07:レフが将来の苦労を【確信】し帝都に魔術学校を作るよう提案する
レフが魔術で大聖堂の怪談を作ってしまってから、当然事件について色々調べられた。
帝国が誇る魔術師調査隊も当時の状況的にレフが怪しいとにらんではいた。
だが、ならば下手につつけば帝国が教会に難癖をつけられる羽目になりかねない。
というわけで調査は「詳細不明」で片付けられ、レフの監視を強化するだけに留めた。
レフはレフでやりすぎたと反省しており、あれ以降は新魔術の実験を自重していた。
そのため、しばらくすれば強化された監視もレフの日常の一部になった。
なお一部の熱狂的な信者が「神の奇蹟」と主張し、実際に教皇庁から奇蹟かどうか調べる調査員も来た。
奇蹟かどうかの調査は10年単位なので、結論が出るまでは怪談として語られるのだろうが。
魔術の学習にも変化があった。
レフが基礎の型を極めたことにより、一人だけ新たな魔術の修行となったのである。
彼は学友に基礎の型を助言する傍ら習った魔術を練習していた。
明かりをともす、火をつける、水を生む、風をおこす、他者を癒す、などなど。
どれも生活に便利な程度の初歩的な魔術である。
真っ当な魔術師ならだれでも使える程度のものだ。
だが、レフ以外の学生たちにしてみれば間近で見続けられる「真っ当な」魔術である。
基礎の型のすぐ先にある、目に見える目標は彼らの修業に対する強い動機付けとなった。
結果、イザベラを皮切りに基礎の型を極め、次のステップに進むものが続出した。
そして一歩先を行くレフに対し、彼らは子供特有の強者に対する畏敬の念を抱いた。
こう書くと非常に順風満帆のようであるが、その裏では一つ問題が起きていた。
具体的には「最近子に魔術を習わせ始めた貴族」が、レフの新たな学友となることを希望し始めたのである。
彼らにしてみれば「1年の遅れで宮廷のエリートから締め出されたくない」と言った所だろうか。
さらにレフが1年もたたずして基礎の型を極めたことで、単純により良い教育を望む者たちも入門を希望し始めた。
事実、レフ以外の少年少女も基礎の型を急激に上達させている。
その実績と将来のコネクション、両方の面で希望が殺到するのも当然といえた。
だが、ただでさえ多過ぎると言われているのにさらに増やしたら宮殿が子供で埋め尽くされる。
そして今回を認めれば来年、来年も認めれば再来年と人数が増えていくのは明白だ。
さてどうしたものかと、廷臣たちは頭を抱え始めた。
「――というわけで、今度の春にまた新しく数十人程度の子供が来るらしいです」
ある日の魔術の休憩中、イヴァンがレフにそう告げてきた。
「……それ、管理できるの?」
レフが宮殿の周りを見ながら考える。
確かに子供数十人程度なら宮殿にはまだまだ余裕がある。
だが彼らは貴族の子弟だ、一人で着の身着のまま来てるわけがない。
従者や世話係も連れてきているし、彼らのための屋敷もある。
宮殿におかしな人間を入れないために宮廷も警備や監視を強める必要がある。
出入りする人間が増えればその手間は倍々になっていくことだろう。
どこかで受け入れを拒否して文句を言われるか、管理がパンクするかしそうだ。
レフはそう【確信】した。
ならば6歳児の時分に何ができるかはともかく、できるだけ足掻いたほうがいいだろう。
「うーん、なんとかしたほうが、いいとおもうけど……」
レフがそううなっていると、横で話を聞いていたイザベラがちょこんとレフの横に座り込む。
「殿下、でしたら、殿下のお名前で帝都に魔術の学校を作らせるのはいかがでしょう?
