01:レフが古代魔神文明の遺跡でキラー幸子と戦う
6人の男女が、帝都古代地下街地下13階を 注意深く進んでいる。
先頭を歩く黒衣の女性の手にはランタン。
その小さな明かりだけが、頼りなく彼らの周囲を照らしている。
ひんやりとしたタイル張りの床と壁でできた通路が、どこまでも続く。
そんな暗闇の中で、6人のかすかな足音だけがいやに大きく響き渡っていた。
彼ら6人の年齢は様々である。
若い男女が1人ずつ、初老の紳士が1人、少年が2人、少女が1人だ。
少年のうち一人はどう見ても10歳前後の子供である。
服装もそれぞれ様々だ。
だが、いずれも武器と防具で身を固めた剣呑な姿である。
表情も緊迫しており、油断なく周囲の様子をうかがっている。
ここが安全な場所ではないことが、誰の目にもわかる光景であった。
ふと、先頭を進む黒衣の女性が足を止めて息をひそめる。
他の5人も彼女に合わせ足を止めた。
そして動くものがいなくなった地下街に静寂が訪れ――なかった。
……ぺたり、ぺたり、ぺたり……
湿り気を帯びた足音が、どこからともなく聞こえてくる。
その音は少しずつ、しかし着実に大きくなってくる。
こちらに気付き、近づいてきているのだ。
誰もがそう判断した。
「この足音はキラー幸子、それもかなりの大型だな」
黒衣の女性が後ろの5人にそう告げる。
言外に「戦って勝てる自信があるか」という意図を含んでいた。
「数は?」
少女が細身の剣をしっかりと握りながら尋ねる。
その声と態度には、多分に緊張と恐怖が含まれている。
だがそれ以上に闘志と自信が込められていた。
キラー幸子とは、魔神が古代魔神文明に作ったとされる人造生物の一種である。
外見は人型の女性を原型としており、おおむねどこかに美しい女性の面影がある。
他の生物と識別するためか、緑色の髪をしていることが特徴だ。
その用途は多岐にわたるが、殆どは雑役や愛玩用として作成された。
だが、その能力は「常人から見れば」想像を絶する。
愛玩用として作られたと思しきものですら訓練された兵士一人を軽く葬り去る。
「自己防衛機能」のある個体ならば、一体で一個中隊に伍すほどだ。
しかも、休息も捕食も必要とせず半永久的に活動し続ける。
少なくとも現代まで動き続ける個体は確実にそうだ。
そして、遺跡で探索者を発見した彼女たちは高確率で攻撃を仕掛ける。
向こうからすれば探索者が「侵入者」と映るのだろう。
かくして、数えきれないほどの探索者や考古学者が彼女らによって命を奪われた。
そして、いつしか彼女たちは「キラー幸子」と呼ばれるようになった。
幸子とは、魔神が自らの神として崇めていた存在の名称だ。
(正確には「各種出土品から神の名ではないかと推測されている」だが)
人を超えた背徳的な美しさと強さを兼ね備えた、魔神の守護者。
そう言った畏怖と怨嗟が、この名には込められている。
「一人だ……だが、この足音は通常の人型ではない。
間違いなく何らかの『進化』を遂げてるはずだ。
……どんなことをしてくるかわからん、そう思っておけ」
少女の問いに対し、黒衣の女性が答える。
他の5人の顔が引き締まる。
少年のうちまだ年配な方が、左手に構えた盾に身を隠しつつ固唾を飲んだ。
キラー幸子たちは、元々の強さに加えさらに厄介な能力を持つ。
彼女たちは高度な判断能力と自己進化能力を持つのだ。
その場の状況や環境に応じて、行動どころか外見すら変化させる。
古代魔神文明が消えて久しい昨今、最早製作時の原型を留めていない者も多い。
魔術への耐性や、魔術そのものを修得した者の報告すらある。
つまり、キラー幸子に対する必勝法は存在しないのだ。
見かけ次第各個体の特性を読み、都度対処して倒すしかない。
……ぺたり、ぺたり、ぺたり……
足音が徐々に大きくなる。
黒衣の女性が前方を警戒するも、ランタンの明かりが照らす範囲に姿は見えない。
そして、若い男性が刃渡り約40cmの剣鉈を右手に構えて後方を警戒する。
