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少年の受けし天災

 



「酷い話……」


 少年は読み終えたその本を閉じた。彼が自室で読んでいたのは、高校の図書室にあった小説。外国で書かれた小説らしく、和訳されている割に作者名やタイトルは何故か原語で書かれており、それが目に止まったから読み始めたのだが、


「吸血鬼に親を殺されて、必死に頑張って騎士になったのに最期はこれって……」


 可哀想だ。なんて救いのない。大体、吸血鬼っぽい描写なんて最後の血を吸うシーンまで無かったし、急すぎる。どんでん返しとしてのインパクトは強いが、変化球過ぎやしないだろうか。そもそも、これではただただカレンが不幸なまま死んでしまっている。


 明日返そうか、もう一度読もうか。適当に考えながら小説をカバンに入れ、ベッドに倒れ込んだ。


「はぁ……なんだか鬱展開見たら気分沈んじゃったよ……」


 本当はサクセスストーリーを見たかったんだけどな。

 彼が冒頭を読んだ時、幼少期のカレンは吸血鬼に親を殺されて、自分も殺されそうになった時に当時の吸血鬼殲滅騎士ヴァンプ・キル・ナイトに助けられる。


 それで行き場のない彼女は吸血鬼殲滅騎士ヴァンプ・キル・ナイトに入るが、戦いの才能はなく、それでも努力してどんどん強くなった。優しい姫様からの信頼も得て、忠誠を誓って……ここまで来たら普通ハッピーエンドだと思って当然じゃないか。


 カレンの姿が自分と重なって、少年は自分も同じような末路を辿るんじゃないかと考えてしまう。


「……寝よ……」


 少年、黒川波瑠くろかわはるは憂鬱な気分で部屋に貼られたカレンダーに目をやる。カレンダーが示しているのは明日が火曜日であるということ。明日も学校だ。






 黒川波瑠は、高校一年生である。小柄で華奢きゃしゃ、身体能力は普通以下、成績も悪く、優しいことだけが取り柄だとよく言われ、本人もそう思っている。


 だから、超能力の授業で必ず行われる模擬戦でも、同級生に勝てた試しはない。自他共に認める落ちこぼれだと言えよう。


「黒川、水瀬みなせ、前へ」

「うす」

「……はい」


 壁面、床、天井に強化コーティングの施された体育館。超能力教科担当教師の指示で、二人の男子生徒は対峙する。今日は波瑠の大嫌いな模擬戦の日だった。


 水瀬と呼ばれた少年はニヤニヤと笑い、ヘラヘラした態度で波瑠に声をかけた。


「ハル、俺にちょっとでも触れたらジュース奢ってやるよ」


 見下した態度。水瀬の態度は、波瑠のことを完全に舐めきった態度そのものだった。水瀬のセリフに、周りで見ているクラスメイトも、ほんの少しあざけりを含んだからかいの笑いを上げた。しかし波瑠は俯いたまま、


「……いらないよ、そんなの」


 力なく、小さく呟くだけだった。彼にもこの後の展開など解っている。クラスメイトの反応の方が正しくて、自分がこんなところにいることの方が間違っている。

 思わず泣きそうになり、ギリギリでこらえる。


「水瀬、真面目にやれ」

「へーい」

「まったく。……黒川も、用意はいいな」

「……はい」


 波瑠は思う。こんなのは見せ物だ。狩りだ。僕が弄ばれるように負けるのを、皆が笑う為のお遊びだ。

 ……所詮僕は、狩られる側の負け組だ。これまでも、これからも。


(けど、授業だから一応ちゃんとやらないとマズイよね……)


 憂鬱が加速したが、一応気合いを込めてみる。そして、教師が少し離れ、


「はじめっ!」


 開幕の合図と同時に、波瑠と水瀬は自身の超能力を展開する。


聖剣の泉カリバーン・プログラム!」

電光雪花でんこうせっか!」


 一瞬輝いた波瑠の手には一振りの剣が出現し、水瀬はバチバチと電気をその身にまとう。波瑠は剣を両手でしっかり握って構えるが、水瀬はそんな彼に対して警戒する素振りすら見せず、ただ余裕の笑みで挑発していた。


