僕等の年代記
この話に出て来る"エル"は引っ込み思案で繊細で、この世界を生きるには少し真面目すぎて、上手に息が出来ない僕の愛おしい友人の女の子です。不登校を繰り返した彼女、"エル"との優しくも激しい6年を振り返りつつ、結局卒業までに彼女に伝えられなかった想いを"エル"と同い年で友人である少女達の体を借りて等身大に語ってみる事にしました。
これは在学中、決して彼女に届かなかった手紙です。どこか波長のずれた淋しい少女達の哀しいアイをどうか優しく見守ってください。
エルへ。どうか 僕の事を愛さないで欲しい。僕はもうすぐ君の世界からいなくなってしまうから。
同時に、君と沢山のエルへ。どうかこの声が、僕等の声が 君に届きますように。
エルへ。
今だから言える事がある。アユはエルが嫌いだった。
そりゃ、エルがいるのは楽しいし、嬉しい。でも時々甘えてんじゃない?って思う事もあった。うぅん、思ってる。
我儘だと思う。
エルが傷付く事象の一つ一つがはっきり言って小さすぎる。アユは昔日本人学校で散々からかわれて虐められてきたクチだからエルを見てると正直気に喰わないと言うかムカつく。
あ、エルの存在を否定してる訳じゃないよ。ただ、打たれ弱いにも程があると思っただけ。今こんな小さな事でいちいち傷付いてたら社会に出てから余計に打ちのめされてボロボロになりそうで。正直見てらんないよ。
好い? アユはエルを心配してるの。悪口言ってるつもりじゃないの 勘違いしないでね
アユはエルが嫌いだけど、それはエルが弱さに甘えてるから。ミカや魔王様なんかに言わせりゃ人間なんて結局、他人との間に僅かな差を無理矢理見出して少しでも他人より優位にいようとするだけの価値もない生物だよ。一般的に霊長類を高等生物、だなんて呼ぶけど其の呼び名すら人間のエゴだよね 気持ち悪い。よっぽど他の生物の方が人間よりまともな生き方してるのにさ。神様って奴を作りだしちゃったからだろうね。そんなどうしようもない生き物だから他人が何て言おうと、しようと、つまり気にしなきゃ好いのに。それができたら苦労してないんだろうけどさ。ミカやユキに言わせりゃ、それはエルの優しさだ、とでも言ってフォローするんだろうけど、言い方変えりゃ冗談通じないよね。かなり堅いよね、アユもだけど。
人間なんて弱いだけで何も凄くなんかない生命体だよ。だから立派な人間なんて思い出にしか存在しない者だし、今から立派な人間になろうとする必要もない。逆に今から立派なら大人なんて最強だよ。神様の寝首掻ける位。でもそんな人間いないでしょ。どんなに表面を立派に見せようとしても新聞紙面31ページ使う位毎日何かが起きてる。そのほとんどが最強の筈の大人たちによる悪行の報道。笑っちゃうよね。
つまりはさ、何十年も後になって”今は亡き何とかさんって立派だったよね”って言われりゃ立派だったんだよ、思い出の部分では。他は知らんよ。昔は大盗人だったかもしれないし。
あぁ、そういや”普通”であろうとする必要もないね。つかアユ達は少なくとも”普通”じゃないよ。
自称オタクだし。ゲーム風情のラスボスを初期装備の檜棒で潰しちゃう魔王もいるし。うん。”普通”であろうとさえしてないね。少なくともアユは。多分ユキもその口じゃない? リコは言い逃れができないよね。モモとナツに関してはただの変態かな…
まぁ、多少の道徳と言う名の常識と愛と批判精神があれば人間例え変人でも十分生きてける。それを赦そうともしないのは人間のエゴだよ、此処まで来るともう。そしてその状態を何とかしようとしないのは社会、強いては政府の関心の持ち方だよ。他人の事なんて、どうでも好いんじゃないかな
この間政権が代わって”日本は変わった”って叫んでた人がいたけど(それもやたら沢山!)嘘だね。変わるもんか
そんな綺麗に変わるならとっくに世界は変わってるさ。変わってる筈なんだ。前の戦争から60年くらい経つけど、一体何が変わったんだろう。何も変わってない、人が傷付いただけで。血で血を洗う戦争が繰り返されただけで。現にホラ今も変わらず国会中継は汚いよ。見る価値もない位。あれで”国民に選ばれた”なんて言って欲しくないよね。金の話は耳に胼胝ができるどころか耳から蛸が飛び出すくらい聞いたよ、飽きたよ。それより先にやる事あるだろ、此の金喰い蟲野郎共が! テメェらの給料半分くらい慈善事業に廻せば日本は安定するよ、多分。つぅか恒例の政治献金ネタで遊び始める前に青少年の心の闇を何とかする方が先じゃない?って思う。今時の若者は、とか昔はあだった、とか耳に胼胝ができそうな講釈垂れる前に、現状を確認するべきじゃない? 丁寧に牙を抜かれて飼い殺された国民じゃ飼い主に牙を向きたくても出来っこないんだよね。それを狙ってたならホント、笑っちゃうけど。この国は滅ぶよ、それもきっと 予想よりも早く。若者ほど絶望してるんだし。今と戦後と、一体どっちが幸せだったんだろう。早く何とかしないとアユ達みたいなイレギュラーな人格は淘汰されて殺されちゃうよ。世界があまりにも不寛容だから。
