10:「高名な巡回司祭」が帝都を来訪し、レフに正体を看破される
そして夜が明けると、一台の馬車が帝都を訪れた。
幌には教皇庁に属することを示す鍵の紋章がついている。
教皇庁の馬車はいわば動く教皇の領土であり、帝国といえどおいそれと踏み込むことはできない。
特に最近は魔法学校の講師として多数の司祭が帝都へ訪れている。
まともに調査もできない上に数も多いとなると、自然と警戒も流れ作業となる。
帝都を守る番人は、馬車についた鍵の紋章を確認すると、形式的にいくつか質問をしただけで馬車を素通しした。
よくある帝都の城門における一コマであった。
レフを筆頭に宮殿で魔術を学ぶ子供たちは、新講師となる司祭たちとの面通しのため大聖堂に集められた。
講師たる司祭は大聖堂の壇上、学徒たちは普段信者が説法を聞く下の席だ。
以降、新設される魔法学校で大きな式典を行う際には大聖堂を使うことになったのである。
宮殿の中庭で行うには、学徒たる子供たちも講師も数が多くなったからだ。
――というのは建前で、実情は教会の威厳を子供に叩き込むための教皇庁によるゴリ押しの結果である。
教会の人間である司祭を帝国の学校に講師として派遣してもらう以上、帝国も強く否とは言えなかったのだ。
帝国が作ったという学校の式典を教皇庁ゆかりの建物である大聖堂で行う。
そうすることで将来の卒業生に教会の優位性を無意識に植え付けるという寸法である。
果たして、大聖堂を監督する年老いた大司教から学徒たちへ新たな講師が紹介される。
誰それはどこで活躍した徳の高い司祭で、これからどんな教科を教えるか。
大司教がそう言たことを伝えた後、各司祭から一言二言あいさつ代わりの短い説法が入る。
数が多過ぎていちいち列挙しきれないが、式典の内容としてはおおむねそんなものだ。
実際、貴族の子弟を教えるだけあって集められた司祭はどれもこれも威厳のありそうな人物ばかりであった。
一部柔和そうな老人や利発そうな若者も混じっているが、伝えられる経歴や説法を聞けばそれらも相当な人物だとわかる。
実際に徳が高いかはともかく、相当な傑物揃いであることは間違いないようであった。
最初は半ば試すような目で見ていた貴族子弟たちも、壇上に居並ぶ顔ぶれが紹介されるたびに一人また一人と圧倒されていった。
将来のエリートに教会への畏敬の念を抱かせるという意味では、今回の式典は大成功と言えるだろう。
その式典の最中、レフは並み居る司祭たちを一人一人穴が空くように観察していた。
勿論、本当にイミテイターが混じっているのか、いるとしたら誰かを見極めるためだ。
実際のところ、昨夜の【確信】ですり替わられてた司祭の姿形と経歴も概ね視えてはいる。
果たして、その姿の想念の男性が【確信】で知った通りの経歴を持つ司祭として紹介された。
とはいうものの、逆に言えば今のところただそれだけである。
こんなものでは何の証拠にもなりはしない。
自分以外の人間を動かすことなど、絶対にできはしないだろう。
それに、自分としてもただの妄想と言われたら否定できる要素がない。
自他を納得させるためにも、せめて追加の情報が欲しい。
レフはそう考えていた。
幸いなことに、いくらイミテイターといえで記憶を奪っただけで人格や癖まで完全に模倣するのは難しい。
近しい人物がよくよく観察すれば、どうしても「何かが変わった」と思うそうだ。
例えば、それまで髪を左手で書き上げていたのをある日突然右手でやるようになったとか。
台本を読んだだけで完璧な演技ができるわけではないようなものなのだろう。
熟練の調査隊が探知魔術でイミテイターを見抜く際にもそのような点に注目するそうだ。
特に司祭や王侯貴族などと言った、いわゆる品格を問われる職業に完全になりすますのは一朝一夕でできる事ではない。
赤の他人でも疑いの目で「真っ当な」貴族や司祭と見比べれば、少なくとも違和感を感じることくらいはできる。
例えば、ちょうど今のように錚々たる司祭が居並ぶ状況では。
そういう視点で件の司祭を見ると、確かに色々と不審な点が目立つ。
まず態度に威厳がない。
曰く、彼は難民キャンプを巡回して難民の救済を行ってきたという。
それだけの経験や実績を積み重ねれば、なんなりと声や態度に現れるものだ。
