06:レフ一行が迷宮の最奥へとたどり着く
「しかし、これだけのキラー幸子が潜んでいるとは、よほど重要な場所らしい」
全員の透明を解除し、呼吸を整えているときにミハイルがふとそうひとりごちた。
「そんなものなのですか?」
イヴァンがそれを聞いてふと尋ねる。
自分の独り言を聞かれていたと気付いたミハイルは、少し気恥しそうにした。
「少なくともこれだけの数のキラー幸子がいたという話は聞いたことがありませんね」
そして、誤魔化すように敬語で答える。
(まあ、これだけの数に襲われて生きて帰れる奴もいるまいが)
と、今度は心の中で思いながら。
そして、小休止を終えた6人は再び探索を続ける。
静寂と暗闇が支配する空間を、ワリスが持つ灯火だけが頼りなく辺りを照らす。
明かりの届かない先は完全な闇だ。
先に何があるかどころか、歩く床があるのかどうかすら疑わしい。
そんな暗闇を、6人はずかずかと進んでいく。
レフが逐一危険なものを指摘してくれるというのもある。
だが、それ以前に進まねば出口が分からないのだ。
次いつまたあのようなキラー幸子の襲撃があるかわからない。
多少危険であろうが探索区域を広げるしか、彼らに生き延びる道はないのだ。
そうして歩き続けてどれくらいたっただろうか。
レフたちは、巨大な扉の前へとたどり着いていた。
扉は鋼鉄に似た金属で作られている。
そして魔神語で「軍用人工生命“EX”実験室」と書かれている。
レフは、その扉を見てこの奥に例のキラー幸子が眠っていると【確信】した。
そして間の悪いことに、この部屋の奥に外に出るテレポーターが存在するとも。
「……どうやら、ここに何かあるみたいですね」
レフが多少ぼかしたようにそういう。
正直、封印して帰れるならそうしたいところである。
ほかに外に出れる場所を見つけて、自分たちが入り込んだ入り口を封鎖する。
それで誰かがここに踏み込む可能性は大幅に減るだろう。
だからあえて「ここを抜ければ出口がある」とは言わなかった。
「……その曖昧な言い方はなんですの?」
だが、長い付き合いのイザベラを誤魔化すことは不可能だったようだ。
彼女はじーっとレフを見つめている。
そもそも彼女だって魔神語を読むことはできるのだ。
何かがあるなんて扉の文字を見れば言われなくてもわかる。
そうしてイザベラが見つめる事数秒、レフはあっさりと根負けした。
「勘だけど、この先に出口がありそうなんだ。
実験する人が直通で外に出るためのテレポーターじゃないかと思う。
ただ――看板に書いてる通りの"軍用人工生命"もまだ生きてる気がする」
「……それは穏やかな話じゃないな」
ワリスが半信半疑ながらもそう答えた。
キラー幸子は一人で熟練の戦士を葬る力量を持つ。
だが、それでも彼女はあくまで「愛玩用」なのだ。
軍用に調整されたキラー幸子となると、どれほどの脅威であろうか。
少なくとも、今まで戦った連中とは比べ物にならないだろう。
「そして、それが真実ならば非常に恐ろしい話だ。
そのような危険物がすぐに外に出れる場所に眠っていることになる」
ワリスがそう付け加えると、全員に緊張感が走る。
「……まとめると、そうなりますね。
となると……いずれにせよ放置するわけには行きませんか」
レフは嘆息しながらそう言った。
重い金属の扉は、ノブに手を振れると驚くほど軽く動いた。
薄く開いた扉からまぶしい光が漏れる。
まるで内部が未だ生きていると主張しているかのようであった。
5人はその光を見て暗闇に慣れた目を光になじませる。
そうしてしばらくすると、ゆっくりと扉を開いた。
扉の先は天井が半球のドーム状になっていた。
部屋の中に窓はなく、ドーム型の天井全体がまばゆく光っている。
ドームの中心には、エメラルドめいた透明の円柱が天井まで伸びている。
円柱のそばにはなにやら機械のようなものがある。
そして円柱の内部には、一際美しい少女が閉じ込められていた。
だが、その少女に見とれる人間はこの場には誰も存在しない。
「……ホントにいましたね……」
イヴァンが大盾に身を隠しながら、その光景を見やる。
同時に辺りを見回すが、外に出るテレポーターらしきものは見当たらない。
可能性があるとすれば、円柱のそばにある機械をどうにかするくらいだろうか。
「近づかないとどうにもならんか」
ミハイルが素の言葉を使いはじめる。
もう体裁を取り繕うほどの心の余裕もないのだ。
そして5人は、一歩一歩じわじわとその機会に近づいていった。
刹那、円柱の中の少女の瞳が開き、5人の方を見る
そして彼女が手を伸ばすと、緑色の円柱にひびが入った。
円柱のひびから勢いよく液体が飛び出し、円柱が砕け散る。
「――来ますよ!」
ユゼフが叫ぶのと、緑髪の少女が円柱から飛び出してくるのはほぼ同時であった。




