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ドテンプレ転生ファンタジー「死の先にて」  作者:
第一話「レフ・クジョーVS司祭イミテイター」
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08:巡回司祭、竜の尖兵たるイミテイターに食われる

 ここは帝都を幾千里、帝国が竜の軍勢と死闘を繰り広げる最前線にほど近い場所。

 竜の侵攻から逃れた難民たちが、ボロ小屋と毛布で厳冬の鋭い刃に耐えている。

 故地を竜に奪われた者たちの逃げ場。

 こうした難民キャンプが、この前線付近にはいくつも点在している。

 周囲に耕作に適した土はなく、何か産業ができるような立地でもない。

 なればこそ元から住まう人もなく、彼ら流浪の民が集うことを許されているのだ。




 そんな本人たちを含め誰からもここに住まうことを望まれぬ人々の希望はたった二つ。

 一つは竜の軍勢を必死で押しとどめ、時折救援物資を届けてもくれるローマ帝国。

 そしてもう一つが、こうした難民キャンプを周回して信仰と生存の道を授けてくれる巡回司祭である。

 彼ら巡回司祭は、教会を村ごと奪われた難民たちに信仰の道を説く。

 同時に、自らが難民救済のため集めた食料や物資を配る。

 さらに「物資の引換」と称して様々な仕事や奉仕活動を行わせ、難民たちに生きていく術と希望をも与える。

 ほぼ個々の司祭が篤志によって行っている救貧活動である。



 そんな難民キャンプで頑張る司祭の一人に、教皇庁から使者が訪れた。

 帝都に赴き貴族の子弟に神学と信仰の道を説いてほしいという。

 曰く、帝国が帝都に貴族の子弟が集う魔術学校を作ることになったらしい。

 だが肝心の講師が足りず、教皇庁からも司祭を複数人派遣することとなった。

 その派遣する講師の一人として、宗教的情熱に篤い自分が抜擢されたというのだ。

 「貴族の子弟に困窮する最前線の様子を伝えてほしい」というのが教皇庁の「希望」だ。

 旅に同行していた従者や護衛の聖堂騎士たちは、この抜擢を我がことのように喜んだ。

 足に肉刺を作り、帝国の人々を救ってきた司祭の苦労がようやく理解されたと。


「落ち着きなさい。どのような仕事であれ神に仕えることにかわりはありませんよ」


 当の司祭が、そのように周りを窘めなければならなかったほどだ。



 実際、司祭はこの抜擢を自らの努力が認められたがゆえと単純に思ってはいなかった。


(帝国内の新たなポストは帝国出身の司祭で埋めたいといったところだろうか)


 そう推測していた。

 事実、講師として帝都に向かった場合、今の教会は新たな司祭を後任に迎えるとなっている。

 勿論、帝国出身の司祭だ。

 実績のある者を帝都の講師として派遣し、抜けた穴に自分の派閥を送り込む。

 そうやって派閥の強化を行いたいのだろうと考えていた。



 教会のような国際的な大組織ともなれば、当然ながら内部に派閥ができる。

 そして出身地が似かよれば利害の一致もしやすくなり、自然と同じ派閥になっていく。

 現に彼とて、帝国の教区を管轄する司教への挨拶は欠かしたことがなかった。

 勿論、そのようなしがらみを捨て全てを主への信仰へ捧げるのが理想ではある。

 あるのだが、なにぶん聖職者はあくまで人間だ。

 聖書曰く、完璧な存在は主のみである。

 つまり、裏を返せば人間は不完全であるということに他ならない。

 そんな人間が教会を運営している以上、ある程度は現実に妥協せざるを得ないのであった。



 とはいうものの、そんな世知辛い事情は市井の信者には関係のない話だ。

 せめて彼ら民衆の前でくらい司祭は俗世を超えた存在でなければならない。

 彼は常々そう考え、可能な限り真摯に民衆への教導や祭礼を行ってきた。

 根本的解決にならないと承知の上で、可能な限り難民を救おうとしたのもそれが故だ。


(ならばこそ、この話を受けるべきなのだろうか)


 彼は悩んだ。

 帝都はこの最前線からははるか遠くだ。

 そこで貴族の子弟に何かを教えるとなれば、今のような頻度で難民キャンプを巡回することは不可能だろう。

 確かに栄達ではあるが、果たしてそれは彼らを見捨ててまで得るものなのだろうか?

