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ドテンプレ転生ファンタジー「死の先にて」  作者:
第一話「レフ・クジョーVS司祭イミテイター」
17/27

16:レフ・クジョーVS司祭イミテイター

 鐘はまだ鳴り続けている。

 水の刃がどこからともなく飛び、壇上の司祭を両断する。

 ステンドグラスの光が、紅色に染まる水飛沫を宝石のように輝かせる。

 かくも現実離れした光景に、聴衆たちはただ茫然と立ち尽くす。

 そして司祭はそのまま血飛沫を上げて床に――倒れ伏さなかった。

 真っ二つになった血染めの司祭服が大聖堂の床にぼたりぼたりと落ちる。

 同時に司祭の体が崩れ、まるで卵が孵るように一匹の生物が現れる。

 その先ほどまで司祭だった生物が大聖堂全体に響く奇声をあげる。

 断末魔とも産声ともつかない、ただただおぞましき叫びであった。



 簡潔にその生物の姿を表すなら、縺れ合った赤く太い縄の塊である。

 だがよく見れば、その縄の先端全てに穴が空いているのが分かるだろう。

 そう、縺れ合い塊を成すそれらは全て縄ではなく管なのである。

 この管の先端は、すべてがこの生物の口でもある。

 先ほどの叫び声も、この管から放たれたものだ。

 その姿を文献などで見たことがある者ならば、誰もがその名を思い出すだろう。

 ――イミテイター、と。



 体を両断した傷は、本来の姿に戻ってもすぐ癒えるものではないのだろう。

 イミテイターの体は真ん中から大きく裂けている。

 裂け目からは、血液と思しき赤い液体が勢いよく流れだしている。

 だが裂け目から多数の管が伸びると、瞬く間に一つの塊へと戻っていく。

 そして出血の量が見る見るうちに減っていく。

 下級とはいえ竜の名を冠するにふさわしい治癒力であった。



 不意に、大聖堂のパイプオルガンが咆哮を上げる。

 そして不思議と調和のとれた、しかし極めて激しい曲を奏で始めた。

 超一流の奏者でもなければ、このような複雑な曲はまず弾けまい。

 魔術と物理学に詳しい者ならば、その原因を一目で見抜いただろう。

 強大な魔術の余波が空気を揺るがし、オルガンのパイプに共振を起こしているのだと。

 果たして大聖堂の壇上にきらきらと光の粒が現れる。

 そのきらめきから、小柄な少年が御使いの如く出現した。

 今回の「催し物」の主催者、レフ・クジョーであった。



 刹那、イミテイターの体が激しく燃え上がった。

 レフ・クジョーの放った「発火」の魔術である。

 火を起こす魔術で生物を殺すのに、小賢しい術の応用は不要だ。

 燃やす範囲と、おこす炎の温度を上げるだけでよい。

 その力が相手の生命力や魔術を打ち消す力を上回れば相手は死ぬ。

 狙われれば最後、避けることも不可能だ。

 何しろ直接燃え上がるのだから。

 単純ながらそれ故に強力な攻撃魔術、それが「発火」である。



 イミテイターは驚愕した。

 眼前の少年が無詠唱でこれだけの魔術を使いこなすことに。

 そして一切のためらいも動揺もなく自らを滅そうとしていることに。

 同時に、現状を乗り越える手段に思考を巡らせる。

 事ここに至れば、当初の目的は不可能であろう。

 ならばこの場から逃げおおせるしかない。

 一旦身を隠し、帝都を疑心暗鬼の渦に巻き込むのだ。

 帝国を差配する権力者になり済ませられないのは残念だが、命には代えられない。

 そしてそのためにも燃え上がる自らの体の火を消す必要がある。

 真ん中から両断されたうえに火達磨になれば、いかに竜と言えど回復に時間がかかる。

 大聖堂から脱出できる体力を取り戻す前に、警備の兵が自分を取り囲むだろう。

 仮に無理矢理逃げたとしても、燃え盛る化物などあっという間に見つかってしまう。

 あらゆる意味で、消火は急務であった。

 イミテイターは意識的に大量の体液を分泌し、消火を試みる。

 だが、思ったより炎の勢いが弱まるのが遅い。

 まるで、自分の体以外にも可燃物が周りにあるかのようだ。


(――蒸留酒か!)


