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ドテンプレ転生ファンタジー「死の先にて」  作者:
第一話「レフ・クジョーVS司祭イミテイター」
2/27

01:皇太子夫妻が息子のレフの教育方針で口論になる

 20代半ばと思しき西洋貴族風の秀麗な男女が、書類が塔の如く積まれた机を挟んで対峙していた。

 男はこのクジョー朝ローマ帝国の皇太子セルゲイ・クジョー。

 だが今は机の奥で座し、書類仕事の手を止め妻である女の発言を待っている。

 その顔には苦笑いと、隠しきれない苦悩の跡が見て取れた。

 相対する女性は皇太子妃、オリガだ。

 彼女は机の手前で怒気を隠そうともせず、椅子に座って執務を成す夫を見下ろしている。

 そしてオリガは、セルゲイを前に執務机を両手で叩き声を荒げた。


「まだ5歳のレフに魔術を学ばせるなんて、あなたは自分の息子に何かあったらどうなさるつもりなの!

 あなたも魔術師なら、魔術の危険性くらい理解しているでしょう!」

 

 衝撃か、机の上によく整頓された書類の束がどさりと崩れる。

 今にも机を乗り越えて掴み掛らん勢いの妻に、セルゲイは額に手を当てつつ答えた。


「そうは言うがなオリガ」まだ30にも満たぬセルゲイの秀麗なる顔に隠しきれない苦悩が浮かぶ。

「魔神語の読み書きを修得すれば魔術を学び、研究するのがローマ貴族の伝統だ。

 そしてレフは教えはじめてわずか1年、5歳で魔神語の読み書きを修得した。

 君に似て本当によくできた息子だよ」

「何言ってるのよ、あなたに似たからそれだけ立派なんじゃないの、もう」


 セルゲイが嬉しそうに眼を細める。

 オリガもつられて少しだけ顔に笑みが戻った。

 だが、そんな平和な会話はすぐに終わり、オリガの顔に怒気が再びともる。


「――ほんと、好奇心旺盛に何でも試してみるところとか小さい頃のあなたそっくり。

 初日に炎の魔術を試そうとして服を燃やしそうになったんですって?

 初めての型稽古で魔術を使えるなんて、本当に末恐ろしい話ね?」


 そう言って、机をずずいと乗り出しさらにセルゲイに詰め寄った。

 それだけの人材を無下に失うことになるぞという、皇太子妃としての警告も込める。


「オリガ」


 それに対しセルゲイが真剣なまなざしでオリガの白磁人形の如く美しく整った顔を見つめる。

 数日ぶりに直視した夫の美貌に、オリガの心音が脈打つ。

 久方ぶりにドギマギするが、今は妻としてこの男に相対しているわけではない。


「……何かしら?」


 オリガは何とか母親、そして皇太子妃の顔を取り戻し、セルゲイの話を聞く体勢に入った。

 セルゲイはそれを確認すると更に真剣な、帝国の皇太子として口を開く。


「父親としてオリガの気持ちは本当によくわかる。

 魔術は使い方を間違えれば大怪我じゃすまない危険な技術だ。

 個人的にはもっと危険に対する分別や、万一の際に対処できる体力がつくまで魔術を学ばせるのは避けたい」

「なら――」

「でもローマは上に立つ者が率先してリスクを取り、魔術を先導して発展した国だ。

 なのに『欧州藤原氏』の正統たる皇室クジョー家の末裔が伝統を蔑ろにしたらどうなる?

 だから皇太子としては、我が子だけ例外にするわけにはいかない。

 たとえ魔神語の修得が本来10年はかかるがゆえの伝統だからだとしても、だ」


 苦悩とともにそう語る夫に、オリガは何か反論しようとする。

 だが欧州藤原氏の伝統を否定すれば皇室を、ひいてはローマ自身を否定することになる。

 単に「5歳児には危険」というだけで我が子可愛さに踏みにじれるものではない。

 自身もローマ貴族であり、未来の皇后となるべく教育を受けた魔術師である。

 伝統と魔術がもつ力、それを貴族が持つ意味は痛いほど熟知していた。


「……ならばくれぐれも安全には気をつけてくださいませ。

 レフはクジョー家に生まれた久方ぶりの男子、帝国の未来です。

 何となれば私もできうる限りのことは致しますので」


 そうとだけ告げると、オリガは一礼をして部屋を出た。



 欧州藤原氏とは、古代魔神文明時代より欧州に君臨した伝説を持つ名族である。

 古代魔神文明が文明の主たる魔神とともに神話へと消え去った今もなお、その血の権威は欧州に轟いている。

 また彼らは優れた学者集団でもあり、特に魔術の解析や研究では第一人者とされている。

 元は魔神たちの技術である魔術を欧州で解析・継承し、発展させてきたのは彼らの手によるものだ。



 オリガが皇太子の執務室を出ると、春の日差しと宮殿の廊下を奥ゆかしく舞う雪解け混じりの微風が出迎えた。

 北方の切り裂く寒さとは比べるべくもないが、春先の帝都を訪れる風は上着なしには少々堪える。

 だが今のオリガには、その頭を冷やすような肌寒さが逆に心地よかった。



 オリガは自室に戻ろうと歩き出したが、ふとある事を思い出して中庭に向かう。

 予定なら今の時間は件の一人息子レフが中庭で魔術の訓練をしていると思い出したのだ。

 確か最初から炎の魔術をためし、実際に魔術が発動したという。

 5歳児が、それも初めての型稽古で魔術を発動させるなど過去にも数例しか記録がない。

 それゆえ家庭教師を務めていた帝国の宮廷魔術師ですら対処が遅れた。

 レフ自身がこの寒さの中わざわざ水を用意していたため大事には至らなかったらしい。

 だが、それがなければ火が服に燃え移り下手をすれば大火傷を負ったかもしれない。

 さらに恐ろしいことに、そんな目にあっても当のレフは全く懲りずに魔術の稽古を続けているそうだ。


(また無茶なことをしでかしてないといいけど……)