あー…何か話が物凄くずれたけど…アユの所為じゃないよね? 社会が厳しいのが問題なんだよ、うん。って責任転嫁にも程がある? まぁいいや、どうだって
要するに”普通”って没個性と同義語だよ、平均的日本人ってことでしょ? 何を持って平均的なのか、アユには甚だ疑問だけど。もっと疑問なのは”地球の平均気温”って奴だけど。気候も地形も何も違うのに何を以って平均なんだろう。何処が平均なんだろう。まぁいいけど。でさ、つまり"普通"であろうとする事は社会が要求する個性を持つ事と思い切り矛盾するよね。馬鹿馬鹿しい。脳味噌溶けてるんじゃないの 不活性化したゼラチンみたいに。どろどろ
繰り返し言って申し訳ないけど、アユはエルが嫌い。気に喰わない。意思は一体何処にあるの、主張しないなら明治時代にでも生まれればよかったね。あの時代は特にアユ達女性には人権すらなかったから。そうすれば傀儡でいられたのに。主張をする必要だってなかったのに。でもきっとアユ達は出会えなかっただろうけど。ほら、現文で治野先生が言ってたでしょ、”自由は行使しなければ剥奪される一方だ”って。何の文章やってた時か憶えてないけど。フランス革命のスローガンにもある"自由"。有史以来の数多の戦いは差別撤廃とそれに伴う自由を求めてのものだったって。自由は与えられたものであり、行使しなければ意味のないものであるって。
同じような事を生物の島津ちゃんが言ってたでしょ。進化の過程で不要なモノは切り落とされ必要なモノが生き残ったって。思考が意思が心があるのは必要だったからだって。
何て言うかエルはさ、真面目すぎるんだよ。きっとこうやってアユ達が色々言うのだって真面目に捉えて苦しくなっちゃう。もうちょっと、気楽でいいよ。エルはもう少し考えないくらいがきっと丁度好い。じゃないと割に合わないよ。エルの、心から楽しそうに笑った顔がみたいって思うのは、間違ってるのかな。
(なんて、意地悪か)
少女は其処まで書いて筆を置いた。自分の思いの丈を思い切り紙にぶつけた、とは言え やりすぎたような気がする。ただでさえ相手は繊細で、引っ込み思案で真面目が過ぎて生きにくそうな半年ほど年上の少女だ。きっと、面と向かって出だしから嫌い、なんて言ったら2か月くらい引き籠ってしまうんじゃないだろうか。容易に想像できて笑えない。
(だから直接本人に言わずに文字に落として消化してるんだけどさ、ほんと 笑えない)
本音を言うと、少しだけ ほんの少しだけ疲れていたのだ。麗しいクラス担任の昭島に申し訳なさそうに頼まれたとはいえ、どうして高3にもなるのに毎朝エルを彼女の家まで迎えに行く事になってるんだろう。彼女の家で彼女が支度してる間お茶貰ったり本見せて貰ったりするのは嫌いじゃないけど朝はだるいし眠いし好く考えなくても小母さんに迷惑だし、何かが可笑しい。確かに彼女は不器用で、鈍臭くて、自分達の仲間内の中でも随一の付き合いベタだった。そう言えばユキが前に、「岡本先生がエルの事心配してた」とか言ってたっけ。何で岡本先生、って思ってたら中1の時のクラス担任だよ、ってミカがこっそり教えてくれた。曰く、ミカとレイとリコとエルは同じクラスで、当時からミカは岡本先生にエルの事気に掛けてあげてねと頼まれていたらしい。確かにエルは入学当初うちの学校で一番の遠距離通学だったから、色々面倒だったんだろうけど、岡本先生の事だ、それだけが理由じゃない筈。
多分、エルが話してくれるはずもないし、本人が語らない以上先生達も詳しい事は教えてくれるはずもないから憶測の域を出ないけど、エルのあの面倒臭さは彼女だけの問題じゃなくて、彼女の家族の問題もあるんだろう。じゃないと、幾らうちの学校が私立だとは言え、隣の県から通う理由が分からない。向こうの方が好い学校沢山ある筈なのに。
(面倒臭い)
カホほどではないけど、面倒な事は嫌いだし、もちゃもちゃ考えるのは正直ミカやリコの方が得意だ。流石文字書きだなって思う。書くのも好きだけどアユは感じる方が得意。
