05:転移先でキラー幸子の集団に襲撃される
水と食料の問題がとりあえずなんとかなる。
そう考えると、ミハイルとワリスの精神にも幾分か余裕ができた。
なんとかなる理由に関しては全力で目をつぶることにしたが。
だが、だからと言ってそう楽観できる状況でもない。
少なくとも、脱出する手段を見つけなければ社会的には死んだも同義だ。
そしてそれ以前に――先ほどから、周囲に足音が響いている。
「……キラー幸子か。それもこの量は一人ではない……」
全員が緊迫した表情を見せ、息をひそめる。
ざっ、ざっ、ざっ、といった多人数の歩く音が徐々に近づいてくる。
それもただ近づいてくるだけではない。
徐々に足音のテンポが速くなっているのだ。
こちらを明確に認識し、速足で近づいてきている。
そう考えるべき状況であった。
「……逃げられそうか?」
ミハイルがワリスにそう尋ねる。
まともに戦って勝てそうな数ではなさそうだからだ。
「……魔術師ちゃんたちがどんな魔法を使えるかによるな」
ワリスはそう言ってレフたちを見る。
4人は一斉に首を横に振った。
右も左もわからぬ場所でどこから来るかわからない大量の敵から逃げる。
流石にそこまでの魔術を使えるわけではない。
「幻覚を使って隠れる事ならできますけど、気付かれたら終わりですね。
戦うにしてもそれくらい小細工しないと死にそうですけど」
レフがそういう。
それを聞いて、ミハイルがしばし考えこんだ。
「……なら、一番生きのこる可能性が高い手段を頼む」
そしてレフにそう伝えた。
6人のキラー幸子たちが、真っ暗な廊下を無表情でひたすら歩く。
侵入者と思しき存在を探して排除するためだ。
完全に同じ顔の美女が6人並ぶさまには、どこか無機質な恐怖感があった。
果たして侵入者がやってきた場所にたどり着く。
だが、そこに人影は見当たらない。
6人のキラー幸子が怪訝そうな表情を見せる。
空間が揺らめいてそのうち一体が斬首されたのはほぼ同時であった。
首と胴体が泣き別れとなったキラー幸子がそのまま倒れ伏す。
残り5人のキラー幸子が何事かとそちらを見ると、慌ただしく辺りを見回す。
両断されたキラー幸子が再び動き出す気配はない。
どうやら、彼女らは再生能力や変形能力はない個体のようだ。
そして動揺している間に一人は胸部、一人は肩口と次々切り裂かれていく。
駄目押しとばかりに倒れ伏した6人が突然発火し、そのまま燃え尽きていった。
「どうやら姿を消す魔術はある程度有効のようですね」
どこかしらか、少女の声が響く。
イザベラの声である。
ほんの少し、誰かが歩く音が聞こえる。
「……とはいえ、自分からも姿や武器が確認できないのはかなり不便ですね。
危うく自分の得物で自分を斬りそうになりましたよ」
青年男性の声がそれに答える。
ミハイルであった。
何人かの足音が聞こえる
「……とはいえ、まだまだ術を切って休む余裕はなさそうですな」
老人の声がする。
ユゼフである。
そのころには足音は駆け足の音となり、数もだんだんと増してきている。
「……さっきの音でこの近辺の連中がここに集まってきているな」
若い女性――ワリスがそういう。
新たなキラー幸子の一団が襲撃してきたのは、おおよそそれと同時であった。
魔術で姿を隠す、魔術や武器で切り裂く、発火で焼き尽くす。
音やわずかな風景のゆがみから一部のキラー幸子がこちらに気付く。
気付いた個体は決まって動きを止めて何か声を発しようとする。
その隙に全力の魔術で息の根を止める。
時にキラー幸子が見えない大盾に阻まれ、身動きが取れなくなる。
体勢を崩した彼女はすぐさま消し炭となる。
6人は透明な状態を維持したまま、一人一人確実に消す作戦が有効と判断した。
だが、こうやって一人一人潰しているというのに、彼女たちの数は一向に減らない。
むしろそこかしこから駆け付けているのか、徐々に数が増えている。
一行当たるを幸い手当たり次第に暴れ始める。
見当違いの場所を殴り壁や柱にぶつかるたび、当たった個所が砂山のように削れる。
――一方的な展開と慢心すれば次につぶれるのはお前たちだ――
そう主張されているかのようであった。
そんな一方的な、しかし綱渡りの戦闘を繰り広げてどれほどたったろうか。
徐々にこちらにやってくるキラー幸子の数が減り始めた。
なおも慢心せず確実にくる端から片付けていく。
ついに、周辺に静寂が戻った。
何人かの肩で息をするような呼吸音だけが、どこかから響いてくる。
「……おわった、んでしょうか……?」
そんな肩で息をしている一人、イヴァンがそうつぶやく。
極度の緊張は、彼から基礎の型による治癒の恩恵を奪っていた。
しばらく落ち着かねば体力回復もままならないだろう。
「……少なくとも、正面から力押しする気はなくしたようだな」
そう返すワリスは自然回復しかないのだから、イヴァンはむしろ恵まれたほうだが。
「なら、今の機会に先に進みましょう。
この場にとどまっていたら不意打ちを食らうかもしれません」
もう一人の少年であるレフが平然とした声でそう言った。
その声や呼吸に、疲労や動揺の色は全く見られない。
「……その前に、この透明状態をいったん何とかしてくれないか?
流石にこの状態で歩くのは無理がある」
もうこいつに対していちいち驚くのはやめよう。
ワリスはそう心に決めた。