今までの道のりも一本道ではなかったのだ。
いまだ進んでいない道を通って後ろから迫ってきている可能性は十分にある。
そして不幸なことに、壁で音が反響するため足音から方向を推測できない。
緊張が高まったその時、今まで沈黙を貫いていた初老の男性が不意に目を開いた。
「上です!」
不意にランタンを天井に向ける。
果たしてその先には、天井に手足を張り付け這うように進む緑髪の美女がいた。
体にはしっとりと湿った薄絹がその整った体型を強調するように張り付いている。
その無機質な美しさが、かえって6人に不気味さと恐怖を覚えさせた。
キラー幸子は自身が見つかるや否や、天井から黒衣の女性めがけてとびかかる。
同時に左手の甲から鉤爪のようなものが四本、にゅるりと飛び出す。
そのまま全体重を乗せ、黒衣の女性に向けて左手を振りかぶった。
刹那、少年が盾を構えて女性とキラー幸子の間に割って入る。
盾がキラー幸子の鉤爪を受け止め、補強用の鋼板が削れた。
少年は必死で呼吸を整え、衝撃で吹き飛ばされぬよう足に力を籠める。
その一瞬のスキを突き、若者が後ろから剣鉈でキラー幸子の右腕を跳ね飛ばした。
「――ちっ!」
だが、若者は悔しそうに舌打ちをする。
本来はそのまま肩口から袈裟切りに両断するつもりだったのだ。
腕を飛ばした位でキラー幸子の行動が止まることはない。
むしろ弱体化したかも怪しいものだ。
そしてその予想通り、べちゃりという音とともにキラー幸子から右腕が「生えた」。
生えた右手の甲からはすでに鉤爪が伸びている。
さらに跳ね飛ばした右腕が形を変え、蛇のような生物へと変貌する。
「危ない!」
少女がそう叫んで先ほどまで右腕だった生物へ手をかざす。
するとその蛇は激しく燃え上がり、一瞬にして消し炭と化した。
魔術師の基本的な攻撃魔術の一つ、発火の魔術である。
その勢いはまだあどけない少女が放ったとは思えないすさまじい火力である。
熟練した魔術師の軍人に勝るとも劣らないだろう。
少女は同じようにキラー幸子本体にも手をかざしキラー幸子を焼き払おうとする。
だが、その瞬間キラー幸子の肩口からにょろりと眼球が現れ、少女をにらむ。
それによって一瞬少女が動揺し、魔術の勢いがそがれてしまった。
多少ぱちぱちとした火花と肉の焦げる臭いがするだけに終わってしまう。
少女は慌てて精神を整え再び魔術を行使しようとする。
だが、それを見逃すほどキラー幸子は愚かではない。
一瞬の判断で右腕を鞭のようにしならせ、勢いよく少女へと文字通り手を「伸ばす」。
そして右手から生えた鉤爪が少女の首へと的確に襲った。
だが、その鉤爪が少女に届く前に水の刃がキラー幸子の全身を寸断する。
いや、正確には水の刃ではなく、蒸留酒の刃だ。
まだ10歳にも満たない子供が放った魔術である。
その威力たるや、先ほどの少女の発火すらかすむほどだ。
赤い液体とともにキラー幸子がバラバラにはじけ飛ぶ。
誰もが一瞬、ほんの一瞬だけ勝利の安堵感を覚えた。
そして、その隙を見逃すほどキラー幸子は甘い存在ではない。
体をバラバラにされ、傷口から蒸留酒を刷り込まれながらも彼女はまだ生きていた。
吹き飛んだ肉片が一つ一つが意志を持ってグネグネと姿を変える。
さらに体内から何らかの液体を勢いよく分泌し、方向を転換する。
彼女はこの状態になってなお6人へととびかかろうとしているのだ。
だが、バラバラになった彼女を突如巨大な水の膜が覆う。
今まで沈黙を保っていた初老の男性が魔術を放ったのだ。
「お嬢様、今のうちに発火を!」
初老の男性がそういうと、少女がはっとなって膜に囲まれた肉塊に発火をかける。
蒸留酒に程よく使った肉塊は勢いよく燃え盛る。
そして炎が消えると、あとには焦げた臭いだけが残った。
「……二人以上で来られたら危なかったな」
黒衣の女性がそうつぶやくと、あたりに完全な静寂が訪れた。
探索は、まだ半ばと言った所であった。