だけどエルが留年したらそれはそれで面倒臭い。妙にプライドもあるあの子の事だ、多分永遠に卒業し損ねる事になる。引き籠るだけならまだ好いが、自棄になって自殺だってしかねない。ふっきれたら人間何だってできるんだぞ。ソースはアユ自身だ。自殺こそしなかったがグーパンはした。いつもなら殴る振りで終わらせてたのに。凄くすっきりした。後悔はしてるが反省はしてない。だってアユだけが悪い訳じゃないもん。
因みに常に吹っ切れてるカホについては不問とする。あの魔王は例外だ、例外。何だよ混ぜる順番間違えた薬品を「楽しそうだったから」でかき混ぜ続けて爆発させるって。楽しそうって言う感想がまず意味不明だし、やっちゃ駄目な奴でしょそれ、サキとミカが半泣きだったじゃん。失明や視力低下こそなかったものの暫く眼帯生活になったんだから、ホントこれで懲りて欲しい。あの子の進学先は私立文系だから、きっとこれ以上に心臓に悪い驚きはないんだろうけど。
話が飛んだ。そりゃもう綺麗に。まるでミカの話の様だ。あの子も大概思い付いたままに話題を変えるから此方の話を聞いてるのか分からないんだけど。そう思いながら少女は小さく首を振る。いづれ、アユ達は離れ離れになる。ならざるを得ない。だってずっと一緒にはいられない、そうだろう? 一番近い別れが大学進学だ。それを前にしてなお、ミカやユキはエルに甘すぎる。あまりに残酷な現実を突き付けてやれずにいる。どっちが残酷なんだろう。高校を卒業して、大学に進学して、彼女自身が普通でないという事実とどうやって折り合いをつけるんだろう。アユ達ですら、上手くいかないのに。一人ぼっちになってしまったら、彼女はそれこそ引き籠ってしまうだろうに。彼女が上手く心分けられる仲間を見つけられるともわからないのに。それともアユの方がエルを甘く見てるのだろうか。よくわからない。
「…分から、ないなぁ」
「何してんの、姉ちゃん」
ぼやくと同時に声を掛けられる。その声に八つ当たりを籠めて返した。恐らく、風呂に入れという催促だろうし。
「うっさい、ばかコウタ。勝手に部屋入ってくんな」
姉ちゃん今悩んでんの。手元にあった携帯獣の縫い包みを扉の方へ投げつけてそう言えば、弟の無様な鳴き声と予想通り風呂の催促で入りながら悩めば好いじゃん、とさえ言われた。そうじゃない、そうじゃないから。放っておいてよ、もう。
弟を無視してベッドに横になり、腕を目の上に置いて目を閉ざす。瞼の裏で淡い光がその強さを変えながらちらちらと不定型を描く。
(何が正しくて何が間違ってるのかもう分からないよ)
でも、たすけて、なんて誰にも言えない。だって何から救われたいのかすらアユには分かってないんだから。
「姉ちゃん…」
喩え言ったとしても誰かが救われる確証なんてどこにもないのだから。それが、アユである確証も、エルである可能性も。
「…コウタ先お風呂入って」
切なそうに言葉を落とす弟に言う。そのまま寝ないでね、という注意は聞かないふりをした。この儘泥の様に寝てしまいたい。
(それで 明日から、ちゃんと笑えますように)
そうすればきっと誰も、ニコイチと言われるユキでさえも自分の此の思考に気付く事はないだろうから。いつも通り、ミカの言う何処か不思議で可愛らしい自分で居られるだろうから。そうすれば、怖いものなんて何もないのだから。
(だから、エルもアユも誰も、傷付かなくていいの)
だけどこれはきっと必要な傷だから
エル、何度だって言うよ アユはエルが嫌いだって。
弱さに依存してたら何も変わらないって。
きっと本当はエルだって心のどこかでは分かってるんだろうけど。分かってるからこそ辛いんだろうけど。
優しいだけが、好い事じゃない。時には立ち向かう勇気だって必要だ。それが難しいなら、手を差し伸べることだって吝かではないのに 言ってくれなきゃわからないのに。
何も言わない人を助けられるほどアユは聡くも優しくもないのに。エルが一番よく知ってる通り
エルを、友達を 嫌いだって言うのだって、凄く辛いんだ。なんてそんな事、口が裂けたって言えないけど。
(あぁ、そうだ)
例えばを繰り返し、繰り返して何かを失っていく
これは、"いづれ"へ続く年代記クロニクル
きっといつか、そう遠くない未来に今を思い出して そんな事もあったね、なんて笑い合えればいいのに。それがいつになるのか、アユにはてんで見当がつかない それが、凄く辛くて、哀しかった