これだけの人数です、宮殿に屯させるよりそっちの方がきっとみんな幸せになります」
そしてそう言ってきた。
「学校、か……」
レフはイザベラの意見を頭の中で検討する。
イザベラみたいな子供がこんなことをどうやって思いついたかは知らないが、レフにとっては些細なことだ。
魔王の孫ともなれば色々入れ知恵する奴もいるんだろう、今の自分のように。
レフはそう割り切って気にするのをやめた。
その点をバッサリ無視すると、イザベラの提案に乗る方がよさそうではある。
だが、貴族の子弟が集まるような学校一つ作るとなるとかなりの手間だ。
勿論そんなものを作らせる権限などレフにはない。
となると権力のある大人に「作ってもらう」しかない。
(で、今の管理でキュウキュウ言ってるのに学校を作らせる余裕がホントにあるんだろうか……)
流石に帝国の懐事情まで詳しくないレフに可不可はわからない。
なら一度聞いてみるか、レフはそう決断した。
「ありがとう、イザベラ、ちょっと父上か皇帝陛下にできないかどうか聞いてみる」
「いえ、私の思い付きが帝国の役に立てるのならこんなにうれしいことはありません」
いつものように笑顔で、二人はそう言葉を交わした。
レフは修行を終えた後、祖父であるローマ皇帝アレクサンドル・クジョーの下へ向かった。
目的は勿論、魔術学園建設の陳情である。
こういう時、皇帝の孫という立場は便利だ。
多忙などで会えない場合も当然あるが、逆に言えば理由がない限り面会ができる。
少なくとも氏素性を怪しまれて門前払いを受けることはない。
なるほど、縁故政治がなくならんわけだとレフは少し世の無情を感じた。
レフが面会を求めると、果たして皇帝は孫のために時間を割いてくれた。
執務室に鎮座し孫に相対する皇帝は、どこにでもいそうな柔和な好々爺であった。
着ている服こそ普段着としては立派なものだが、世間一般がイメージする「皇帝」とは程遠い。
だがこれくらいの方が逆に人がついてくるのかもしれないなと、レフは自分の祖父に対してそんな印象を持っていた。
「レフ、今日はどうしたんだい? ああ、机の上の紙は大事なお仕事の書類だから見たり触ったりしちゃだめだよ」
優しい顔を崩さず、アレクサンドルはレフにそう尋ねた。
「はい、陛下、実は、帝都に学校を作ってほしいのです」
こんな年の子供が腹芸をしても仕方あるまいと、レフは単刀直入に要求を告げた。
「学校? というと――レフがみんなと宮殿でやっている修行のかね?」
「はい、あれを、専門でやる学校を作って、いろんな学生を受け入れたらどうかなと」
「ほう――」
皇帝の瞳が一瞬鋭くなる。
6歳のレフがそのような提案をしてきた意味と、提案に乗るリスクリターンを考えているのだ。
レフは始めてみる祖父の皇帝としての眼光に、これが人の上に立つ者の重ねた年輪かと戦慄した。
「ええっと、今いる子以外にも、いろんな人が魔術を勉強したいって聞いて……」
「ふむふむ。それで今の宮殿では手狭だから学校として独立した施設を立てればどうかというわけじゃな」
「は、はい! ……だめでしょうか……」
「いやいや、だめというわけではないぞ。
何しろ役人にも今のレフのような提案をした者がおるくらいだからの。
が、色々と難しいことがあってなあ。
建物を建てるにせよ教師を雇うにせよただというわけにもいかん。
よっぽど何かメリットがない限りは後回しにせざるをえんのだよ」
「メリット、ですか?」
レフはしばし思案し、ふと思いついたことを言ってみる。
「……偉い人の子供や使用人を帝都に集めて住まわせるのってメリットにならないんですか?」
江戸時代の参勤交代のようなものだ。
あれと違って「子弟の教育」という名目だが、各地の貴族を帝都に集めるという点ではほとんど変わらない。
確か江戸屋敷に各藩の武士が住むことで江戸は巨大な消費地となり、経済が発展したと聞いたことがある。
そうでなくても自分の子弟が帝都に住んでいるとなれば反抗をためらう貴族もいくらかは出るだろう。
そして帝都で教育を受けた貴族が親皇帝派になる可能性も高い。
というかそもそも彼らは自分のシンパとして集められたはずだ。
その辺を考えるとそう悪くはない提案だと思うのだが……と色々考えつつ、レフは皇帝の反応を待った。
皇帝はしばし黙考すると、レフの方に向かって
「なるほど、その発想はなかったわ。
歳をとると頭が固くなっていかんな。
ではその方向で財布のひもが固い連中を説得してみることにしよう。
いやはやその歳でそんな知恵が回るとは、帝国の将来も安泰だのう!」
そう言って呵々大笑する。
レフは自分の祖父の評価を「人のいいお爺さん」から一気に「食えないジジイ」までランクアップさせた。
かくしてレフの学友集めから、帝都に魔術学校が作られる運びになったのである。
余談だが、同時に皇帝は自分の孫にこんな入れ知恵をした者の正体と目的を調べさせたという。
イザベラから魔王の陰謀まで視野に入れたそうだが、とりあえず今は別の話である。