「くっ……やああぁーーっ!」


 破れかぶれ、剣を振りかざして突進する。剣術など知らない、運動も苦手な波瑠の動きはぎこちなく、走る速度もあまりに遅い。


 水瀬は口笛を吹きながら波瑠の攻撃を避けていく。電光雪花の能力で、水瀬は稲妻のような速度で動く。水瀬はわざとギリギリまで引き付けてから一瞬でかわし、遅れてそれに気づく波瑠が情けなく放つ斬撃をまたギリギリでかわす。


「はぁ……はぁ……」

「もう疲れたの? 相変わらずハルは弱いな~」


 そして、スタミナの切れた波瑠に背後に一瞬で回り込み、


「はいトドメ」


 手刀を首筋に叩き込んだ。科学技術の発展に伴い、誰しもが固有の超能力を脳から引き出せる現代。水瀬がそれによって得た力を持って、同じく超能力を持つはずの波瑠を、まるで虫けらのように弄んで倒した。


「勝者、水瀬」


 意識が遠退いていく波瑠はいつものように思う。

 こんな能力で、僕が勝てるわけないじゃないか……。僕の能力が、もっと強かったらよかったのに……。






 波瑠は放課後、いつものように図書室へとやってきた。超能力の才能はないし、勉強が出来るわけでもない彼はいつも図書室で本を読んでいる。当然、実用的なモノではない。社会的にはなんの役にも立たない、娯楽小説ばかりを。


 小説家になるのもいいかな、などと波瑠は思う。むしろ、どんなこともてんでダメな彼にはそういったアーティスティックなことしか出来そうなことがない。


 科学技術が発達し、利便性ばかりが突き詰められた現代において、紙の本というのはしぶとく生き残った。電子書籍が台頭して久しいが、なんだかんだ言って、気に入ったモノは形ある状態で保持したいのだ、人間は。


 定位置に座り、彼はカバンから昨日読んでいた小説を取り出した。元々波瑠以外の利用者はほぼいない図書室だが、今日は彼以外には誰もいなかった。


 小説を返そうか、もう少し借りていようか。なんとなく考えながら、波瑠はパラパラとページを捲っていく。


 不意に、捲れるページが止まった。そこは小説の終盤、カレンが何故か吸血衝動に襲われ、殺した吸血鬼から血を吸うシーンだった。


「……あっ」


 そこで波瑠はふと気がついた。右手の親指が切れている。乾燥していたのだろうか。意外と深く切れているらしく、今にも血が滴りそうだ。彼が慌ててカバンからポケットティッシュを取り出そうとした時、親指から一滴の血が落ち、小説のページを濡らした。


「っ!」


 ヤバッ! そう口にする前に小説から眩い光が放出され、波瑠は思わず目を覆う。だが、強い光は彼の意識すらも白く染めていく。


 その日、黒川波瑠は行方不明となった。






「ん……あれ、僕いつの間に寝て……?」


 黒川波瑠は目をこすりながら起き上がった。彼はハッキリしない意識を覚醒させ、辺りを見回す。


「え……?」


 知らない景色。空には月が浮かび、星も出ている。だが、高層ビルの並ぶ日本にいたはずなのに、彼の周りには中世風のレンガ造りの家々が並んでいた。波瑠が目を覚ました場所はかなり暗い。路地裏かどこかだろうか。


 身体を見ると学生服のまま。自分の身体で間違いなさそうだった。

 思い出す。確か図書室で本を返すか悩んで、親指から血が出てたから拭こうとして……。


「拭こうとして?」


 そこから先が思い出せない。凄まじい光に目を覆ったのは覚えているが、外国行きの飛行機に乗った記憶もなければ、頬をつねれば痛みを感じるから夢でもない。

 異常事態が起きていると理解するのに、そう時間はかからなかった。


 ここはどこなのか。どうすれば帰れるのか。混乱する頭は整理がつかないままだが、とりあえず解るのは座り込んでいても何も変わりはしないこと。


 路地裏から出なければ。波瑠がふらつき、冷や汗をかきながらも立ち上がった、その時だった。


「む、君、どうしたんだこんなところで」


 背後からおじさんの声がかけられる。突然の声にビクッとしながらも振り向くと、暗い路地の奥側から、声のイメージそのままな外国系のおじさんが現れた。

 波瑠は頼れる人の登場に安心し、夢中でおじさんに縋りついた。


「あ、あの、僕日本にいたはずなんですけど、気がついたらここに倒れてて、それでっ」


 舌がもつれ、伝えるべき事項がまとまらない。逆境にも弱い自分を呪いながら、身ぶり手振りを駆使してなんとかおじさんに伝えようとする。

 おじさんはそんな波瑠を手で制した。


「落ち着きなさい。……まず、君はニホンの人なんだね」

「そ、そうです」


 おじさんのやんわりした雰囲気に乗っかり、波瑠はゆっくり呼吸をする。大丈夫、このおじさんに丁寧に説明すれば、解ってくれる。落ち着け、落ち着け。そんな風に、自己暗示をかけながら。