 心配半分、息子の成長見たさ半分でオリガの足は自然と早足になった。



 宮殿の中庭は、市民公園と見まごうばかりの広さを誇る。

 そしてかつて世界中から集められた草木のいずれかが常に花をつけ、実を成している。

 月ごとどころか日ごとにその顔を変える生きた世界の縮図だ。

 慣れずに迷い込んだ客は、庭師に見つけられるまで中庭で過ごす羽目になるだろう。

 この中庭は帝国の威容を象徴すると同時に、籠城時の燃料や食料庫、そして防壁の一角も担っているのだ。



 オリガがその勝手知ったる迷宮を進むと、魔神語で歌う少年の透き通るような声が聞こえてきた。

 声の方に向かうと、果たして20m四方程度の木々に囲まれた小さな広場に出る。

 その広場の中心で、かわいらしい少年が魔神語の歌を朗々と歌いながら舞を舞っていた。

 彼こそがオリガとセルゲイの息子にしてクジョー朝ローマ帝国を継ぐ者、レフ・クジョーだ。

 そして賢明な読者諸氏ならばもうお分かりであろう。

 このレフこそが危険予知の異能とともに現代日本より生まれ変わった転生人間である。



 レフは見習い魔術師特有のゆったりとしたローブをまとい、両手両足に白銀の腕輪と足輪を付けている。

 見るものが見れば、ローブの裏地や腕輪や足輪に魔術文様と魔神語がびっしりと刻まれていることが分かるだろう。

 これらはすべて使い手の魔力を制限するための魔術安全装置である。

 この一式を装備させることで魔術の制御が未熟な見習いが魔力を暴走させることを防ぐのだ。

 さらに見習いの魔力に負荷をかけ続けることにより、扱える魔力量を鍛える効果もある。

 勿論レフの歌と踊りもただのお遊戯ではない。

 己が身体と魔力に負荷をかけ、正しき魔術の呼吸を体に叩き込むための型稽古である。

 正しき型を刻むことでのみ魔術は発動し、型の意味を体と心で理解して初めて自由に魔術を扱えるようになる。

 普段のたゆまぬ心身の鍛錬と正しき教育のみが魔術師を作るのだ。


(流石に今は基礎からやらせているようね。

 そうそう、あの腕輪足輪が地味に重いのよあれ。

 あれを師から外してもらった時は1時間くらい飛んで喜んだもんだわ)


 オリガはひとまず安堵し、自分の見習い時代を思い出して懐かしい気分になる。

 そんな感傷に浸っていると、レフの魔術教師である宮廷魔術師がオリガに声をかけてきた。


「妃殿下、お忙しい中このような場所にまでおいでになるとは恐悦にございます。

 今は親王殿下にもこうして基礎を積ませている段階でございますので、ご安心くださいませ、はい」


 そう語る年輪を重ねた顔には若干の冷や汗が見える。

 いくら例外だらけの不測の事態とはいえ、お預かりした皇室の継嗣を危うく火達磨にするところだったのだ。

 顛末を聞いたオリガは、当然彼にも先ほど夫に述べたような苦言を呈している。

 自分の息子に余計なことをさせてないか早速監視に来たのかと彼が考えるのも当然であろう。


「それは何よりです、老師殿――ああ、ふと息子の勇姿を見たくなっただけです。

 老師殿に含むところがあるわけではないのでご安心を」


 冷や汗顔の宮廷魔術師を安心させるようにそう返す。


「そうでございましたか。

 いや、親王殿下は実に魔術の才能がおありになる!

 まだ二日というのにあれほど綺麗に基礎の型を舞える子など生まれて初めて拝見しましたぞ!」


 老師と呼ばれた魔術師も多少安堵したのか、多少大げさな身振りを添えてレフを誉めたてる。

 確かにオリガから見ても、レフの型は初心者とは思えぬほどだ。

 まだまだ型に踊らされている部分はあるが、ちゃんと頭ではなく体で全身を動かせている。

 周囲に対応しつつ型を舞うほどの余裕はないようだが、母親が来たにもかかわらず型に乱れはない。

 あるいは単に来訪者に気付いてないだけかもしれないが、それはそれで相当な集中力である。

 自分があの域に達したのは始めていつごろだったであろうか。

 親の欲目かもしれないが、なるほど我が子には魔術の才があるのかもしれないとオリガは感心した。


「それで老師殿、あの型稽古はあと何分ほど続けさせるおつもりですか?

 もしもうすぐ終わるのでしたらせっかくですのでレフに声をかけたいのですが」

「はい。ではそろそろ休憩としようかと思っておりましたので――」


 と魔術師がオリガに声をかけたところで急に顔をレフの方に向ける。

 そして今までオリガに向けていた諂いの顔が嘘ような真剣な表情でレフに向かって


「殿下! 今、休憩と聞いて型を乱しましたな!?」


 と一喝した。

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