 しかし、今の最前線の現状を体験談として帝都に訴えるのも彼らを救う道になるのではなかろうか。

 帝都からも更なる寄進や支援を募れれば、あるいはこの難民そのものを救う一歩になるかもしれない。

 神ならぬ身である彼に、どちらか正解かなど即答できるはずもなかった。


「……せめて一日、身の振り方を考えさせてはいただけまいか」


 苦悩の末、教皇庁からの使者にそういうのが精いっぱいであった。



 行くべきか断るべきか考えつつ、彼は今いる難民キャンプでいつものように難民の様子を見て回っていた。

 悩んだときは頭の中で考えるより、現状を見て新しい情報を仕入れたほうがいい。

 今の巡回活動を始める時も、そう考えて行動に至ったのだ。

 そうして難民たちの暮らしぶりや不足している物資、できそうな仕事などを聞いて回っていると、ある男性に声をかけられた。


「あの、神父様、少しよろしいでしょうか?」


 司祭が彼の顔を見るのは、おそらく初めてだ。

 服はボロボロで、寒さで青ざめた足は今の今まで歩き続けてきたであろう傷跡が見える。

 おそらく最近こちらに逃げてきた難民だろう、司祭はそう推測した。


「構いませんよ? 何でしょう」

「はい……やってきてこんなこといきなり頼むのは申し訳ないのですが……。

 神父様に、懺悔を聞いていただきたくて……」


 男は、申し訳なさそうにうつむきながらそう言った。

 難民が懺悔を望むのは、そう珍しいことでもない。

 彼らは命からがら、着の身着のままで最前線から逃げてきている。

 勿論、そのさなかに同郷の人間が命を落とすことは珍しくない。

 場合によってはあえて見捨てることだってある。

 ことによっては、生きるために罪に手を染める者もざらだ。

 そういった生存者が良心の呵責にさいなまれ、救いを求めて誰が責められようか。


「わかりました。

 ですがこのようなところですので、誰にも聞かれない場所となるとキャンプを少し離れることになります。

 その前にひとまず暖を取ったほうがいいかと思いますが……」

「いえ、ならまず懺悔をさせてからにしてください。

 でないと胸張ってキャンプに入ることができません」


 神父の申し出に、男はそう言ってかぶりを振る。


「ならば何も申しますまい。

 誰にも話を聞かれない場所まで移動いたしましょうか」

「ありがとうございます、神父様!」


 そう言って二人はキャンプから離れ、人気のない場所へ移動した。



 難民キャンプを少し離れると、乾いた寒風の吹きすさぶ荒野が広がっている。

 下地は礫でごろごろしており、建物を建てるのも難儀しそうだ。

 強制されてもこのような場所に居を構えられる者は少なかろう。

 そんな無人の野に、司祭とみすぼらしい男がぽつんと二人立っている。


「それで、あなたの告白したい罪とは何でしょう?」


 優しげな声で、司祭は男にそう告げる。

 命を刈り取る冷たい強風に邪魔され、その声は周りには全く聞こえない。


「はい、実は私、ここに来るために人を殺して、そして――」


 男はそういうと、司祭の下へずずいと近寄り、左手で司祭の右手をつかむ。


「――また一人殺してしまいました」


 そういうと、彼の左手から何本もの動脈のような太い管が高速で伸び、司祭の体に一瞬で絡みつく。

 司祭が驚きの表情を見せ、叫び声をあげようとする。

 だが、管は司祭が何もできぬうちに彼の全身を吸い込んでしまった。

 どさりと、主を失った司祭服が重い音を立てて崩れおちる。

 そして男がいた場所には――なんと先ほど管に吸い込まれたはずの司祭がボロ布を纏って立っていた。

 そう、彼は人を食らいその姿と記憶を奪うケダモノ、竜の尖兵がひとつ「イミテイター」だったのだ。


「……ほう、このまま帝都に行って貴族のセンセイになるのか私は……。

 それは実に楽しそうだ、さぞいい餌が手に入るだろう……」


 イミテイターは主を失い地面に崩れた司祭服を纏いながら、そう薄く笑った。



 「高名な巡礼司祭」が魔法学校の講師になる決心がついたと使者に告げたのは、その日の夜のことであった。

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