃げ場とか、憩いの場を作っとくことね。心に余裕を持つってのも、生きてくのに必要なことよ」


 だから、


「アンタが好きなことは、立派にアンタを支えてる大事な存在だと思うわ。私は、それがどんなに楽しいことなのか教えて、って言いたいわけ」


 悪いとこ治すにしても、怒鳴っても意味ないし、と加える。


 波瑠は、劣等感を覚えた。カレンは自分なんかよりずっと上にいて、ずっと濃い人生を生きている。それに引き換え自分はどうだ。大したことは出来ないし、大事なことも全然解ってない。


 だからこそ、波瑠は胸を張った。


 役に立たなきゃ、という義務感は、役に立ちたい、という願望に変わったから。カレンの遠い背中に、しがみついてでも着いていきたい。自分に出来ることで。


「カレン、ご飯食べたらさ、帰り道で好きな小説の話とかしてもいいかな」

「今じゃダメなの?」

「娯楽は一言じゃ語れないから」

「そう。楽しみにしとくわ」


 引かないかな? あまり勢いに任せたら……いや、その時はその時。ちょっとずつ調節すればいいよね。


 そうして波瑠はあれこれ考える。カレンはどんな話が好きだろう。SFは難しいだろうけど、ファンタジー系なら解りやすいかな? 学園モノとかは新鮮に感じてくれるかも。


「あ、そうだ。カレンは好きなこととかあるの?」

「あるわよ」

「おまちどおさま」


 タイミング悪く、おばさんが料理を運んできた。波瑠の感覚で言えばナポリタンで、フォークで食べる辺り、あながち間違いでもないのだろう。


 食べ始める前にカレンの好きなことを聞こうと思ったが、


「~~~~っ」


 キラキラした目でナポリタンを見つめてそわそわしているカレンを見ていると、それもはばかられた。


「食べようか」

「そうね!」

「いただきます」

「……?」


 手を合わせ、料理に向けて挨拶でもするような態度の波瑠を見たカレンは一口目を食べる手を止め、小首を傾げた。


「日本では、食材への感謝を込めてそう言うんだよ。食べ終わったら、同じように「ごちそうさま」って」

「ふうん?」


 カレンはわざわざフォークに絡ませたパスタを皿に戻し、波瑠と同じように手を合わせた。


「いただきます」


 そして、見てるこっちが気持ちよくなるほどの速さで食べていく。男にしては小柄な波瑠とさほど変わらない背丈、細いウエスト。だから波瑠は不思議に思うのだ。


 リスのように口一杯に麺を溜めているカレンに問う。


「ねぇ、カレン」

「……?」

「あのこれ、三人前くらいあるんだけど」

「???」

「……なんでもない」


 口に入れたまま喋らないカレンは、それでも波瑠の言うことが解らないという態度をハッキリ示していた。しかし、すぐに食べるのを再開する。


 波瑠は自分も食べ始める。目線だけでカレンの食べっぷりを見て、カレンの好きなことは何なのか悟った。もっとも、これだけ美味しそうに食べる彼女を見れば、誰の目にも明らかだろうが。


「あーあー、カレン、落ち着いて食べなよ」

「……んっ! 冷めない内に食べないと勿体ないじゃない」


 波瑠はポケットからハンカチを取り出し、ベタベタになっているカレンの口の周りを拭う。


 するとカレンは何故か顔を紅くした。呆然とし、ぽやーっとしている。


「カレン?」

「え、な、何!?」

「どうしたの? ボーッとして」

「え、私ボーッとしてた? いや、そんなことないわよ!?」

「あ、まだついてる」


 失敗した、と思いながら、波瑠は少し横着してカレンの頬を指で拭った。そして、変なところで子供みたいだなと思いながら、完全に無意識な状態で口に運ぶ。


 それを見たカレンはさらに顔を紅くして、あたふたする。


「あ、あああアンタ、い、今、~~っ!?」

「……? 口の周り、汚さないように食べなよ?」


 波瑠は自分の前に山となっているパスタを少しずつ減らしていく。あまり、人にかまけている余裕はないのだ。


 カレンも明らかに取り乱しながら、しかし食べるのを再び再開。少し、ペースが落ちたような気がした。


 波瑠は、カレンには僕の分まで食べれる余裕はあるかな、と考えながら食べ進めた。


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