 そして、先ほどの「水の刃」が実際には何で作られていたかに気付いた。



 一方レフは、イミテイターに発火の魔術をかけ続けていた。

 レフが全力の魔術を放つたび、パイプオルガンが荘厳なフーガを奏でる。

 だが、逆に言えばわかるものが聞けば今から何の魔術を使うかわかるということだ。

 レフからしてみればあまり愉快な話ではない。

 だから、レフはできるだけそれらを自分の頭から切り離した。

 動揺や感情の乱れは魔術を阻害する。

 それでは、何のために姿を現したかわからない。

 いかにしてここからイミテイターを逃がさないか。

 この大聖堂のこの場所で、できるだけ早く眼前の敵を討つか。

 ただ、それだけを考えることにした。



 レフは基礎の呼吸を行い、精神を統一させる。

 長年やり続けた基礎を思い出すことで、精神の安定を取り戻す。

 体に叩き込んだ、魔術の何たるかを思い出す。

 さらに、基礎の型の効果により体内の疲労をも癒やす。

 脳内物質を整え、無理やりにでも平静な状態を作り出す。

 なるほど、基礎は本当にありがたいものであった。

 レフは師に感謝しつつ、ただ愚直に発火の魔術を連打し続けた。

 自らが【確信】した、ある場面が来た時のために。



 イミテイターの足元で司祭服が燃え上がる。

 血の混じった蒸留酒をたっぷり含んだ可燃物の塊だ。

 炎がイミテイターの足(の機能をもった部分)に絡みつく。

 どうやら眼前の子供――いや、魔術師は自分をここから動かす気すらないらしい。

 イミテイターはそう判断した。



 ならばどうするか?

 自らが生き残るには、不可能ならばせめて役目を果たすにはどうすべきか?


(食らうことだ)


 そう結論付けた。

 目の前の皇帝の孫を食らう。

 教会にいる大勢の司祭を食らう。

 可能な限りの民衆を食らう。

 大聖堂でできうる限りの惨劇を起こす。

 そうすれば、帝国に混乱を起こすことはできるだろう。

 第二第三のイミテイターを恐れ、疑心暗鬼に陥る可能性も高い。

 少なくとも、突如攻勢に転じることで眼前の魔術師に多少の動揺を与えられるだろう。

 動揺した魔術師は本来の力を発揮できない。

 人里に侵入するイミテイターならば当然身に着けている常識であった。



 それに場を滅茶苦茶にすれば、駆け付けた官憲の目をごまかしやすくもなる。

 うまくいけば、誰かに化けてそのまま逃げおおせることができるかもしれない。

 生きのこれば同時に大量の人間の記憶と姿を手に入れる事ができる。

 ならば何を迷うことがあろうか。

 イミテイターは腹をくくった。


「お前の顔をよこせ! レフ・クジョー!」


 イミテイターは眼前の魔術師の名を叫ぶ。

 同時に、燃え上がる全身の力をふり絞りレフにとびかかった。

 そのまま体全体の管を思い切り伸ばして捕食を試みる。

 動揺ゆえか、レフはピクリとも反応することがなかった。

 レフの名を叫んだのは、彼の動揺を誘うためか。

 あるいは自らをここまで追い詰めた相手への敬意ゆえか。

 もはやイミテイター自体にもよくわからなかった。



 果たして、イミテイターの管がレフの体に絡みつく。


「獲った! これで貴様は俺のエサだ!」


 イミテイターがそう叫び、レフの記憶と姿を食らおうと管を伸ばす。

 肩口に管の先端がくらいつき、その小さい体を吸い込み始める。



 同時に、パイプオルガンの演目が突如変わった。

 そして今まで無言を貫いていたレフが口を開く。


『――お前が飯になるんだよ!』


 レフが魔神語でそう「唱えた」。

 刹那、イミテイターの全身から赤黒い光のように見える「何か」が浮かび上がる。

 その赤黒い何かはレフの肩口を掴んだ管を通じて、高速でレフへと吸い込まれていく。

 同時に、イミテイターの体を成す管が見るからに活力を失っていった。

 魔王が書にしたためた古の秘術――「生命奪取」の魔術である。

 そして赤黒い何かがイミテイターから失われると、その巨体がずしんと床に落ちる。

 レフの肩口を掴んでいた管が、ポトリと落ちた。


「……こうやってくると【確信】してなかったら間違いなく死んでたな……」


 すでに躯と化したイミテイターを眺めながら、レフはそうひとりごちた。



 大聖堂の鐘が、まだ厳かに鳴り続けていた。

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