通常は偉業を成し遂げたことによる自信が。
仮に全く驕らないなら、それこそ俗世を超えた威厳が。
だが、件の司祭にはそういった態度が全く見受けられない。
ただの司祭服を着て偉そうにしている男にすら思えてくる。
次に、各種祭礼や説法にほんのわずかながらラグがある。
ぱっと見れば丁寧にやっているだけのように見える。
実際、手際や口調は見事なものだ。
だが、見ようによってはまるで一つ一つ思い出しながらやっているかのようでもある。
疑いの目で見ているからかもしれないが、レフには男の一挙手一投足が怪しく見えた。
少なくとも、レフ自身が「あれは確かに偽物だ」とは納得できるほどに。
「さて皆さん、何か質問はありませんかな?」
紹介が終わり、大司教が学徒たちにそう問いかける。
学徒たちが互いに目を合わせ、何かないかと無言で問い合わせる。
そうして一人の度胸ある子供が手をあげ、このような質問をした。
「この大聖堂で幽霊騒ぎがあったのですが、もし司祭様のところに大聖堂の幽霊が現れたらどうなさいますか?」と。
壇上の司祭たちは一瞬きょとんとするが、すぐに真面目な顔になる。
そして一人の神父が噛んで含めるように柔らかな口調で
「さまよえる魂が救いを求めて教会や神父を頼ることもあるでしょう。
そうなればできる限り御魂が天に帰る手助けをするのが聖職者の務めです。
件の説法中に鐘が鳴った時も、当時説法中だった神父は説法を続けたでしょう?
あれは混乱する人を落ち着かせるだけでなく、そういう意味もあるのですよ」
と、答えた。
長々とした紹介の式典が終わり、やっと学徒たちは大聖堂から解放された。
そして魔術の修行のため宮殿へと戻る。
現在魔法学校のための校舎建設が計画中らしいが、完成までは宮殿と大聖堂が彼らの学び舎であった。
「あ、イヴァン君、イザベラさん、ちょっといいかな?」
その道中、レフはイヴァンとイザベラを探して呼び止めた。
とりあえず何かあれば、レフはこの二人に声をかける。
長らく修行の休憩中に三人で話し込んでいた結果である。
そのため、学徒たちの間でもイザベラとイヴァンが一段上の存在と認識されていた。
イザベラが事実上のレフの婚約者、イヴァンがレフの側近といった所であろうか。
「はい殿下、どうかなさいましたか?」
その声に、まずイザベラが微笑み顔で反応した。
「殿下、何か御用でしょうか?」
イザベラが反応したのを確認してイヴァンも返答する。
イヴァンもイザベラに対してはこのような一歩譲るような態度で接していた。
「うん、ちょっと気になって、ええっと……」
以前より多少マシにはなったが、まだレフの日常会話はたどたどしい。
口さがない者に「魔神に声を生贄に捧げて魔術の才を得た」などと揶揄されるほどだ。
それだけ魔術の才が群を抜いていると評されている証左でもあるが。
「さっきの司祭様の、右から……4番目の司祭様、何かおかしくなかった?」
どう言うべきかしばらく考えながら、一言一言確かめるようにそう尋ねる。
「何か、ですか……? そう言われれば少し行動がぎこちなかったような……」
「確かに、他の神父様に比べると落ち着きがありませんでしたね」
二人も先ほどの式典を思い出しつつそう返す。
とはいえ、大舞台で緊張していたがゆえと言われれば納得できる範囲である。
「件の神父様は救貧活動を主になさっていたお方と聞きます。
大聖堂のような場所で殿下を下に置いて話す機会などなかったでしょう。
それゆえ動転していたとしても不思議ではないのでは……?」
イヴァンが首をかしげ怪訝そうな顔をしながらそう答える。
自らの敬愛する人物が何に引っかかっているのかよくわからない、そんな顔だ。
横を見ると、イザベラも似たような顔を浮かべている。
だがレフにしてみれば、おかしいと思ったのが自分だけではないというだけで充分であった。
「そう、ありがとう、ならちょっと、二人に頼みたいことがあるんだ」
そう言ってレフはイザベラとイヴァンの手をとり、真剣なまなざしで二人を見る。
二人は唐突なレフの言動に困惑しながらも、無言でレフの次の言動を待った。
「――イミテイターを倒す方法を、一緒に調べてくれない?」
そして続けられたレフの願いで、二人の混乱は最高潮に達した。