「では、このアストリアの人間ではないと」

「アストリア? ここはアストリアという所なんですか?」


 それは、街の名前なのだろうか。アストリアなんて国は聞いたこともないが、地球には多くの国がある。自分が知らないだけでアストリアという国が欧州辺りにはあるのかもしれない。


 でも、アストリアって単語、国の名前じゃなくてどこかで聞き覚えがあるような……?


 波瑠はその辺りをおじさんに聞こうとして、


「うわぁっ!?」


 悲鳴にも似た声をあげた。おじさんは突然波瑠を押し倒して、強い力で波瑠の肩を掴んだのだ。そして、()()瞳をギラつかせながら、息も荒く言った。


「アストリアの人間じゃないなら、殺しても問題ないな!」

「ひっ!?」


 豹変した男の口から覗く尖った歯。その鋭さに、喉が勝手に情けない声を出す。華奢で非力な身体は完全に押さえつけられていた。

 波瑠がもがいても一切の効果を成さず、男は波瑠の首筋にその鋭い歯を突き立てようと迫っていた。あんな鋭い歯が首に刺さったら、まず間違いなく死ぬ。


「だっ、誰か! 誰か助けてください! 誰かぁ!」


 必死に叫び、手足をバタバタと動かし、助けを求めた。

 嫌だ、こんなところでわけもわからず死にたくない! いくらなんでもあんまりだ!


 しかし、そんな彼の思いとは関係なく、死は迫る。


 ……もうダメだ。波瑠は目を閉じ、自分の非力さだけを呪った。どうしたって、僕には自分の身は護れない。落ちこぼれに生まれて、なんの取り柄もないような僕が暴力を振るわれたら死ぬのは道理なんだ。僕は、弱いんだから。


 黒川波瑠は、自嘲の笑みを薄く浮かべた。


「そこまでです!」


 突如、波瑠の耳に女の声が届いた。幼さは残るが凛とした鋭い声に、波瑠の肩にかかっていた負荷が緩む。


 目の前まで迫っていたおじさんは顔を上げて焦燥を見せていた。その視線の方を見れば、路地の表側にこれまた中世風の騎士のような格好の少女が二人立っていた。


「チッ!」


 舌打ちとともに波瑠の上から跳び退き、おじさんが路地の奥へと逃げていく。彼の超能力によるものか、非常に素早く走っていった。水瀬ほどではないが。


「待ちなさい! わたしが追います! その子の保護をお願いします!」

「解った! 無理はしないで!」


 少女の一人が波瑠を大きく飛び越え、おじさんの後を追っていく。残った少女が、呆然とする波瑠に手を差し伸べた。


「大丈夫? 噛まれてない?」

「は、はい、噛まれてないです……」


 あまりの展開に目眩を覚えながら波瑠はその手を取り、よろよろと立ち上がる。

 少女はそんな波瑠の首筋の辺りをチェックし、にこやかに微笑んだ。


「うん、大丈夫そうだね」

「ありがとうございます……」

「いいのいいの。それが吸血鬼殲滅騎士ヴァンプ・キル・ナイトの仕事だもん」


 少女は明るく笑って言う。しかし、波瑠はその言葉の中に聞き逃してはいけない単語があることに気づいた。


吸血鬼殲滅騎士ヴァンプ・キル・ナイト……?」

「そだよ。……ところで君、変な格好だね?」


 吸血鬼殲滅騎士ヴァンプ・キル・ナイト。聞き覚えのあるその言葉によって認識した事実に、波瑠は震えた。

 ここは、アストリアという地は、あの小説の舞台だ。


 カレン・セラムフリードという少女があまりに報われない悲しい結末を迎えた、その世界なのだと、黒川波瑠は理解するしかなかった。


波瑠、という女優さんがおられるようですが、書いていた頃にはその存在を知らず、まったくの偶然でございます。


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