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サダは自室でリーガに勉強を教えた後、姉ナルの結婚式の為に一時帰国することを、改めて説明した。
「僕がいない間は、すまないけれど、自習していてくれ」
「はい。わかりました」
全く世話のかからない子である。
「サダさんは、いつかそこくで道場をつぐんですよね」
「うん。その時は、皆ともお別れだ。もっとも、今の祖国の状況だと、道場経営どころではなさそうだから、当分先の話だけどね。何しろ、ひどい不景気の真っ只中らしい。国の援助がないと、金融機関が存続出来ない有様なんだ」
「もし、ずっとふけいきが続いたら、どうするんですか?」
「その質問は洒落になってないよ」
サダは苦笑いをした。
「この道場に、ずっといるんですか?」
「どうだろうな。僕の国には、『本降りになって出て行く雨宿り』と言う言葉がある。
「外出中に雨に降られてしまった人が、すぐ止むだろうと思って、よその軒先に一時退避した。けれど雨は一向に止む気配がないどころか、ますます激しくなって来る。
「その人は仕方なく、『もっと雨が弱い内に出て行けば良かった』と、後悔しながらそこを出る、と言う状況を表したものなんだが」
「サダさんがその人で、そこくのけいきが雨ですね」
「そう。ずるずると様子見をしている内に、『もっと早く道場を継いでおけば良かった』、なんて可能性もある」
「ここでずっと雨やどりしている訳にはいかないんですか?」
リーガが無垢な瞳でサダを見上げて言った。
サダは少し悲しげに微笑んで、
「僕だけじゃなく、ここにいる人達は、道場主の一家以外、いずれ皆道場を出て行く時が来るんじゃないかと思うよ。リーガ、君もだ。ここで修行するのは、あくまでも手段であって、目的ではないから」
「学校みたいですね」
「上手い事を言うね。そう、僕も含めて問題児だらけの学校だ。皆無事に卒業出来ればいいけれど」
卒業しても職があるとは限らない。
続けてそう言おうとして、サダは思いとどまった。
前途ある若者に、ネガティヴな事を吹き込むのは教育上良くない。
「大丈夫、少なくともリーガは無事に卒業出来る」
卒業して職にあぶれた経験を持つ先生は、そう言って生徒を励ました。
もしかすると、自分を励ましていたのかも知れない。




